第33話 気の緩みはお互いさまか。

じゅん君、もう、ダメ」

「もう少し、辛抱しろ」

「で、でも」


 全く、なぎさの悪ふざけには困ったものである。夕兄ゆうにいと一緒に居たいからって夕兄が訪れるであろうラーメン屋に陣取って色々と聞いてきて策士にも程があるだろう。

 最後は俺を部屋から追い出して居座って、


「ん、あ、ん」

「そんな、色っぽい声、出すなよ」

「自然に、で、出る、ん、だもん!」

「だもんって」


 代わりにスイートルームを用意するとか、困った従妹だよ。めぐみとの交際を本格化したからって同じ部屋に缶詰させるとかな。

 幸い、ツインルームだから間違いは起きないだろうが、風呂のタイミング次第では息子が元気になってしまうだろう。俺もこればかりはどうあっても制御が出来ないからな・・・解せぬ。

 そうして今は、恵が一人でベッドへと横たわり、真っ赤な顔で目元に涙を浮かべていた。


「ん、ちょ、ま、だ、ダメだって」

「なんで、そんな色っぽい声が出るんだよ?」

「仕方ないじゃない! 上手すぎるんだもん」

「上手すぎるって、初体験だろうが」

「それはそうだけど」


 一歩間違えたら俺が襲ってしまいそうになるから止めてほしい。俺の理性が決壊するのは時間の問題だぞ。本当に俺の彼女は可愛すぎる。


「はい、終了。お疲れさま」

「やっと終わったぁ。汗だくだよ。パンツも」


 そう言いながら短いスカートを捲るの止めて。白いパンツが見えてるから。視線そらそ。


「つ、つか、何をやって凝りが出来るのやら」

「胸が無いって言いたいの?」


 そんなジト目で胸元を隠さなくても。


「いや、胸は有るだろ」

「そう? じゃあ、なんで」

「姿勢、だろうな」

「姿勢?」


 実は先ほどまで恵にマッサージしていた。

 それは肩だけでなく、背中と腰、太ももと脛までだな。尻は躊躇したが恵の許可が下りたので一心不乱に揉み解した。他意はなく。


「無意識に猫背になっているんじゃないか」

「猫背・・・そうなのかな?」

「おそらくな。今後は意識的に姿勢を正せば楽になるだろ」

「そう、なんだね」

「さて、汗も掻いたし、先に風呂行ってこい」

「う、うん。お先、失礼します」


 恵はスーツケースから着替えを取り出した。

 俺は一瞬見えた青い下着に気づき視線をそらした。それは以前見た恵のお気に入りである。

 本人曰く、見られたら不味い下着らしい。

 理由を聞けば地味の一言に尽きるそうだ。


(誰に見られたら不味いのやら?)


 当初の俺は疑問に思ったが女子達の間では色々とあるらしい。男には無い価値観だが。

 恵はルンルンと風呂場に向かう。

 俺はトイレに向かい閉じこもった。

 バス・トイレ別だったことが幸いした。


(恵の身体、柔らけぇ・・・短いスカート越しに感じた尻の感触とか。絶対、忘れられないぞ)


 では、何故マッサージに至ったかと言えば恵が何処となく疲れをみせていて、何気ない一言でマッサージを提案したからだ。俺のマッサージのテクは親父直伝で母さんにも行っている。

 俺が行ったあとは、親父が干からびるほど元気になる母さんだけどな。真夜中のプロレスは何才まで続けるつもりなのやら? 流石に母さんの年齢上、俺の弟妹は出来ないだろうがな。

 俺がトイレから出ると恵はまだ風呂に居た。


『ふふふん♪』


 鼻歌が聞こえるくらいご機嫌なのだろう。

 俺はソファに寝転び天井の一点を見つめる。

 今日一日で色々な事があった。


九頭くず先輩の退学と逮捕。五味ごみの退学決定か。それだけ頭がいいなら学力だけで勝ち取ればいいものを。どうして搦め手で勝ちにいこうとするんだか?)


 その中心に居るのは恵だ。

 発端が入学式の放課後。

 恵がこっぴどく振った件が五味の犯行動機である。容姿は優男で女子にモテそうな外見だが振られたからって粘着するのはどうかと思う。

 恵が振った時を思い出して語ってくれた時は反吐が出るかと思ったがな。


『頭の良い僕と永遠に付き合わないかい? 君のような容姿端麗で頭の良い女性は僕と付き合う方が順位的に釣り合いが取れているだろう? 出来の悪い男共が告白する前にどうかな?』


 上から目線で重い発言を平然と語る五味。

 それを聞いた恵は嘔吐く表情で断った。


『キモッ』

『は?』

『発言がキモい』

『え?』

『考えがキモい』

『なんと?』

『存在がキモい』

『うっ』

『キモいから私の前から居なくなってくれないかな? 私の下でぴーちくぱーちくさえずる暇があるなら、貴方の学力で私を追い越せば?』

『なっ!』

『そもそもの話、なんで私が貴方と付き合わないといけないわけ? 頭、大丈夫?』

『!?』


 普通の男子なら心が折れていただろう。

 恵のキモい発言でポッキリとな。

 それでも奴は懲りずに縋り付いてきて、


『何故、僕を断る? 良い提案だろ? な、一緒に学校のトップに君臨しようぜ!』

『うざっ』


 目障りだった恵は苛立ち気に背負い投げしたそうだ。柔道経験者と聞いて俺は驚いたが。

 あくまで身を守る術だとか言っていたな。

 特技は寝技だとも言っていた・・・笑顔で。

 そんな告白と呼べない告白から一週間後、恵の下駄箱に大量のゴミが入るようになった。


(あれも九頭先輩の入れ知恵だろうな。妃菜ひな先輩への行いも九頭先輩が発端だし)


 九頭と五味が親戚だったのは驚きだがな。

 俺達の知らない関係が裏にあって陰でこそこそ暗躍していたと。その暗躍に生徒会が利用されて自爆して停学となったのに、懲りずに従姉へと恵を襲うよう唆した。


(というか、奴の情報源は何処なんだ?)


 恵とひびきさんの関係は表沙汰になっていない。今日付で恵が明かしたから、少なからず口伝てで、真相が拡がるとは思うがな。

 それと、


杜野もりのふみの一件もそうだな。妾の子の情報は何処から得た?)


 紐パン大好き黒髪ギャルの情報にしたって簡単には得られないはずだ。あれも身内である母さん達しか知り得ない極秘に近しい情報だ。


(杜野家の内部事情をどうやって得たんだ?)


 そんなの相手の戸籍を覗き見ない事には分からないはずだ。


(ん? 戸籍? いや、流石にそれは?)


 でも、ザルだとは聞いた事があるからな。

 だが、そんな馬鹿げた行いをする職員など居ないはずだ。居たら大事になってしまうしな。


(親父に聞いてみるか。もしかすると何か知ってそうな気がする)


 俺はスマホを取り出して親父にメッセージを打った。返答まで時間がかかったが、驚くべき情報が目に入った。


(おいおいおい。姉か、姉なのか)


 五味の姉が勤めていた事を知った。

 親父も何度か会話した事がある人柄の良い人物らしい。なんでも弟を可愛がっていて、ついつい甘やかしてしまうらしい。


(弟の存在が愛おしくて堪らなくて?)


 自分の給金も小遣いにしてしまうのだとか。


(そら、人格も歪むわ。甘やかしは毒だから)


 それと最近、妙に荒れていて相談された事もあるらしい。高校に入学してからは特に、な。


(私学に通っていた頃は自信満々だった?)


 公立に移って直ぐに荒れ出したそうだ。

 なので機嫌を元に戻そうと躍起になったと。


「年の離れた弟、か」


 十二才も下なら甘やかすのは、どうしようもないな。俺は一人っ子だから理解出来ないが。

 すると親父から驚くべき一言が飛び出した。


「は?」


 それはなんと母さんが妊娠したというのだ。

 不規則な生活の間に親父と頑張ったらしい。

 性別は不明だが親父は頑張ると言っていた。


「おいおいおい。頑張りすぎだろ?」


 それもあって母さんは早々に産休に入って恵の母親に交代を願い出たらしい。

 先日訪れたのはそれが理由だったのか。

 恵の母親もやり手弁護士だって聞いたしな。 

 良いことと悪いことが重なり過ぎだろ?

 混乱した俺はソファから立ち上がり、


「上がったよ」

「・・・」

「どうしたの? きょとんとして?」


 別の意味で混乱したのは言うまでもない。


(なんで、バスタオル一枚で出てきている?)


 それも肩にかけていて丸見えなんだが?


「し、下着は?」

「シャワー中に落ちてきてパンツが濡れたの。たちまち着替えが無いから取りに来たんだよ」

「そうか。でも見えているけど、いいのか?」

「え? あ!」


 恵はそこで気づいてバスタオルを巻いた。

 お陰で恵の全身が真っ赤に染まった。


「そ、粗末なものを・・・」


 やばい。元気になる。

 俺は言い訳が思いつかず手をあわせた。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうって拝まないでよ」

「彼女の裸はごちそうだよ」

「そう?」

「ああ」


 恵はどこか嬉しそうだった。

 時々天然が入るよな、恵って。


(これは遠慮が消えた? 気が緩んだか?)


 それも自宅に居る時と同じ感覚で。

 響さんの居る場所でも、裸のまま柔軟体操していたとか聞いた事があるもんな。今思えば義兄に色々と見せていた可哀想な義妹だったと。

 俺は恵と入れ替わるように、着替えを持って風呂に向かう。風呂場には恵のパンツが二枚干されていた。ブラも隣にあって目の毒である。

 下着を濡らさないようシャワーを浴びた俺は烏の行水ではないが、さっさと身体を洗って髪を乾かして外に出た。勿論、パンイチで。


「いい湯だった」

「気持ちよかったでしょ・・・」

「どうした、きょとんとして?」


 恵がまたも真っ赤に染まっている。

 格好は大きめのTシャツに、黄色いパンツを穿いているだけの、大変気楽なものだったが。

 俺にとっては目の毒だったけど。


「う、ううん。なんでもないよ」

「そうか?」


 そういえば俺も上半身が裸だった。

 つい、いつもの癖で出てきてしまった。

 あ、恵の視線が下に向かっている。

 今日はボクサーパンツだった。


「す、直ぐにジャージを着るよ」

「う、うん」


 俺はスーツケースからジャージを取り出して急いで着替えた。元気になったの、見られた。




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