第2話 隠し通せると思う勿れか。
初登校した日の夕方、
「鬱陶しいし、先に髪でも切るか」
俺はバイトの面接前に、近所の美容院に向かった。家に帰らず制服のままだが致し方ない。
入院期間が長かった所為で伸びに伸びたもっさり頭。このもっさりを学生証と同じ髪型にしないと本人かどうか疑われてしまうからな。
一応、コンタクトレンズも鞄に入れてあるので髪を整えたら着けようと思った次第である。
「いらっしゃい? どちら様?」
「店長。俺です、俺」
「オレオレ詐欺ですか?」
早速、店長からもきょとんと疑われた件。
それだけ今の俺は事故前とは違うらしい。
店長は受話器片手に電話をしようとした。
俺は渋々と眼鏡を外して前髪を持ち上げる。
「さらっと親父を呼ばないでくれます?」
「あら?
「いや、だから俺だって言ってるでしょ」
ネクタイを外してサマーセーターを脱ぐ。
鞄に収めてロッカーに片付け椅子に座った。
店長は驚きつつも準備を始める。
「容姿が変わりすぎでしょ?」
「入院生活だったから仕方ないんですって」
「ああ、トラックと濃厚なキスをしたそうね」
「キスは違いますが、そういうことです」
いつもの髪型をお願いして切ってもらった。
もっさり髪は減っていき、スッキリしたミディアムヘアになった。あとはいつも通りヘアワックスで固めてもらって、最後にコンタクトレンズを着けた。やっぱり適当に買った眼鏡は合わないな。今度、髪型に合わせた眼鏡買おう。
「ようやくいつもの巡君に戻ったわね」
「店長の腕が良いからですよ」
「煽てても安くしないわよ?」
「整髪代は貰ってますんで払いますよ」
「
「とういうか母さんが行けって言ったので」
「でしょうね」
代金を支払って、制服のままバイト予定の喫茶店へと向かった。そこも近所にある喫茶店で客入りがかなりある人気店だ。一応、実家の裏なので、朝食代わりに向かう事もしばしばだ。
「店長、雇って下さい!」
「待ってたよ。即採用」
その所為か顔を見るなり採用された。
これがもっさり頭のままだったなら、美容院の店長と同じ反応を喰らったかもしれないが。
「面接は? 履歴書は? 学校の許可証は?」
「普段からご贔屓にしてるのに面接もなにもないだろう? 履歴書等は貰うがね」
「そうですか」
俺は呆れつつも鞄から履歴書と許可証を手渡す。許可証は入学前から申請していたので即発行された。バイトの許可証は入試時の成績が良い者しか発行されないそうだ。順位は四十位までが対象で、それ以下は発行されないらしい。
これも各期末考査で急降下したら取り消しになるから何が何でも維持したいところである。
中間考査は急降下したが、事情が事情だから仕方ないと言われた。貰い事故だしな、あれ。
すると店長が電子たばこを咥えつつ、
「そうそう、女の子の従業員も居るから、あとで仕事内容を教えて貰いなさい。巡君は見慣れているから、表なら直ぐに覚えるだろうがね」
思い出したように口走る。
女の子と聞いた俺はきょとんとした。
「女の子? それってバイトです?」
店長の若々しい奥さんも店先に出ていたり、娘である一つ上の
「そうだ。可愛い子だぞ。巡君と同じ学校の一年生でな? 妃菜も可愛がっているぞ」
「そうですか」
同じ学校の一年生と聞いても顔も知らなければ名前も知らない。授業に遅れた分だけ、俺からすれば、どちら様と反応するだけだと思う。
「淡泊だな。相変わらず」
「色恋沙汰は受験に役立たないと思うので」
「そうか? 青春は今のうちだと思うがね」
「青い春と書いてってことですか?」
「ああ。十代は一瞬で過ぎ去る。色恋沙汰も時には役立つから体験した方がいいぞ?」
「善処します」
「善処って。ただまぁ妃菜とはダメだがな?」
親バカというか娘バカというか。
妃菜先輩を女として見たこと無いのにな。
あれはどちらかといえば姉でしか無いし。
それなのに一人娘だからって、殺意マシマシで忠告だけは入れてくるんだよな、店長って。
「店長に殺されたくありませんって」
「分かっているならいい」
店長との会話の後、更衣室に移動して制服に着替える。中学時代にも手伝いで入っていたので俺の制服はあるのだ。表に顔を出さない厨房員だが制服は表も裏も同じである。
着替えて厨房に入り、夕方の準備を行う。
本採用となったから、表の仕事も任されるようになるが、店長から聞いた女の子が来ないことには表に出られないので、厨房で準備した。
「店長、ジャガイモの皮剥きますね」
「おう! 減っていたから助かる!」
慣れた手付きでジャガイモを洗い、芽が出ている部分を穿って取り、皮をスピーディーに剥いていく。右手の調子も元に戻り左手を動かす練習した甲斐があってか前以上に皮が剥けた。
皮剥きを行う最中、店内に女子の声が響く。
「おはようございまーす!」
声音は妃菜先輩ではない。
妃菜先輩なら玄関から店内に入るので店の出入口から声はかけないはずだ。
声の主は厨房脇を通り抜け、
「あ、新しいバイトです?」
「そうだ。事情があって入ったのは今日からだがな」
「そうですか。男の子、なんですね」
店長に確認を取りながら更衣室に入った。
それは若干、忌避感を持った声音だった。
初対面でいきなり忌避感を持たれるとやっていく自信がなくなるぞ。
チームワークが物を言う仕事だから、それはそれで居て欲しいと切に願う俺であった。
ジャガイモの皮剥きを終えた俺は、簡単な賄いを作っていく。夜営業もそれなりに込むので今のうちに食べておこうと思ったのだ。
店長が厨房に入ったら、本格的に忙しくなるからな。珈琲を淹れるだけが店長ではないと。
着替え終えた女の子はタイムカードを押す。
「あっ。なんか良い匂いが・・・」
「賄いだろ。今日は忙しくなるから先に頂きなさい」
「よ、よろしいので?」
「彼の腕なら大丈夫だ。定期的に手伝ってくれていたからな」
「そうなんですか」
店長と話し合って厨房に顔を出した。
賄いを作り終えた俺は女の子に気づく。
「ん? あっ」
そこに居たのは数時間前、俺が仕方なく告白させられた
(他人の振りしよ)
真っ先に浮かんだのはそれだけだ。
上坂も告白してきた地味なキモ男と認識していないみたいだし。面識はあるが所詮は他人。
クラスメイトでもあるが他人でしかない。
「こ、これが賄い?」
「余ったジャガイモで作ったガレットだ。先に食べていいぞ」
「え、ええ。ありがとうございます。えっと」
「
「ああ、下野君ですね。私は上坂と言います。よろしく」
「よろしく」
自己紹介はあえて名字だけにした。
上坂も名前で呼ばれたくないだろうしな。
告白疲れで男子に忌避感を持つ女子だ。
上坂に興味は無いが配慮は必要だからな。
上坂は美味しそうにガレットを頂く。
腹も満たされるから仕事も問題ないだろう。
俺も先に頂いて、店長達と妃菜先輩の賄いを作業台に置いておいた。
しばらくすると妃菜先輩も帰ってきた。
「あっ。巡君だぁ!」
妃菜先輩は俺に気づくとタイムカードを押したのち、嬉しそうに微笑んだ。着替えは更衣室ではなく自宅で行ったようだけど。
「おはようございます、先輩」
「先輩って他人行儀ね。いつも通り妃菜さんって呼んでよね。あと、おはよう」
「学校の先輩には変わらないでしょ?」
「それもそうね。ところでクラスは何処に?」
「一年C組でした」
「え?」
「へぇ〜。恵ちゃんと同じクラスじゃない」
「あっ」
黙っているつもりが、迂闊な事に自分からバラしてしまった。これも先輩の誘導尋問に乗っただけだと思うしかないか。
「え? で、でも、居ませんでしたよ?」
「居ませんって。まさかとは思うけど?」
やべっ。先輩からも髪切れって言われてた。
眼鏡も止めなさいと言われていてサッと視線をそらした俺である。
「入院時のもっさりで行ったのね?」
「・・・」
「もっさり?」
「それも似合ってない丸眼鏡で」
「・・・」
「丸眼鏡?」
上坂はそんな人が居たのかと教室内を思い出そうとしていた。告白の事はキモいからと忘れてくれているようだな。あえてキモい学生を演じた甲斐があったか。上坂から振られるためにあれこれしたとか、口が裂けても言えないが。
「つ、ついうっかり」
「うっかりで、夕方には整えたと?」
「一応。学生証と異なってますから」
「確かにあの見た目とは大違いよね」
「あ、あの? どんな格好だったんです?」
「ちょっと待ってね。入院時の写真が」
先輩はスマホを取り出して、数日前に撮った写真を探し出していた。俺はバレると思いつつ上坂に対して念押ししておいた。
「一応、弁解だけしておきますが、俺、恋愛には興味が無いですからね! 勘違い無きよう」
「はい?」
「巡君はそうよね。私がどれだけアプローチしても興味無しでスルーしちゃうもの」
先輩はそう言いつつ写真を上坂に見せる。
「???」
放課後を思い出したのか写真と見比べた。
頭にもハテナマークが何個も浮いていた。
「スルーするでしょ。店長に殺されますから」
「父さんは私が一撃で殺すから安心して!」
「恐いこと言ってくれるなよ、妃菜!」
ここの店長も愛娘には形無しだよな。
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