第9話 やっぱり素材がいいから

駅から徒歩数分の場所にある大型ショッピングモール『POLCO』へとやってきた樹里たち一行。


「うーん……マジ悩む」


上階行きエスカレーターのそばに設置されていた施設案内板の前では、樹里や咲良、葉月たちが腕組みしたまま難しい顔で悩み続けていた。


「陽奈ちゃんかわいい顔してるからやっぱガーリー系だよね……もしくはロリータも全然あり……」


葉月がぶつぶつと呟きながら、案内板上のショップを確認してゆく。


「いや、落ち着いた感じもあるからナチュラルなマニッシュ系もいいと思う。もしくはフェミニン+ダークな地雷系とか……」


名探偵のように顎へ手をやりながら思案する晶に、すかさず咲良が口を出した。


「待て待て。さすがに小学生に地雷系はマズいだろ。それにアレはメイクも込みでのファッションだかんな」


「あー、そっか……。てか陽奈ちゃん素材が良すぎるから何でも似あいそうなんだよな……」


ちらりと見やった陽奈の顔がまったくの無表情であることにややおののいた晶が、樹里の耳もとへそっと顔を近づけた。


「ね、ねえ樹里。もしかして陽奈ちゃんまだ怒ってる? 感情が無なのだが」


「いや、あれ平常運転」


耳打ちしてきた晶に、小さな声で樹里が返答する。


「とりあえず、ゴテゴテのギャル系やら病み病みした地雷系はなしだろ。ノーメイク前提で、なおかつ学校に着ていっても悪目立ちしないやつがいいんじゃね。だから今回はロリータもなし」


咲良の提案に全員が軽く頷く。片っ端からショップを覗いていく手もあるが、何せ数が多すぎる。とても一、二時間程度では足りない。


「ねえ、陽奈はこんなのがいい、みたいなのないの?」


「そうですね……初めて樹里……さんの部屋で着せてもらった服とか……いいかなって思います」


「えーと、春物で花柄のチェニックだったよね。じゃあやっぱガーリー系か」


樹里がちらりと陽奈の服を見やる。ガーリーが好みなのになぜその服を買ったのかという疑問はあったが、それは口に出すまい。


「ガーリーなアイテムなら……うん、ここがいいね」


葉月が案内板の一箇所を指差す。記載されているブランド名は『Lycoris 9』。十代から二十代の女子に人気のファッションブランドだ。


低身長な女子向けのアイテムも豊富なので、小学生の陽奈に似あう服も扱っているはずである。


ひとまずエスカレーターでレディースファッションフロアまで上がり、目的のショップを探す。


「お、あれじゃね?」


それらしきショップを見つけた葉月と晶がパタパタと走って行くと、樹里たちへ向かって大きく手招きした。目的地のようだ。


「いらっしゃいませ〜」


女性店員の語尾を上げる独特な挨拶を聞きつつショップへと足を踏み入れた樹里たちは、さっそく陽奈に似あいそうな服の捜索を始めた。


樹里も陽奈と手を繋いだまま店内を見てまわる。が、葉月と晶が次々といろいろなアイテムを持ってくるので、結局陽奈はフィッティングルームの住人となってしまった。



「おお……! 似あいすぎて震える……!」


「だよな。てか素材よすぎやろ。すっぴんでこんだけかわいいとかマジ神」


葉月と晶がほぅ、と感嘆の声を漏らす。


「あはは。お前らはノーメイクだと別人二十八号だもんな」


「酷すぎて草生えるわ」


咲良から辛辣な言葉を投げつけられた葉月と晶の声が重なった。


完全に葉月たちの着せ替え人形と化した陽奈だが、戸惑いつつも楽しんでいるように樹里には見えた。


「あ……これ好きかもです」


新たな服に着替えてフィッティングルームのカーテンを開いた陽奈に、樹里たちが「おお〜」と声をあげる。


赤と黒、白を組みあわせたチェックのセットアップ。トップスのビッグカラーはフリルをあしらい、ガーリーさも演出している。パール調のボタンをあしらったプリーツスカートもいい感じだ。


「うん、素敵だね。量産型ガーリーってとこか。学校へも着ていくならこれくらいがいいと思う」


腕組みをした咲良が陽奈を見たまま満足げに頷いた。


「じゃあ服はそれでいいとして、あとは靴か」


「靴?」


陽奈が葉月の顔を見て問い返す。


「うん、オシャレは足元からって言うし。ね、樹里?」


「だね。ここって靴も扱ってたっけ?」


「たしか向こうにあったと思うぞ」


咲良が店の奥を指さす。


「合うのあるかな。まあ、同じブランドだし合わないのもおかしな話だけど」


「この上下なら、やっぱローファー?」


樹里と葉月が陽奈の全身を眺めながら思考を巡らせる。


「これからの季節ならミュールもありじゃない?」


「さすがに小学校へミュールで登校するのマズいやろ」


提案した晶の頭に咲良が「ていっ」とチョップを食らわせた。


「デザインによってはハイカットのスニーカーでも良さそうだけどね」


「問題はここにあるかどうかだな。ま、なきゃ別のショップ行きゃいいか」


そのようなことを話しつつ、樹里と咲良が連れ立って靴を探しにゆく。三分も経たないうちに、二人は両脇にいくつもの靴を抱えて戻ってきた。


受け取った葉月と晶が、きゃいきゃい言いながら次々と陽奈に試着させてゆく。そこへ樹里も混じり、さらにかしましくなった。


その様子を腕組みしたまま眺めていた咲良がかすかに首を傾げる。そして、何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべた。


「……ねえ、あのさ。陽奈ちゃんって、もしかして神木陽奈ちゃん?」


恐る恐る尋ねる咲良に、陽奈が「はい」と無感情に答えた。たちまち咲良の顔が驚きに染まる。


「マ、マジか……」


「? 咲良、陽奈のこと知ってんの?」


不思議そうな表情を浮かべた樹里のそばへつかつかと近寄った咲良は、その頭に強烈なチョップを見舞った。


「いたっ!」


「どあほ! 有名人じゃねぇか! はぁ〜……まったく……陽奈ちゃん、たしか前にテレビにも出てたよね?」


「……ああ。一年半くらい前ですね」


「やっぱり! 何となく見覚えあるなと思ったんだよな〜……」


はぁ〜、と咲良が大きくため息をついた。


「え? 陽奈テレビに出てたの!?」


「はい。私は出たくなかったんですけど、あまりにもしつこくて」


「何の番組??」


答えたくないのか、陽奈はふいっと樹里から目を背けた。何てわかりやすいんだ。


「たしか、日本の将来を担う天才とか将来のノーベル賞候補とかって……大学教授と対談してたよね?」


「まあ、そうですね。非常につまらない時間でした」


何でもないことのように言う陽奈に、葉月と晶が慄き始める。


「マジか、めっちゃ凄いじゃん……!」


「うん……あ! もしかして樹里のテストの点数が上がったのって……!」


葉月と晶が同時に樹里へ振り返る。


「あ、うん。陽奈に勉強教えてもらったんだよね」


「やっぱりか! おかしいと思ったんだよな〜、あの樹里が英語で六十五点もとるなんて……」


と、葉月の言葉を聞いた陽奈の耳がぴくりと跳ねた。そしてゆっくりと樹里に視線を向ける。


「……六十五点?」


「え、あ、うん」


「私の見立てでは八十点以上は堅かったのですが?」


「いやー、あはは……でも、赤点からは脱出したし……」


だらだらと脂汗を流す樹里に、陽奈がじとっとした目を向ける。


「はぁ……たしか数学の小テストもあると言ってましたよね? そっちはもっと厳しく指導しますからね」


「うう……はい」


そんな二人のやり取りを「微笑ましいな」と感じつつ、咲良たちは顔を見あわせクスクスと笑みを漏らした。



──結局、靴は同じショップで購入した。葉月たちが「もうそのまま着て帰ればいいんじゃない?」と提案したので、今の陽奈は全身新たな装いである。


「じゃ、私と陽奈こっちだから」


「ああ。また明日な。陽奈ちゃん、気をつけて帰りなね」


「はい。皆さん、おつきあいくださりありがとうございました」


ぺこりと頭を下げた陽奈は、樹里と手を繋いだまま駅の反対側ホームへと向かった。見送る葉月たちも「またね〜」と手を振っている。


エスカレーターに乗った二人の姿が見えなくなると、葉月と晶は同時に大きく息を吐いた。


「ん? どしたん?」


咲良が二人へ不思議そうに目を向ける。


「いや、樹里のこと怒らせちゃったな〜って。ちょい自己嫌悪」


「右に同じく……」


見た目派手なギャルのくせして、ずいぶん小心者だなと咲良は思わず笑みを漏らした。


「まあ、樹里があんなふうに怒るの私も久しぶりに見たわ。小学生のころ以来じゃね?」


あれはたしか小学四年生のころか。私の悪口言ってた女子のグループと樹里が大げんかになって、教室のなかをノートやら筆箱やらが飛び交ってたな。


遠い目をする咲良に、葉月と晶が訝しむような目を向ける。


「ま、殴られなかっただけマシさ。それに、ちゃんと謝ったんだし、あいつは根にもったりしねーよ」


「うう……ガチで殴られるかと思った……」


「うん、怖かった……」


樹里に凄まれたときのことを思い出し、ふるふると体を震えさせる二人を見て咲良が苦笑する。


「それにしても、陽奈ちゃんがまさか有名な天才少女だったなんて」


「うん、それにもびびった。てか、顔かわいくて頭もいいとかマジぱねー」


「てか、どういう経緯であんな仲良くなったのか気になる……小学生と友達になったってだけでもイミフなのに、それが天才少女とか……」


「あ、わかるわかるー。まったく共通点なさそうなのにねー」


不思議そうに首を傾げる二人を見て、咲良が小さく息を吐く。


「……共通点はあるさ」


「どこに?」


「お互い孤独ってとこだよ」


咲良が口にした言葉の意味がわからず、二人は顔を見あわせた。


「い、いやいや。どっちも有名人じゃん。樹里だって陽奈ちゃんほどじゃなくても、あれでカリスマ読者モデルなんだし、顔もめちゃ広いよ?」


「そうそう。将来有望な天才少女にカリスマ読者モデル。孤独になんてなりようがないっしょ」


考えなしな葉月と晶の言葉に、咲良が「やれやれ」といった様子で首を振る。


「バカかお前らは。学校での樹里を思い出してみろ。あいつに憧れて遠巻きに眺めてるやつはいっぱいいるけど、積極的に距離を詰めようとする奴は少ないだろ? あいつらからすると樹里は別世界の人間、高嶺の花なんだ。自分たちとのあいだには絶対に越えられない高い壁があると感じてるんだよ」


「あ……そう言われれば」


「樹里でさえそんな感じなんだ。陽奈ちゃんがどんな環境で生きてきたのか、想像しただけで同情するよ」


陽奈の壮絶な人生を何となくでも想像できたのか、葉月と晶は目を伏せて黙り込んだ。


「まあ、実際のとこはわからんけどな」


そう、実際のとこはわからない。が、樹里の心に決して埋められない隙間があったのは事実だろう。そして、その隙間は自分たちでは埋められなかった。


咲良のまぶたには、お互いが心の隙間を埋めあうように、手を繋ぎ寄り添って歩く二人の姿が焼きついていた。


「そんな暗い顔すんな。ただでさえブスなのに余計ブスに見えんぞ? 樹里は私らにとって大切な友達であることは間違いないし、樹里だってそう思っているさ」


「いやブス言うなし」


「ぐ……何でこんな口も性格もクソ悪い咲良がモテるのか……!」


実際、咲良はモテる。噂では三日に一度は男子から告白されているらしい。


「ばーか。結局男は私みたいな黒髪で清楚な女が好きなんだよ」


ふふん、と口角を上げる咲良に、葉月と晶が憤慨する。


「はぁ!? 清楚なの見た目だけじゃん!」


「そうだそうだ! 男子どももあんたの本性知ったらドン引きするわ!」


「ふん。負け犬の遠吠えは虚しいもんだなーおい」


駅のホームに葉月と晶の「きいいいっ!」というヒステリックな声が響いたのと同時に、けたたましい警笛を鳴らしながら電車がホームへ入ってきた。



──玄関の扉を開くと、オイスターソースの美味しそうな香りが出迎えてくれた。


「ただいま」


玄関框に腰をおろした陽奈が、先ほど買ったばかりのローファーを脱ぐ。そこへ、パタパタとスリッパの音を鳴らしながら母親がやってきた。


「おかえりー、ってどうしたのその服!?」


「買ってきた」


普段とはまったく違う、オシャレな装いの娘を見て葉子は目をパチクリとさせた。


「そ、そうなんだ。一人で買い物行ったの?」


「……ちと」


「え?」


「ん、何でもない」


少し照れたような様子を見せた陽奈が、やや足早に廊下を歩いていく。


あの子、今「友達と」って言った? 気のせい? んーん、言ったよね?


それに、陽奈が一人であんなにセンスのいい服選べるはずないもん。


若干酷い言いようではあるが、娘の変化を感じて葉子は思わず胸が熱くなった。

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