恩送り
ボウガ
第1話
自殺相談のコールセンターで働くAさんは、かつて自分が死のうとしていたときにコールセンターに助けを求め、相手が親身に対応してくれたことで、再び生きようと考えた。その時彼氏に振られたショックで、引きこもりがちになり、仕事も手につかなかった。
そんな時に電話をかけた相手は、いくらか年上のお姉さんで自分が相談することすべてを、こうすればよくなると、予言のように言い当てていく。そして、また電話をしてもいいかと尋ねると、快くまた電話をするように言われたので、何度も電話をかけるようになった。
自分もあんな風に、人を助けられる人間になりたい。それに恩返しがしたいという想いで、コールセンターで働くようになり、毎日苦しいことがありながらも、時折いわれる“ありがとう”を頼りに働いていた。
思えば、看護婦だった母をまねて、将来は看護婦になりたいと思ったが今一歩及ばず、その夢はかなわなかった。しかし、形は違えど人を助けることにはかわりがないとおもっていた。
そんなある日、その日も相談の電話があった。名前は、Bさんとなのった。どこか聞きなじみのある声だ。どこか、母親によく似ている気がした。Bさんは、Aさんの事を心配して、助けられる立場であるのに、Aさんの相談にものってくれた。そして二人は仕事の関係以上にお互いをリスペクトしていたのだ。
その日、Bさんはいった。
「私、前の会社首になったけど、就職がきまったんです……あなたのおかげです」
「それはよかったです、もし何かあれば、またいつでも」
「いいえ、その心配はありません、私“お母さんみたいになりたい”って思い出したから」
「そうですか、では、お元気で」
「ええ、あなたも、まるであなたの声は、“お母さん”みたいだった、とても感謝しています、いままでありがとう」
電話をきったそのとき、数十年前の記憶がフラッシュバックした。そう。あの頃は必死で電話をかけ、相手と何を話していたかもわからなかった。このコールセンターは個人情報を守るために、苗字だけをなのっていたし、相手のBさんも、偽名をつかっているようだった。その偽名と最後の言葉にふと心当たりがあった。そう。Bさんは、数十年前の自分だったのだ。
Aさんはこの出来事を思い出すたびに、母の事を思い出すのだという。必死においつめられていた数十年前ですら、相手の事を考えることのできていた自分に母の姿をかさね、いまでも必死に、自分にできる事をがんばっているという。
恩送り ボウガ @yumieimaru
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