第31話 戦場には行きません

敵は……五人。でも、一人ずつなら排除できる──


スコープの向こう側に敵兵の姿を確認した陽奈は、そっと銃のトリガーへ指をかけた。


まだだ……もっと引きつけないと。先に撃てばカウンタースナイプを喰らうおそれがある。


「陽奈……来るよ。いける?」


「ええ……」


樹里と呼吸をあわせた刹那、敵兵がこちらへ向かって突撃してきた。よし、今だ。陽奈が敵兵に照準をあわせトリガーを引いた。突進してきた兵士が膝から崩れ落ちる。


「樹里、そちらはお願いします」


「任せて!」


樹里がマシンガンで敵兵を一掃した。よし、道が開けた。


「私が突入します。樹里は援護を」


「オッケー……あ、陽奈!」


「……!?」


建物の陰から数人の兵士が現れ、何かを投げてきた。


「ヤバい陽奈、手榴弾だ!」


「く……! まだ……まだ終わらんよ……!」


「名言キタコレ!」


が、手榴弾に気を取られているあいだに、陽奈はスナイパーの射程距離に足を踏み入れていた。乾いた銃声が響き、陽奈が銃弾に倒れる。


「ひ、陽奈ああああ!!」


「……樹里、私はもうここまでです。グッドラック」


戦場に一人取り残された樹里は、限られた装備を最大限活かし孤軍奮闘の戦いぶりを見せた。が、衆寡敵せず。


最後には四方八方からの砲撃と銃撃を受け、戦場の土を舐めることになった。そして、モニターに表示されるゲームオーバーの文字。哀愁漂うBGMが何となく癇に障った。


樹里たちがいるのは都内有数の規模を誇るゲームセンター。二人が遊んでいたのは、兵士となってミッションをクリアするタイプのシューティングゲームだ。二人協力プレーもできることから大人気のゲームである。


「ああーーーー! 悔しい! もう少しでこのステージはクリアだったのに……!」


ブースに座ったまま樹里がワナワナと全身を震わせる。本当に悔しそうだ。


「いや、そもそもこのゲーム設定がおかしいですよ。何で敵は一個中隊規模なのにこっちは二人なんですか。無理がありすぎます」


表情こそほとんど変わらないが、その声色には悔しさが滲んでいた。


「あはは……まあたしかにね。どう、楽しかった?」


「ええ。でも、私には戦闘のセンスはないようです。だから戦争になっても絶対戦場へは行きません」


陽奈の言葉に、ブースへ座ったままの樹里と、そばで見学していた咲良が声をあげて笑った。


「まあ、どちらかというと陽奈ちゃんは軍師とか参謀だよね」


「そうそう。天才軍師神木陽奈」


楽しそうな二人へ陽奈がジト目を向ける。と、そこへ──


「ごめんごめん、遅くなっちゃった!」


「ごめーん!」


賑やかなギャル二人がやってきた。走ってきたのか、二人とも肩で息をしている。


「遅かったじゃん。何かあったん?」


「ごめんごめん樹里。あたしが電車乗り間違えちゃってさ」


ゲームブースから出てきた樹里に葉月が両手をあわせる。


「とりあえずガンダして疲れた……あ、もうプリ撮った?」


「まだ。お前らがくんの待ってたんだよ」


バッグから鏡を取り出してメイクをチェックしている晶の横腹を、咲良が指の先でズビシッと突く。


「ひゃっ! やめろし咲良! もう……。よし、じゃあプリ撮り行こうよ!」


「だね。さっきはまあまあ混んでたけど、今どうだろ?」


「最新の機種はどうしても混むからな。とりあえず行ってみるか」


ぞろぞろとプリクラコーナーへ移動する樹里たち一行。カリスマ読モに将来性抜群の美少女、和風美人、ゴリゴリのギャルの組みあわせは嫌でも目立つ。


ちらほらと投げかけられる視線を何とかかいくぐりながら、プリクラコーナーへとたどり着いた。


「お。空いてんじゃん」


「じゃん」


時間の関係なのか、先ほどとは打って変わり人はまばらだ。


「とりま全員で撮る?」


「うん。私と陽奈は二人でも撮りたい」


提案する晶に樹里がVサインを突き出す。


「や、あたしらも陽奈ちゃんとツーショ撮りたいし」


「あーしもー」


「私も撮るぞ」


そんなこんなで、まずは五人で撮ってそれからツーショットで撮ることにした。


初めて入るプリクラのブースが珍しいのか、陽奈がきょろきょろと視線を巡らせている。


何度か撮り直ししたデータを、葉月と晶のギャルコンビがモニター上で装飾し始める。さすがに慣れたものだ。


「おっし。盛れた!」


満足いく出来栄えだったのか、葉月が小さくガッツポーズした。完成しプリントアウトされたものをみんなで確認する。


「いんじゃね」


「だね」


「あとで切り分けようか。んじゃツーショ撮ろうぜ。樹里、先に陽奈ちゃんと撮ってきなよ」


「オッケー。行こ、陽奈」


「はい」


再び樹里と陽奈がブースに入る。


「どう? 初めてのプリクラ」


「そうですね、スマホとアプリで同じようなことはできそうですが……これはこれで面白いです」


「でしょ? えーと、モードを設定して……っと。よし」


いくつかポーズを変えつつ撮影しデータを確認する。


「……さっきも思ったんですけど、ずいぶん違った感じに撮れるんですね」


「最近のプリってかなり盛れるからねー。盛りすぎて「誰!?」ってなることもよくあるよ」


タッチパネルを操作しながら樹里が笑い声をあげる。


「よし……どう、陽奈?」


「目が大きい……肌も白い……してないのにメイクしてるみたいですね」


「だね。文字も入れちゃおう」


タッチペンで「ジュリ」「ヒナ」と書いた樹里が陽奈に目を向ける。


「ほかに何か書く?」


「普通はどういうこと書くんですか?」


「いろいろだと思うよー。学校名とか部活名入れる子もいるし、好きな子の名前とか「○○ラブ!」とか」


「最後のはかなり恥ずかしいですね」


「あはは。たしかに……じゃあ、こんなんどう?」


樹里が再びタッチペンをパネル上に這わせ始める。陽奈が見守るなかで樹里が書いた文字。


『ずっと一緒』


パネルを見ていた陽奈の頰が、ほんのわずか紅潮した。


「これでいい? 陽奈」


「……はい」


「あれ? もしかして照れてる?」


「照れてないです」


口元をにやけさせた樹里を、陽奈がジロリと見上げる。


「うっそだー。照れちゃってもう、かわいいなぁ陽奈は」


「そんなこと言う人にはお仕置きです」


陽奈が樹里の脇腹を手でさわさわと触った。


「ひゃっ!? んもーっ! やったなあー?」


体をビクンと跳ねさせた樹里は、陽奈の両脇に手をやりくすぐり始めた。


「や、ちょっと! 樹里、や、やめてください! ああーっ!」


「ほれほれ。ここがええんやろ?」


ニヤニヤとしながら陽奈をくすぐり続ける樹里。


「こ、この変質者! やめっ……あう……あはははは!」


遂に我慢できなくなり陽奈が声をあげて笑い転げ始める。と、そこへ──


「おーい。いつまで二人でイチャついてんだー?」


いつのまにかブースのカーテンが開けられ、咲良や葉月、晶がニヨニヨとしながら二人を見ていた。


「「あ……」」


恥ずかしさで頰を赤く染めてゆく樹里と陽奈を、咲良たちは飽きることなく眺め続けるのであった。

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