第30話 ギャルしか勝たん

「やっぱり人多いね」


「日曜日だしねー。次、ファッションビル行ってみる?」


SNSで一躍人気を博したお店のクレープを食べ歩きしつつ、由美と桃香は次にどこへ行こうかと思案していた。


都内屈指のオシャレな街、若者が集まる街としても人気のエリアは、休日になると酷い混雑を見せる。


現に今も、二人の視界は人、人、人で埋め尽くされている。二人は手に持ったクレープが周りの人にぶつからないよう、うまく隙間を縫いながら歩いていた。


「沙羅ちゃんも来られたらよかったのにねー」


「夏休みに遊びすぎなんだよ沙羅ちゃんは」


由美な呆れたような表情を浮かべる。本当は沙羅も一緒に遊ぶはずだったのだが、夏休みに遊びすぎたこと、宿題の一部を終わらせていなかったことを理由に母親からストップがかかったらしい。まあ自業自得だ。


もっとも混雑する通りを抜けると視界が開け、かなり歩きやすくなった。


「そう言えばさ、最近の沙羅ちゃん神木さんの悪口あまり言わなくなったね?」


「あー……言われてみれば……」


「ウザ絡みもしなくなったとゆーか」


「あまりにも相手にされないから諦めたんじゃない?」


由美がメガネを中指でスッとあげながら、何気に酷いことを口走る。


「あー、そういうことなのかな。沙羅ちゃんもさ、神木さんと仲良くなりたいなら素直にそう言えばいいのに」


「それができりゃ苦労しないよ。思ってることと行動が正反対になっちゃう子だから」


「あはは、分かる〜」


ポニーテールを揺らしながら桃香が愉快げに声をあげる。


「沙羅ちゃんは神木さんに親近感を抱いてるんだよ。だから本音では仲良くなりたいのに、素直じゃないからまったく進展しないんだよ」


「親近感?」


「二人の共通点は?」


「んー、友達が少ない?」


「正解。でも、神木さんの場合はそもそも人との関わりに興味がなくて、友達も必要ないと思ってるからいないだけ。沙羅ちゃんは単純に敵を作りやすく周りからも嫌われてるから友達がいない」


「似ているようで全然違うってことね」


「うん。まあ何にしても、沙羅ちゃんが神木さんと仲良くなりたいなら自分を変えなきゃね。もしくは、神木さんのほうから歩み寄ってくれたら状況は変わると思うけど」


「それはないんじゃない?」


「多分ね……ん?」


由美が視線を向ける先には、大勢の人が集まっていた。


「あそこってライブハウスだよね。開場待ちかな?」


「そうみたい……こっちから周って行こうか」


大通りからは逸れるが、裏路地を通ったほうが明らかに歩きやすそうだ。


二人はビルとビルのあいだの細い路地へと足を踏み入れる。大通りとは違い人通りは少なく、建物に挟まれているため昼間でも薄暗い。


「あ、桃香。前から人が来てる。左に寄ろう」


「うん」


前方からは四人組の女子がこちらへ歩いてきていた。中高生だろうか。全員が派手な髪色と服装をしている。いわゆるギャルというやつか。


由美と桃香は目をあわさないよう、やや俯き加減ですれ違おうとした。が──


すれ違う瞬間、由美の体が集団の一人とぶつかった。途端に怒号が飛んでくる。


「おいガキっ! 何ぶつかってんだよ!」


「……す、すみません」


肩をびくっと跳ねさせた由美と桃香が、すぐさま頭を下げて謝罪した。が、四人組が許してくれるような気配はなく、むしろ囲まれてしまった。


「すみませんで済みゃ世話いらねぇんだよ。とりあえずお前ら、財布出せ」


「逃げようなんて思うなよ? そんなことしたらどうなるか……」


年上の派手な女子数人に囲まれたうえに凄まれた由美と桃香は、完全に萎縮してしまっていた。二人とも膝がガクガクと震えている。


怖い……! どうしよう……いったいどうしたら……。


涙目になる二人に対し、四人組がさらに怒声を浴びせる。


「早く出せっつってゆだろうが! 痛い目に遭いてぇの?」


「あう……う……」


諦めた由美と桃香は、バッグのなかに手を入れ財布を取り出そうとした。そのとき──


静かな路地裏に、バタバタと激しい足音が響きわたった。騒がしい足音と、賑やかな話し声がどんどん近づいてくる。


「んもーー!! 何で電車の方向間違うんだよー!!」


「ごめんってー! あの駅乗り換えがめんどいんだよー!」


四人組のギャルたちが歩いてきた方向から、バタバタと足音をたてながら二人の女性が走ってきた。一人はウェーブがかかった長い金髪、もう一人は茶髪をハーフアップにしている。二人とも、四人組に輪をかけてさらにギャルだった。


異変に気づいたのか、二人組のギャルが足を止める。


「おいおい、こんな狭いとこで何やってんのよ。とりあえず邪魔だからどいてくんね?」


由美と桃香を囲んでいた四人組に、金髪ギャルが虫でも追い払うように「しっしっ」と手を振る。


「ああ!? 誰に口きいてんだてめぇ!」


四人組の一人が勢いよく噛みつき返す。


「いや、お前らに言ってんだよ。邪魔っつってんだろ?」


前髪をゴムで縛ってでこ尻尾にしたギャルの顔が怒りからか赤く染まる。今にも殴りかかりそうな雰囲気だ。


「さけんなっ! ぶっ潰してやる!」


「お、おい! やめろ!」


四人組のうち三人が、でこ尻尾のギャルを制止した。なぜか三人とも顔色が悪い。


「ああ? 何で止めんだよっ」


「バカっ! おめぇ知らねえのか。あの二人、葉月さんと晶さんだぞ」


耳打ちされたでこ尻尾ギャルの顔がみるみる青くなる。


「は、葉月さんと晶さんって……あの、加賀美二中で伝説のヤリマ……じゃなくてギャルと言われた……?」


「ああ……あの二人か声かけてみろ。このあたりのギャルというギャルが集まるぞ……!」


完全に戦意喪失したでこ尻尾ギャルの足がガクガクと震える。そして、四人は一列に並ぶと「すみませんでした!」と頭を下げ、一目散に逃げ去ってしまった。


一方、一連の出来事を眺めていた由美と桃香は呆然とした表情を浮かべている。安堵したからか、二人の目からは涙がこぼれた。


「ったく……何だったんだあいつら……って、どうしたん? まさかあいつらに何かされたん!?」


「マジか! 今から追いかけて殴るか?」


泣き始めた二人を見てあたふたし始める葉月と晶。


「ち、違うんです……! 安心して……」


「そ、そっか。それならいいけど」


「あ、あの。助けていただいてありがとうございました」


由美と桃香がていねいに腰を折る。


「ああ、気にしなくていいよ。ここらにはあーゆー頭の悪いギャルも多いから気をつけなよ?」


「はい。ありがとうございました」


「うんうん……って晶、ヤバい! もうこんな時間!」


スマホを見た葉月が青い顔で叫ぶ。


「マ!? はよ行かんと! 樹里と陽奈ちゃん待ってるぞ!」


「だな! じゃあ二人とも、気をつけてね!」


肩越しに手を振ると、ギャル二人は再び慌ただしくバタバタとその場を立ち去った。そして、嵐が去ったかのように路地裏は静寂を取り戻した。


由美と桃香が顔を見あわせ、同時に大きく息を吐く。


「よかった……てか怖かった……」


「だね……」


膝はまだかすかに震え、胸のドキドキも止まらない。由美はギャル二人が走り去った方向へ目を向けた。


「ねえ、あの助けてくれた人たち、ジュリとヒナって言ってなかった?」


「あ、それは私も何となく気になった。どっちも沙羅ちゃんの推しだね」


「うん……偶然かな?」


「偶然でしょ。ジュリさんはともかく、神木さんに年上のギャル友達がいるとは到底思えないもん」


「そう……だよね」


由美は胸のなかでもう一度ギャル二人にお礼を述べると、「行こ」と桃香の手を取って走り始めた。

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