第24話 気晴らししてて焦ったな。

 時刻は午前十時、本日はバイト休みだ。

 そんな中、夏季休暇の課題を全て済ませた。


「終了っと!」

「えーっ! もう終わったのぉ?」

「集中していたからな。誰かさんと違って」

「うぐぅ」

「昨日から、全然進んでいないじゃないか?」

「だ、だってぇ」


 今週末の三日間、生徒会主催で行われる合同勉強会に向けて、先輩達と共に俺と恵も課題を全て片付ける事になった。勉強会の疲れで課題が全然片付かないのは本末転倒との判断でな。


上野うえのめぐみって名前に慣れてなくて」

「ああ、レポートで上坂かみさかって書きそうになったからか」

「うん。そしたら色々思い出して」

「ショックなのは分かるけどな。それはそれで受け流すしかないだろ?」

「それはそうだけど」


 俺は唸る恵をよそに掃き出し窓を開け、バルコニーに繋がるウッドデッキから外に出る。

 室外はうだるような暑さで室内との落差に目眩がした。


「うへぇ。リビングとの気温差がパネェな」


 恵は何だかんだ言いつつも、課題に集中しようとする。それでも昨日の事と家族の事で参っているようで、気分転換が必要に思えた。


(こうなると風呂か? いや、確か、母さんが思いつきで買っていた、プールがあったな?)


 俺はウッドデッキ脇の倉庫を開け、ガチャガチャと大きな箱を取り出した。その中から空気入れと畳まれたプールを取り出した。

 それは気晴らしで使うために買っていた子供用プールだった。家は大きいがプールは無い。

 それならば子供用でいいじゃないかと買っていたのだ。一度も使う機会は訪れなかったが。

 ウッドデッキにプールを拡げ、空気入れで膨らませる。少し汚れていたのでホースの水で洗いつつ中に水を溜めていった。


(それとデッキチェアも取り出して、テーブルと軽い飲み物も用意しないとな。果物付きで)


 俺がウッドデッキでごそごそしていると、


「何してるの?」


 リビングから出てきた恵が声をかけてきた。


「気晴らしの準備」

「気晴らし?」

「水浴びで落ち着かせようと思ってな。これは子供用だから大人が入るには小さすぎるが大丈夫だろ」


 恵は小柄だし。


「そ、それって?」

「恵のためにやってる。根を詰めすぎても進まないからな。気晴らししたいなら、水着に着替えてこいよ。その間にあれこれ用意すっから」

「あ、うん。ありがとう」

「気にするな」


 恵も気晴らしがしたかったのかもしれない。

 俺の家に住み着いておよそ一ヶ月経っているが、まだ気遣いが感じられるからな。

 その気遣いの中で、告白の真実、母親の離婚、先輩が従姉、義兄、偏執者に追われる恐怖が様々な混乱を招き、辛くなっていたようだ。

 それらの混乱が課題の進捗に出ていて、合同勉強会で失敗、あるいは夏季休暇明けに大失敗しそうな予感がした俺だった。

 賢くて気が利く女の子でも多感な思春期。

 程々に気を抜かなければ詰むは必定である。


(恵の友達も先輩宅に住んでいることで遠慮しているみたいだし。高嶺の花な会長宅ならどうしようもないか。今では母親も住んでいるが)


 ちなみに、先輩は先輩で檸檬れもん先輩を家に呼んで課題を片付けているそうな。家に恵が居ないから色々とバレていそうな気もする。


「ではなくてバレてしまったか」

「あー! プール、いいな〜!」


 先輩宅のバルコニーから顔を出した檸檬先輩と目が合った。裏に俺の家がある事は先輩から聞いたのだろうがプールを目撃されようとは。

 すると奥からお疲れ気味の先輩も顔を出す。


「何してるのよ。ワンワン」

「あれ見てよ。プールよ、プール!」

「え? あ、プール! こうしちゃいられないわ! 私達もお邪魔しましょう!」


 あの、俺の同意は?

 同意確認も無いまま勝手に行動する先輩達。

 先輩達も何気に気晴らしを求めていたと?

 室内に入って檸檬先輩と言い合いしていた。


「水着は?」

「私のはあるけど」

「私のは?」

「全裸で入れば?」

「なんでよ!」

「その巨乳を捥げば着られるけど」

「やめてよ! 他に無いわけ?」

「ああ、古い物でいいならあったわ」

「古い物?」

「はい、叔母・・のスクール水着」

「はい?」

「着替えていきましょう。替えの下着無いし」

「それはそうだけど、着られるのこれ?」

「大丈夫でしょ。多少は胸が潰れても」

「大丈夫じゃないわよ!?」


 外まで会話が丸聞こえなので、大声で全裸とか巨乳を捥ぐとか、会話しないで欲しいです。


「檸檬先輩はスクール水着か。先輩と恵は」

「先輩がどうかしたの?」

「おう。着替えてき・・・」


 恵の声が背後からしたので振り返ると、


「た?」

「なに? どしたの?」


 学校指定の競泳水着ではなく、フリルの付いた可愛らしい、赤いセパレート水着で現れた。


「なっ・・・」

「何?」


 やばっ。俺の語彙が一瞬だけ死んだわ。


「いや、似合っているなって。可愛いぞ」

「あ、ありがとう」


 頬を桃色に染めた恵は、溜まったプールの水を浴びて気持ち良さげに微笑んだ。可愛いな。


「冷たい。でも、気持ちいい」

「そうか。飲み物も用意してくるから寛いでいてくれ」

「ありがとう。じゅん君」

「その感謝、受け取っておく」

「うん!」


 俺は身体の火照りを冷ますように、リビングの網戸を閉めてエアコンの風を浴びて止め、後ほど訪れる先輩達の飲み物も含めて用意した。

 炭酸水と果汁を混ぜたのち、果物をグラスに盛りストローを挿す。それを三つ注いでいく。

 手軽に食べられる昼食も一緒に用意した。

 といっても四人前のサンドウィッチだけど。

 タッパーに入れて、冷蔵庫に片付けた。

 俺が飲み物を用意し終えると、


「「おじゃましまーす!」」


 外からだが先輩達がお邪魔した。

 濡れる前提だから水着のまま訪れたのか。

 先輩は白いハイレグの水着だった。

 何処で手に入れたのやら?

 檸檬先輩はスクール水着だった。

 胸は窮屈そうだが似合っていた。


(ああ、そうだバスタオルを出しておこうか)


 何かの拍子に催して借りるかもしれないし。

 俺が脱衣所に向かうときょとんのまま止まっていた恵が再起動した。

 声だけは網戸越しに聞こえてきたけどな。


「せ、先輩!? なんで、ここに?」

「私の家から丸見えだったからね!」

「ああ、そういえば」

「というか下宿してるって本当だったのね。妃菜ひなに聞いて驚いたけど」

「あ、はい。えっと、美柑みかんには」

「黙っておいてあげるわよ。あの子、口が軽いから、ワーワー言って盛り上げてしまうし」

「ありがとうございます。檸檬先輩」


 安堵した恵はちゃぽんとプールに浸かった。

 俺もバスタオルを手に持ってリビングに戻ってきた。飲み物を盆に載せて外に出ると檸檬先輩が恵の頭を優しく撫でて問いかけていた。


「気にしないの。あ、あと、これも妃菜から聞いたのだけど、恵ちゃんのお父さんって私と」

「あ、はい。名字が一緒でしたね」


 そういえば一緒だったんだよな。

 母さんに聞けば色々あったと言っていた。


「私も聞いて驚いたけどね。どうも恵ちゃんのお父さん、私の亡くなった伯父さんだったの」

「「「はい?」」」

「お母さんが妃菜の叔母、お父さんが私の伯父って凄い偶然もあるわよね」


 偶然といえば偶然か?

 でもこれは、田舎特有の近所は親戚だらけと類似するので仕方ない話なんだけどな。


(俺の家も似たようなものだし)


 父方はともかく母方は驚きだった。色々疑問に思う事もあったが、仕方ないと思った程に。

 俺は飲み物を先輩に手渡しつつ、テーブルに置いた。似合ってますよって言いながら。


「そのことを父さんに教えたら爺さんが会いたいって言っていたわ。孫が増えたって言って」

「そ、そうなんですか」

「色々あったけど後悔してるって」

「そうですか」


 恵にとっては、またもや混乱する真実が明かされたもんだよな。このままだと気晴らしが気晴らしになりそうにないよな。どうするか?

 俺はウッドデッキに座りながら、


「それよりも、檸檬先輩。困ってませんか?」


 別の話題にそらしてみた。

 恵に余計な負担はかけられないからな。


「こ、困ってるって、何が?」

「セクハラって言いません?」

「うっ・・・し、仕方ないわね」

「水着がパツパツ過ぎて破れそうですね。バスタオル使います?」


 先輩の胸元だけでなく水着の境にハミ肉が乗っていたからな。かなり無理して着たようだ。


「使う! さっき、ビリって聞こえたから」


 檸檬先輩は俺の右手からバスタオルを奪い取って身体に巻いていく。

 水着は水着で負担がかかっていたか。

 檸檬先輩がバスタオルを巻き終えると、


「あっ! 間一髪だったぁ。良かったぁ」


 ビリッと音が響いて水着の何処が破れたのか知らないが、恥ずかしい思いをせずに済んだ。

 檸檬先輩が安堵すると先輩が舌打ちした。


「惜しい。あと少しで裸でプールだったのに」

「ちょ! 妃菜、アンタねぇ、わざとなの?」

「うん。それね、私の一年の時の水着だから」

「なっ! 叔母さんの水着じゃなかったの?」

「叔母からね。思い出の品を使わないでって注意されてね。仕方なく私の水着とすり替えた」

「道理で見覚えのあるスク水だと思ったわ。今年から競泳水着に変わったから忘れてたけど」


 先輩、確信犯で親友の裸体を晒すのは止めて欲しいです。裸は先輩と恵だけで十分だしな。


「良い思い出にはなったでしょ?」

「恥ずかしい思い出だけどね!」

「まだいいわよ。私と恵ちゃんなんて」

「「先輩!」」

「ふぁふぁふぁふぉふぃふぁふぇふぁふぁら」


 間一髪で口を押さえたから良かったが、それでも先輩は口にしやがった。


「お昼抜きがいいですか?」

「ふぉふぇんふぁふぁい!」

「ごめん。何となく分かったわ」


 結局、バレるのな。

 恵は顔が真っ赤に染まったのだった。


「は、恥ずかしい」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る