逃げても追いつく青い春。
白ゐ眠子
第1話 興味は他人だけだと思う。
私は一通の手紙を貰い、夕方の屋上に向かった。それは毎日の如く行われる告白の呼び出しだった。日頃から手紙を貰った以上は真摯に応対せねばならないと思っており、この日もいつも通り、告白を断るつもりで屋上に向かった。
(恋愛なんて興味無いのに。ここは進学校だよね? 誰も彼も勉強よりも、恋愛したいって)
屋上では一人のクラスメイトが待っていた。
彼は教室に居るようで居ない外見の男子だ。
見るからに地味の一言で片付けられる男子。
似合わない丸眼鏡と長い前髪ともっさり頭。
身長は私よりも高いが男子からすると低い。
だが、高いだけで何の取り柄も無い外見だ。
正直に言うと、記憶にすら存在しない男子。
(こんな人、居たっけ?)
というのが私の第一印象だ。クラスメイトの男子だと分かるのは女友達から手渡されたからだ。代わりに届けてと女子に願い出たと聞いた時は呆れたものである。
彼は私に気づくとキョロキョロと目を泳がせていた。眼鏡越しに見える目は怯えがあった。
(なんで怯えられなければならないの?)
告白をされる私が怯えるのなら分かるけど。
私がそんな彼の前に立つと、
「す、す、好きです。付き合って下しゃい!」
嚙み嚙みで手汗でびちょびちょの右手を差し出してきた。ちょ、ちょっとこれはイヤかも。
私は引き気味に距離を取り、断った。
「ご、ごめんなさい、お断りします」
「・・・」
彼は無表情となりその手を引っ込める。
ボソッと呟いてフェンスに身体を預けた。
「ありがとう。断ってくれて」
「はい?」
今、なんて、言ったの?
断ったのに感謝された?
(ありがとう? 断ってくれて?)
意味分かんない。告白後、しゅんとなる男子が多い中、彼はフェンスに身体を預けて、しょんぼりしている風にも見える。だが、そのしょんぼりの横顔はどこか安堵したようにも見えて私の中で疑問が膨らむだけとなった。
不可解な告白を断った私は首を傾げつつ屋上を後にした。
§
俺の名は
県立
俺は初登校の放課後、
俺が告白した相手は一年生のマスコット。
常に誰かの告白を受けて断る女子生徒だ。
その容姿は栗色の髪を頭頂部で団子に結った小柄な美少女。まん丸の黒瞳に左目尻の泣きぼくろ。顔立ちだけで見ると愛嬌のある猫顔だ。
容姿だけでなく成績は常にトップ。
運動は何をやらせてもそつなく熟す。
男子の告白を断る以外はコミュニケーション能力に長けた女子だ。
入試は次席で新入生挨拶を熟したらしい。
(感謝こそすれど、困らせたくはないからな)
これも首席が諸般の事情によって入学式に来なかったから、渋々と受け入れたようである。
俺は上坂の告白を猫背かつ挙動不審で行った。行うに至った主な理由は、
(彼女のパンツを見た代金の代わりに、上坂に告白して振られて、俺達を笑わせてくれ、か)
背後に隠れて大笑いするクラスの不良軍団に脅されたからである。パンツを見たなんて言っているがそれは難癖だ。本当は俺の机の上に勝手に座って退けようともしなかったギャルが告げ口したのだ。H組に居る大柄な彼氏に。
(さて、お気に召したなら戻るか。くぅ・・・タマネギの汁が目に染みるぅ)
眠気覚ましがこんな形で役立つとはな。
帰ったら新しい汁を追加しておこうか。
俺は涙を流しながら屋上を後にした。
振られて落ち込んだ風を演じつつ。
§
俺が初登校となった理由。
思い出すと涙が出てくるぞ。
タマネギの汁ではなく心の涙が。
それは入学式の早朝、家の近所で大型トラックに轢かれたのだ。幸い命に別状はなかったものの、利き腕の骨折が酷くリハビリに数ヶ月を要した。入院中はリハビリだけでなく左手で文字を書く練習を行ったりもした。
あとは入学式以降の授業に遅れまいと両親に教科書を届けてもらい、リハビリの合間に予習を行った。それでも試験は受けられないので中間考査は見るも無惨な結果となった。
(入試では首席。それが今や最下位。大型トラックの運転手は過労で死亡。過労死に巻き込まれたとか、俺は不運過ぎるだろうに・・・)
過労の原因を作ったブラック企業は両親が捜査のメスを入れ、事実上の倒産に追い込んだ。
その所為か弁護士の母さんと刑事の親父が本気を出すと本当に恐いと思った。息子に大けがさせた罪でここまでの事をやってのけるから。
「初日は私が案内したけど、今後は一人で向かってね」
「はい。
「普通に神野先生でいいわよ」
「分かりました、神野先生」
そのような理由により遅れて高校に入学して先生の案内で教室に向かうと、机の上にギャルが居た。短いスカートで大股を開いて、ゲラゲラと下品に笑うギャルが座っていたのだ。
流石に民度・・・低過ぎない?
「はいはい。注目!
「はーい。ん? 下野君って、誰ですかー?」
「入学式の時に教えましたよ。諸般の事情によって入学が遅れた男子生徒がいると」
「そうでしたっけ? 忘れましたー」
「はぁ〜」
先生は大きな溜息を吐いて降りないギャルに頭を抱えていた。学級崩壊かって思えるよな。
杜野というギャルは正直関わりたくない部類である。黒髪はともかく校則違反なピアスがジャラジャラ。小麦肌で化粧も凄まじい事になっていた。進学校なのに頭が悪そうな、どうやって受かった的な疑問視してしまう人物である。
俺は視線を合わすことなく自己紹介した。
「下野巡です。よろしくお願いします」
「なんだ、ただの根暗かよ」
「地味な男子はお断り!」
今の容姿だけでバカにされた件。
俺も騒動が面倒だったので、声を低めに小声で挨拶したので仕方ない話だが。
そもそもの話、格好が左右するのは社会に出てからだ。最低限、誰かの迷惑にならない格好なら俺の好きにしたっていいだろう?
「はいはい。席は先ほども言った通り杜野さんが座っている机だから、いい加減、降りてね」
「いやでーす!」
「そうですか。英語の単位与えませんよ?」
「うっ。分かりました〜」
単位というか英語教師には忠実と。
脅しを使わねば動かないのは余程だが。
俺は無視したまま席に向かう。
その道中、席に戻ったギャルが睨んできた。
「というか、お前、私のパンツ見ただろ?」
「興味無い。お前と言われる筋合いもない」
「んだとぉ!」
すれ違い様、返答だけすると怒りに任せて立ち上がった。席に移動する俺を追いドンッと机を叩いて怒鳴った。
「興味無いとか、失礼すぎんだろ!」
「興味無い」
派手な異性など興味無い。恋愛も興味無い。
そんな下らないものに時間を費やすくらいなら大学受験に向けて勉強した方がマシである。
俺はそのために進学校を受験したのだから。
担任は気にせず用件だけを伝えていく。
「次の期末考査についてお知らせします」
期末考査だけは落とせないな。
遅れた分は補習で賄うしかないが、最低でも赤点は回避したいところだ。
怒り狂ったギャルは、担任の目の前でスマホを取り出し、何処ぞに連絡を入れていた。
校則違反を平然と行える所業。
(こいつ。親父が知ったら喜んで更生させようとするだろうな、きっと)
俺はしみじみと嬉々とする親父の笑顔を思い出しつつ、担任の用件をメモに残していった。
するとガララララと後ろの扉が開いた。
「セーフ!」
扉前に居たのは小柄な女子であった。
「アウトですよ、上坂さん」
「予鈴、鳴っていませんよ?」
「鳴っています。何処で遊んでいたんですか」
「えっと、恒例の屋上に居ました」
「それは、ご苦労様です。ですが、遅刻です」
「そんなぁ!?」
絶叫しつつも渋々と自分の席に向かう女子。
一方の俺は期末考査の用件を書いたメモ帳を鞄に仕舞った。そして教科書とノートを取り出して早々に予習を開始した。今はなによりも遅れを取り戻さないといけないから。
§
事が起きたのは昼休憩後だった。パンツ事案を聞いた大柄な不良男子が教室へと訪れた。
そしてゲラゲラ笑うギャルと話し合い、誰も居ない教室にて上坂に告白しろと命じてきた。
それでチャラにすると宣言したのだ。
あとは二度と関係を持たないともな。
ギャルは不承不承だったが頷いていた。
てっきり暴力事案になると思ったのだが、
(今の会話の中で親父の名前が出たよな? 更生させられたか? そうとしか思えん)
知らない所で親父に助けられていたようだ。
(興味無い態度で告白する事は失礼と思ったが上から目線で命じられた以上はやるしかない)
放課後は緊張した面持ちのまま告白した。
あえてペットボトルの水で濡らした右手を差し出して。そのお陰で上坂はドン引きし、隠れている不良軍団とギャルは笑いを堪えていた。
「ぎゃはははは。興味無いとか言いつつ、やっぱり好きだったんじゃん!」
「あはははは。うける!」
「あんな男が相手にされる訳ないじゃん」
眠気覚ましのタマネギ汁で涙を流し、騒がしい不良軍団を放置した。
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