第35話 揉め事を見守る
アレックスは遊牧民たちから見れば外国人なわけで、本来なら七部族を束ねる族長になる資格はない。
しかし、抜け道が存在した。
「ボクは銀の弓の長、トーリの娘だ! 義理だけど手続きはしてあるもんね!」
ほれほれと養子縁組についての証明書を皆にちらつかせる。
「そんでもってトーリはラーズ長老の次女でしょ!? ついでにエッジはボクの友達だし! ボクが蒼の部族のリーダーになったって構わないじゃん! そうだよね!」
いままでずっと肩身の狭い思いをして小さくなっていた蒼の民がここぞとばかりにアレックスの名を叫びだす。
アレックスは俺と違ってすべての遊牧民から可愛がられているから、彼女が部族長になることに関しては、
「まあ、そういうのもありか」
みたいな空気になるので、別にいいんじゃないのを意味する拍手があちこちから起こり始める。
良い感じだ。
しかし、ここでも例の奴らが邪魔をする。
何かにつけて文句を言いたい男たち、ゴルドとリンガムである。
「へいへい冗談じゃねえぜ!」
「今までの戦いに外人が参加したことあります!? 仮にあいつがウルツァイドの石を手に入れたとして、みんな納得できるんすか?! へいへいどうよ!」
いやだ~! と赤と黒の民がヤジを飛ばす。
なんかプロレスみたいになってきたが、アレックスも引き下がらない。
「ボクが戦うのはあの石が欲しいからじゃない! 今までボクのことを面倒見てくれた蒼の人たちのために戦うんだ! だから石を手に入れても、石は蒼の部族みんなに渡す! それでいいでしょ!」
だがその言葉が意外なところから反感を買った。
銀の弓の女たちが騒ぎ出したのである。
「ちょっとちょっと! あんたの面倒見てた人はトーリでしょう!?」
確かにアレックスの義理の親はトーリだ。
トーリが銀の部族の長であるなら、アレックスも銀の戦士として戦いに参加するのが道理に思える。
「うっ……」
痛いところを突かれて、それが素直に顔に出るアレックス。
「そうだよ! アレックスは私達の仲間だと思ってたのに!」
「なんで私達と戦おうとするのさ!?」
「ううっ!」
アレックスが泣きそうな顔で俺の方を見てきた。
蒼の民のリーダーになってくれとアレックスに頼んだのはこの俺なので、アレックスは当然俺に助けを求めてくる。
俺はただ小さく頷く。
それがサインだ。
アレックスには悪いが、もうこれしかない。
「だ、だって、普通に考えたら、ボクが持つのが一番安全じゃん!」
「なに……?」
一気に空気がぴりつく。
「消去法で考えてよ! ランドロさんは長の仕事ほったらかしでずっとマイン王子と土掘ってるだけで緑の剣って言うより緑のクワだし、ジュシンさんは何をするにも基本悪巧みだし、アロンくんはお金儲けのことしか考えてないし、ゴルドとリンガムは石を手に入れたら絶対あの人に貢いじゃうだろうし、トーリはそもそもあんまりやる気なさそうだし……」
絶対言っちゃいけないことをまたベラベラと垂れ流すアレックス。
やばい、やばいぞという空気になる中、トーリが助け船を出す。
「もうそこまでにしときな!」
大声で叫んではいるが、くるっと背中を向けて表情を見られないようにしているところを見ると、笑いをこらえているようだ。
「まったく長老が死んだ途端にこのぐだぐだだよ。要するに多数決で決めれば良いだけのことだろ?! あたしはアレックスが蒼の長でも構わない。他の連中はどうだい?」
トーリの呼びかけにランドロさんが即答する。
「アレックスが族長で良いだろ。確かにわしはさっさとここを出て土を掘りたい」
「う……」
嫌みを言われて小さくなるアレックス。
さらにはジュシンさんもニヤつきながら答える。
「私もそれで構わん。アレックスは嘘を言っていないしな」
「うう……」
ジュシンさんの歪んだ笑みがとても恐ろしく、震えるアレックス。
そして何を考えているか全く読めないロボットのようなアロンも、
「彼女でいいと思います」
そう言って勝手に壇上から降りてしまう。
それが合図とばかりにランドロさんもジュシンさんも降りていったので、大事な刃の返還式はすごく変な感じで終わってしまった。
――――――――――
アレックスが恨みがましい目で俺のところにやって来たのはその直後である。
「ねえ、本当にあれで良かったの? 石とか関係なく、みんな真っ先にボクのところに攻めてきそうだよ」
「さすがにそれはないだろ。でもよく勇気を出して言ってくれた。もうあれしかなかったんだ」
アレックスの頭を撫でると、アレックスはホッとしたように微笑んだ。
「でも本当にボクで良いのかな? ジャンが族長をやればもっとうまくいくはずなのに」
「いや、あの石はアレックスにあってるよ」
だって俺は知っているのだ。
やがてラスボスになるジャンの蛮行により、このイングペインは虫一匹いない地獄になる。
その地を訪れたアレックスはジャンの狂気に驚きつつも、この地に一つ残されたウルツァイドの石を見つけ、それを持ち帰る。
その石はやがてアレックスがもつ最後にして最強の剣になる。
そして、この剣に刺されて俺は死ぬのだ。
「アレックス。やりたいようにやってみろ。わかんないことがあれば蒼の人たちに素直に聞くんだ。あの人たちはずっとラーズ長老と戦ってきた。長老がどう考えてどう行動したのか、きっと教えてくれる」
その励ましにアレックスは頬を赤くするほど勇気づけられたらしい。
「うん。やってみる。ジャンはジャンの戦いがあるんだもんね」
その力強く優しい眼差しに俺は驚かされた。相も変わらずアレックスは俺が考えていることをもう察知しているらしい。
「任せろ」
「うん!」
頑張ってねと俺に抱きついた後、アレックスは蒼の民の元へ駆けていく。
その背中を母上は意地悪い目で見ていた。
「まーた、なんの得にもならないことをあんたは引き受けてたわけね」
「そうです。七部族が思う存分、精一杯戦えるように俺たちは動くんですよ」
「俺たちねえ」
母上はめんどくさそうに背伸びした。
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