第22話 パパ活疑惑と推し活の美学
夏祭りの会場は、すでに大勢の人出で賑わっていた。
射的か何かで獲得したであろう景品のオモチャを大切に抱えたまま走りまわる小さな子どもから、手を繋いでのんびりと祭りの雰囲気を楽しむカップル、ほろ酔い加減で愉快げな笑い声をあげる初老の男性。
数少ない地域のイベントへ足を運んだ地元住民たちが、思い思いに楽しい時間をすごしていた。
「おおー! 陽奈ちゃんかわええー!」
「あ! メイクもしてる! 化粧映えする顔マジ羨ましい〜!」
会場で合流した葉月と晶が、浴衣姿の陽奈を見るなり感嘆の声をあげた。
「素材がいいうえに樹里がメイクとヘアメしてるからな。文句なしに美少女だわ」
うんうん、と何故か満足げに頷く咲良。今日は紺色をベースにしたレトロな浴衣を着用し、帯には団扇をさしている。その出立ちはまさに和風美人と呼ぶにふさわしい。
なお、樹里は涼やかな薄い水色に蝶をあしらった浴衣を着ている。葉月と晶は浴衣をカジュアルにアレンジした浴衣ドレス。ギャルを地でいく二人にピッタリの装いである。
「とりあえず、そのあたりまわってみようか」
樹里が陽奈の手をとって歩きだす。夏祭りが初めてというだけあって、陽奈は目に映るものすべてに興味を示した。
「……何というか、凄い活気ですね」
「年に一回の夏祭りだしね。町内だけじゃなくて、近くの地域からも来てる人多いんじゃないかな?」
「そうなんですね……あ。樹里、あれは?」
参道を進む樹里たちの斜め左方向に見える出店に、小さな子どもたちが集まっていた。
「あれは金魚すくいだね。知らない?」
「あれが……。テレビのドラマで見たことあります」
「やってみる?」
「いえ。育てる自信がありませんし」
思わずズッコケそうになる樹里。「金魚をとれる自信がない」ではなく、育てる自信がないと口にするあたりに、陽奈が普通の子どもではないのだと改めて気づかされる。
「おーい、樹里ー、陽奈ちゃーん! チョコバナナ食べよーよー!」
少し後方を三人で歩いていた葉月に声をかけられ、樹里と陽奈は同時に振り返った。見ると、カラフルな装いをした屋台の前で葉月が手を振っている。
「陽奈、ちょっと行ってみよ!」
「はい」
屋台の前へ移動した陽奈の鼻腔をチョコの甘い香りが刺激した。目の前には、黒や桃色、緑とさまざまな色のチョコでコーティングされたバナナが串に挿された状態で並べられている。
「チョコバナナとか久しぶりー。陽奈、食べたことある?」
「ないです」
「じゃあ食べてみよ。どれがいい?」
色とりどりのチョコバナナを吟味する陽奈の表情は真剣である。わずかな沈黙のあと、陽奈は黒いチョココーティングにカラフルなトッピングを施したものを指さした。
「これがいいです」
「じゃあ私はピンクのにしよーっと」
樹里がピンク、葉月は緑、晶と咲良は陽奈と同じものをオーダーした。
「あ、ここは私が奢るよ」
巾着から財布を取り出した咲良に、全員が「マ!?」と驚きの視線を向ける。そんな視線を無視して、咲良は五人分のチョコバナナ代、二千五百円を店主へと手渡した。
「まあバイト代も入ったし気にすんな」
さらりと言い放つ咲良に、葉月と晶がジト目を向ける。
「いや、バイトなんてしてたっけ……?」
「ほら、あれじゃね。パパ活とか……」
顔を寄せあってヒソヒソと言葉を交わす二人に、今度は咲良が刺すような視線を向けた。
「何か言ったか?」
「「いや何も」」
見事に声がシンクロした。一方、陽奈は会話の内容が理解できなかったのか、かすかに首を傾げている。
「樹里。パパ活って何ですか?」
「あー、陽奈は知らなくていいの。ちょっと晶! 陽奈の前でそんな言葉使わないでくれる?」
じろりと睨まれた晶が即座に「ごめん!」と手をあわせる。陽奈はまだ気になっているようだが、樹里としてはそんないかがわしい言葉で陽奈の耳を汚したくない。
「それより陽奈、早く食べてみて」
「あ、はい」
右手に持ったチョコバナナに恐る恐る口をつける。小さな口でハムハムと食べる様子は、どこか小動物を思わせた。
「……美味しい」
表情こそほとんど変わらないものの、声のトーンが何となくいつもより高いと樹里は感じた。どうやら気に入ってくれたらしい。
屋台から離れた五人は、チョコバナナ片手に再び夏祭り会場を散策し始めた。
「お。射的じゃん」
咲良が指さした先のテントブースには大々的に射的と書かれている。目当ての品が取れなかったのか、小学校低学年くらいの男の子二人組が地団駄を踏みながら奇声を発していた。
「よっし。久々にやってみっか。おじさーん、お願い」
「あいよ! 一回三百円で五発ね」
咲良が店主のおじさんにお金を手渡し、コルクガンを手に取り構える。妙に様になってるのが不思議だ。
「よっ……うん、よし。よっ……あらよっ……と!」
リズムよく次々にコルクの弾丸を景品に命中させてゆく咲良。見事な腕前に、店主の顔がみるみる青ざめてゆく。結局、五発中四発を命中させた。
「うーん……腕が落ちてんな……」
結果に満足いかない様子の咲良が、コルクガンを肩にかけて眉根を寄せる。一方、見学していた周りの子どもたちは「お姉ちゃんすげー!」っとただただ興奮していた。
「ぐ……大した腕だ、お嬢ちゃん……!」
店主が悔しげに景品のお菓子やオモチャを手渡す。
「あんがと。おーい、ガキども! これやるから持っていきな」
景品を受け取った咲良が、周りできゃいきゃいと見学していた子どもたちへ声をかける。たちまち、ワッと声をあげた子どもたちが群がり、「お姉ちゃんありがとー!」と口々に喚きながら景品を持ち去った。
「く……男前すぎやろ咲良……! てか、何であんなに射的うまいん?」
「多分あれだ。本物の銃撃ったことあんだよ、きっと。何人か殺めてるのかも……」
顔を寄せてヒソヒソと話す葉月と晶の頭に、咲良が強烈なチョップを食らわす。
「まったくお前らは……どんだけあたしのことアウトローにしたいんだよ」
腕組みして「ふん」と鼻を鳴らす咲良に対し、葉月と晶は「だってさ〜」とまだ何か言いたげだ。
「……何というか、咲良さんって凄いですね」
一連の流れを見ていた陽奈が、小声で樹里に囁く。
「でしょ? その辺の男よりずっと男らしいよね」
「ですね。彼氏じゃなくて彼女がいそうな感じです」
「あははっ! でも、実際女子から告られることもよくあるんだよね」
「やっぱり」
咲良の活躍と大盤振る舞いのためか、射的ブースの周りには次第に人だかりができ始めていた。
なかには樹里のことを知ってる者もいたようで、にわかに騒がしくなったため五人は慌ててその場をあとにした。
──ビニールプールの水面にぷかぷかと浮かぶいくつものカラフルな水風船。
そのなかの一つに狙いを定めた白鳥沙羅は、真剣な面持ちでそっとこよりのフックを引っ掛けた。
「よし……! このまま……あっ!!」
沙羅が水風船のヨーヨーを引き上げようと力を加えた瞬間、こよりがぶちっと千切れた。
「はぁあああ!? 何よこれ! また千切れたんだけど!」
浴衣姿でヒステリックに喚く沙羅を、取り巻き女子の由美と桃香がそっと
「沙羅ちゃんさ、引き上げるとき一気にいきすぎなんだよ。もう少しゆっくり上げたら取れると思うよ? ほら」
あっさりとヨーヨーを釣り上げた由美に、沙羅が「ぐぬぬ」と悔しげな目を向ける。
「あと、こよりの部分まで水に浸けちゃうから切れやすくなっちゃうんだよ」
沙羅を挟んで由美の反対側にいた桃香も、ひょいっとヨーヨーを釣り上げ「ほら」とぶらぶらさせた。
「……つまんないわ。ほかのとこ行きましょ」
興味をなくしたかのようにすっくと立ち上がり、どこかへ歩いていこうとする沙羅を二人が慌てて追いかける。
大きくため息をついた沙羅は、ほかに楽しそうなものはないかと周りへ視線を巡らせた。いきなりヨーヨー釣りで出鼻をくじかれ、わずかに機嫌を損ねた沙羅の表情は固い。
「沙羅ちゃん。表情が固くなってるよー? そんなムスッとしてたらかわいい顔が台無しだよー?」
「……ムスッとなんてしてないわよ。神木じゃあるまいし……」
今度は露骨に顔を顰めた沙羅が由美を睨みつける。
「いや、神木さんは無表情なだけでムスッとしているわけではないと思うんだけど……」
「うるさいわね桃香。何? あんた神木の肩をもつわけ?」
「そうじゃないけど。てゆーか沙羅ちゃんさ、どうしてそんなに神木さんを嫌ってるの?」
顔を覗き込んでくる桃香から、沙羅がぷいっと顔を背ける。
「……何もかも気に入らないからよ。頭はいいかもしれないけど、体育には出ないわ誰とも口きかないわ、いつもお高く止まってるとこも気に食わない」
堰を切ったかのように陽奈への不満を露わにする沙羅。由美と桃香は「これは地雷を踏んだかも」と半ば諦め顔だ。
「せっかくうちの派閥に誘ってあげたのに『興味ありません』とか言っちゃってさ。ほんとムカつくったらないわ」
「いや、うちの派閥ってこの三人だけじゃん」
「そんなツッコミいらないのよ!」
キーっと喚き始める沙羅の様子に、由美が呆れたようにため息をつく。そんなに気に食わないならわざわざ絡まなきゃいいのに……と由美は思った。
沙羅の言動は、好きな女子に相手にしてほしくてわざと嫌われるようなことをする低学年男子を思わせる。結局、不器用すぎるのよね沙羅ちゃんは。由美がそっとため息をつく。と、そのとき──
「あっ!」
突然桃香が声を上げ、沙羅と由美の肩がビクッと跳ねた。
「な、何なのよ桃香。いきなり大声出して……」
「あれあれ! ジュリさんじゃない!?」
桃香がやや興奮したかのように、斜め前方にある屋台前で会話に興じる浴衣の女性を指さした。
「……ほんとだ」
ぽかんと口を開いた沙羅がぼそりと呟く。
「すごーい! 本物だよ、沙羅ちゃん! 声かけてくれば!?」
桃香に肩を揺すられた沙羅がハッと我に返り、「コホン」と一つ咳払いした。まるで自分自身を落ち着かせようとしているように見える。
沙羅が視線の先にいる樹里をマジマジと見つめる。正直、沙羅は小躍りしたいほど興奮していた。憧れの推しを目の当たりにし、嬉しさのあまり全身が震える。
凄い、本物のジュリさんだ! 顔ちっさ……! てかスタイルヤバすぎない!? 浴衣姿もめちゃくちゃエモい……! ダメだ、嬉しさと緊張で吐きそう。
「ほら、声かけないの沙羅ちゃん!」
再度促された沙羅は、大きく深呼吸すると桃香へ向き直った。
「あのねぇ。今、ジュリさんはプライベートの時間を楽しんでるのよ? そこへ私なんかが押しかけて邪魔するなんてできると思う? そんなことするのは真の推し活ではないわ」
腰に手をあてて推し活の美学を説く沙羅の様子に、由美と桃香は思わず顔を見あわせる。まさかそんな自分なりの美学をもっているとは思わなかった。
「だから、今日はそのお姿を見られただけで私は……──?」
もう一度樹里のほうへ視線を向けた沙羅が怪訝な表情を浮かべる。視界に映ったのは、親愛なる推しと手を繋ぎ、寄り添うようにしてそばに立つ一人の少女。
「ねぇ、ジュリさんと手繋いでるあの子、誰なんだろうね?」
「横顔しか見えないけど……きれい……ていうかかわいい」
たしかにめちゃくちゃかわいい……と沙羅も率直に思った。いったい誰……? 身長も低いし小学生……だよね。ジュリさんの妹とか?
沙羅たちが視線を向ける先では、樹里が隣に立つ美少女へ慈しむような優しい笑顔を向けていた。
「メイクもしてるし、ジュリさんの知り合いの読モとか、じゃないかな?」
「あー、なるほど。たしかに一般人ではなさそうだよね。周りの人たちもきれいな人ばかりだし、読モ仲間でお祭り来た感じじゃない?」
まあ、そう考えるのが普通か。沙羅は無理やり自分を納得させた。
「あ、あんまジロジロ見るのは失礼だからもう行くよ。ちょっとあっちのほう行ってみようよ」
沙羅がくるりと踵を返す。「そだねー」と賛同した二人を引き連れ、沙羅たちは歩き始めた。
少し歩いたところで沙羅が足を止め、背後を振り返る。
「……? 何だろ。あの子、どこかで見たことあるような……」
眉根を寄せて首を傾げる沙羅の顔を、由美と桃香が不思議そうに覗き込む。
「どうしたの、沙羅ちゃん?」
「……んーん。何でもないわ」
再び前を向いた沙羅は、胸のなかのよくわからないモヤモヤを打ち消すように頭を左右に振ると、少し足早に歩を進め始めた。
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