第12話 クールキューティー爆誕

海浜公園の駐車場に沢村が戻ってきたという連絡が明日香に入り、樹里と陽菜は明日香と一緒に駐車場へと向かった。


「え……明日香さん、もしかしてアレ?」


「……そうみたいね」


樹里たちが向ける視線の先に停まっていたのは、送迎などに使われるタイプのマイクロバス。開いたドアから数人の若い男女がレフ板やスタンドライトなどの撮影機材をおろしていた。どうやら、撮影クルーまで引き連れて戻ってきたようだ。


「あ! ジュリさん、神木さん、こちらです!」


撮影クルーらしきスタッフに何やら指示を出していた沢村が、樹里たちに気づき手を振る。


「ずいぶん大きな車で来ましたね」


マイクロバスに近寄りまじまじと見つめる明日香。


「遠方で撮影するときに使っているんです。背も高いので車内で着替えられますしね」


「なるほど」


と、会話している明日香と沢村のそばへ、スラリとした長身の男性が近づいてきた。


「あ、こちらカメラマンの諏訪秀樹さん。神木さんを撮影できるということで急遽来てもらいました」


柔和な表情を浮かべた諏訪が「よろしく」と頭を下げる。


「わざわざカメラマン呼んだの? 井ノ原君に撮ってもらえばよかったのに」


「いや、さすがにそれはちょっと……彼、忙しそうでしたし。それに、うちは最近秀樹さ……諏訪さんに依頼することが多いので」


諏訪のことを下の名前で呼びかけた沢村に、明日香が「ははーん」といった目を向ける。樹里も何となく関係性を理解し、陽奈は首を傾げていた。


「あ、神木さん。今さらなんですが、誌面へ掲載するには保護者の方の許可が必要なんです。大丈夫そうでしょうか……?」


「はい。先ほど連絡したら快諾してくれました」


「そうですか! よかったです。あとからこちらでも連絡させていただきますね。ええと、とりあえず用意した服を見てもらえますか?」


案内されて乗り込んだバスは、改造が施されており後方の座席が排除されていた。おそらく着替え用のスペースとして確保しているのだろう。


「用意したのはこちらの五パターンです。神木さんの好みもあると思うので、複数用意してきました」


移動したバス最後部のスペースに設置されてあるパイプに、沢村が次々と服をかけていく。


「私としては全パターン着てほしいんですが、時間のこともあるので、今日のところはとりあえず一着を選んでいただければと……」


「はあ……樹里さん、どれがいいと思いますか?」


隣に立つ陽菜からの視線に気づいた樹里が、苦笑いを浮かべながら目の前の服を吟味し始める。


「うん……どれも似あうと思うけど、私はこれかなぁ」


樹里が指さしたのは、エアリーな透け感が印象的なブルーのチュールスカートにグレーのスリーブTシャツの組みあわせ。


「私もそれがいいって思いました」


「ちょっと大人っぽいコーデにはなるけど、陽菜は落ち着いた感じもあるしきっと似あうと思う」


「私もそう思います」


相変わらずはっきりと言うなぁ、と思わず噴きだしそうになる樹里。なお、足元にはミュールをあわせるようだ。


「じゃあそれでいきましょう。着替えとヘアメイクは私がお手伝いしますね」


さすがの陽菜も、樹里と明日香、沢村の三人に着替えを見られるのは嫌だろうと考え、樹里と明日香はいったんバスの外へ出ることにした。


そして待つこと約十五分。



「おお~!」


マイクロバスから降りてきた陽菜を見て、樹里と明日香の口から感嘆の声が漏れた。一方の陽菜は、表情こそいつも通りだが、若干の恥ずかしさがあるのか視線が定まっていない。


「陽菜、めっちゃいいよ! どこかのお嬢様が海のそばへ遊びに来たみたいな感じ!」


お嬢様はあなたなのでは、と心のなかで呟きながら樹里をじろりと見やる。が、そんなことおかまいなしに、樹里は陽菜の周りをぐるぐると回りながら全身に視線を這わせた。


「いや、やっぱり私の目に狂いはありませんでした。神木陽菜さん、めちゃ逸材です。何せ素材がめちゃくちゃいい」


沢村が感慨深げに胸を張る。


「わかります……陽菜ちゃん、中学生になったらガルガルにも出てくれない? 樹里ちゃんと一緒でもいいし」


「いや、陽菜が中学生になったときって私もうJKじゃないんですが。まあ十代だしギリ、いけるか、な……?」


むむむ、と考え込む樹里に明日香が「樹里ちゃんなら大丈夫!」と太鼓判を押す。


「あ、ずるいですよ明日香さん! 神木さんには私が先に目をつけたんですから!」


「あはは。まあ、そのことはおいおい話しあうとして、そろそろ撮影始めましょう。うちもそろそろ撮影の終盤だろうから見に行かなきゃ」


そんなこんなで、樹里たちは変身した陽菜を伴い、再び撮影場所の海上デッキへと戻るのであった。



――案の定というか何というか、撮影が始まった途端に陽奈は注目の的になった。


「かわいい……誰、あの子? どこかのキッズモデル?」


「あの子、さっきまであそこに座ってた子だよね? ジュリさんと話してた……もしかしてジュリさんの妹とか?」


「てか、さっきからずっと無表情なの気になる……まさかAI搭載型のロボット……なわけはないか」


ざわつくガルガルの読モたちを尻目に、陽奈は淡々と撮影をこなしていく。とても初めての撮影とは思えない。


これは自分もカメラに収めなくては、と樹里がカメラマン、諏訪の背後からスマホを向ける。が、陽奈にじろりと睨まれたような気がしたので一枚だけ撮ってすごすごと退散した。


それにしても……凄いな、陽奈は。あんなに無表情なのに、これはこれで絵になってる。


クールビューティーならぬ、クールキューティーといったところか。これは陽奈にしか表現できないことだ。


小中学生を対象としたCuteeeenキューティーンの誌面を飾るのはほとんど小中学生の読モであり、誰もがみな子どもらしい笑顔で誌面に収まっている。


きっと、陽奈が誌面に登場したら話題になるだろうな。あ、でも陽奈って目立つの嫌いじゃなかったっけ?


ただでさえギフテッドの天才少女ってことで有名なのに、これでもっと目立つことになったら……。


にわかに樹里の顔が曇る。陽奈がファッション誌の誌面を飾ることにただ喜び、そのあとのことまで考えが及んでいなかった。と、そこへ──


「樹里さん、どうしましたか?」


撮影を終えて戻ってきた陽菜に声をかけられ、樹里はハッと我に返った。


「あ、や……! お疲れ様、陽菜。どうだった? 緊張した?」


「思ったほどは。以前から人の目には慣れていますし」


「そ、そう。ごめんね、こっそり撮ろうとして」


「別に怒っていませんよ。樹里さんにカメラ向けられて一瞬緊張しただけです」


怒って睨まれたと思ったが緊張だったのか。てかどうして私にスマホ向けられて緊張するんだ。


とりあえず撮影も無事終わり、陽菜と樹里は沢村から今後の掲載スケジュールなどを説明してもらった。どうやら来月の七月五日に発売されるキCuteeeenに陽菜の写真が掲載されるようだ。


それまでに今日撮影したデータのなかから掲載候補を何枚か送付するので、問題があれば指摘してほしいとのこと。のちほどギャラについても母親に連絡して説明してくれるとのことだ。



「何というか、とても「きちんと」しているんですね」


駐車場へと向かう道すがら、先ほどのやり取りを思い出しながら陽菜が樹里に小声で話しかける。


「いや、かなり特別だよ? 一般的な読モは服も現場までの交通費も自前ってことが多いし、撮影したどの写真が掲載されるのか発売されるまでわからないってことがほとんどだよ。ノーギャラってケースも多いかな」


「そうなんですか?」


「うん。それだけ陽菜が凄いってことだよ」


「はあ」


よくわかっていない様子に、樹里が思わず苦笑いする。


「それより陽菜。Cuteeeenに掲載されたら、今より目立つようになるかもしれないけど……それは大丈夫なの?」


「まあ……変に注目を集めるのは好きではないですが。ただ、昔から注目されるのにも慣れていますし。アメリカに住んでいたころは今よりはるかに注目されていましたし、プライバシーなんてあってないようなものでしたよ」


「そ、そうなの?」


「ええ。あまり思い出したくはないですね」


小さくため息をついた陽菜の表情は変わらない。でも、自分なんかよりよっぽどハードな人生を歩んできたんだなと樹里は感じた。


「それはそうと、私はもう撮影はいいですね」


「えっ!? どうして!?」


「樹里さんが見ている風景を私も見てみたくて承諾しましたが、やっぱり私は樹里さんのようにはできません」


「いやいや! 陽奈めっちゃよかったよ!? 別に私のようになんて──」


「それに、私は自分が撮影されるよりも、樹里さんが撮影される様子や、ファッション誌の誌面を飾る樹里さんを見ていたいんです」


思いもよらない陽奈の言葉に、樹里がやや驚きの表情を浮かべる。まさか、陽奈からそんなことを言ってもらえるとは思わなかった。


「うう……でもちょっともったいないなぁ……」


「いいんですよ。それに、私はトレンドを押さえたオシャレすぎる服よりも、樹里さんたちが選んでくれた服のほうが好きですし」


心臓がドクンと波打ち、胸のなかで何かが込み上げてくるような感覚を樹里は覚えた。


「……泣かせないでよ」


「泣いてないじゃないですか」


「バレたか」


熱を帯び始めた目頭を気合いで冷まし、瞳から涙がこぼれ落ちるのを何とか回避した樹里が、隣を歩く陽奈の手をそっと優しく握る。


視線をあわせようとしない樹里の様子を訝しみつつ、陽奈もその手をぎゅっと握り返した。


一陣の風が吹き、駐車場のそばに植樹されている木々の葉がざわめいた。手を繋いだまま、陽奈はスッと空を見上げる。


どこまでも続く青空は雲一つなく見事に澄みわたっていた。

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