第34話 権力を譲る

 広大なイングペインのど真ん中に、遊牧民たちが作った「中央風炉ちゅうおうふうろ」と呼ばれる施設がある。

 遊牧民たちにとって命の次に大切な武器防具を作る場所であると同時に、大きなイベントが行われるときの集会所でもある。


 ウルツァイドの刃の返還式は常にここで行われてきた。

 エッジが姿を消してから三日後、大勢の遊牧民たちがここに集結した。


 七部族の中から凄腕の鍛冶職人が一名ずつ壇上に立ち、ウルツァイドの刃を元の石に戻す作業を行う。


 遊牧民たちにとって非常に重要な儀式であり、めったに見られるものではないから、皆が儀式を固唾を呑んで見守っている。

 俺の母親、ネフェルですら見たいと駆けつけてきたほどだ。


 大きな窯の中で大暴れしている業火の中にウルツァイドの刃を慎重に沈めていく。

 

 火山の噴火のように炎が激しく吹き出し、その熱気と七色に輝く炎の美しさに誰もが大声を上げて驚いた。


 蒼の槍が所持している間は、ラピスラズリのような光を放っていた美しい槍の刃が、炎に沈んだ後は元の姿に戻る。

 

 見ているだけで魂を抜かれるような究極の黒い塊が炎の中から姿を見せると、またしても歓声が沸く。


 光の加減で赤にも青にも緑にも光るその石は、確かに国宝扱いするに十分な存在感だった。


 ゆえに母上は俺に言った。

 厳かな空間にそぐわない、ちゃらんぽらんな態度で。


「ジャン、あれ欲しい。あれ、買って」


 当然俺は真顔で答える。


「金で買えるもんじゃ無いです」


「じゃ、どうすりゃ手に入んの?」


 儀式の流れは既にトーリから聞かされている。


「まずはクジで決めるそうです」


 それを聞くと母上は目を輝かせ、ぴょんぴょん跳ねるくらい喜んだ。


「じゃあ私もやる!」


 賭け事には強いのよと腕をまくる母上であったが、


「クジに参加できるのは七部族だけですからね」


「むっ!」


 つまらんと口を尖らせる母上をよそに、ウルツァイドの所有権をめぐってのクジ引きが行われた。


 それぞれの部族を表す色の付いた石を壺の中に入れて、七部族に全く関わりの無い人物を招いて、くじ引きをしてもらうらしい。


 ここで選ばれたのがサラだった。

 ふさわしい人選だと俺も思う。


 彼女はどこの部族にも属していないし、この七年間で、ずば抜けた洞察力を持つ戦士だということも証明している。


 サラは石の入った壺を耳元で軽く振り、いろいろ確かめている。


「どの石にも不正は行われていません。すべて同じ重さ、同じ形です」


 振っただけでそこまでわかるのかと皆が舌を巻くが、


「どうせあの子が引くんだから、そんなもん証明したって意味なくない? 結局あの子次第でどうにでもなっちゃうじゃんさ」


 母上が突っ込む。

 たまに鋭いことを言うからこの人はあなどれない。


 とはいえ、もしサラがどこぞの部族に買収されて、くじの不正を行ったとしても、結局このクジはあくまで最初の所有権を決めるだけの話。

 それから石を奪い合う長い戦いが始まるのだから、このくじで誰が選ばれたって同じことなのだが、やっぱりこういうイベントは盛り上がる。


 そしてサラが取り出した石の色は黒。


 ウルツァイドの石はまず、黒の部族の長リンガムの手に渡ることになった。


 うおおおおと黒の民が歓声を上げ、リンガムが勢いよく壇上に駆け上がる。


「石は俺たちのもんすよ! とりあえず!」


 リンガムが煽るとさらに盛り上がりを見せる黒の部族。

 

 リンガムの隣でサラが「よりにもよってこいつかよ」と言わんばかりのしけた顔をしているのを見ると、やはりクジに不正は無かったらしい。


 とはいえ何度も言うが、あくまでもこれは最初の段階。

 これから三ヶ月にわたって、石をめぐる激しい戦いが繰り広げられる。


 その最初の号令は、七人の鍛冶職人たちの叫びで行われる。


「偉大なる長、ラーズは死に、刃は石に還り、黒の民の手に置かれた! 荒野に生きる部族たちよ! 偉大なるラーズの後を継ぎ、石を再び刃に戻そうとするものあれば、この上に立ち、声を上げよ!」


 その瞬間、おお! というかけ声と共に残りの部族の長たちが全員壇上に登っていく。


 赤のゴルド、緑のランドロ、紫のジュシン、銀のトーリ、藍のアロン。

 それぞれに優れた能力を持つ長たちが一斉に壇上に立つと、場はさらに盛り上がる。

 これぞまさに祭り。三ヶ月間の血湧き肉躍る壮絶な祭りが始まったことへの喜びと気合いの雄叫びなのだろう。


 とはいえ、母上は冷めた目をしている。


「戦うったって、木のおもちゃでポコポコたたき合うだけっしょ?」


 確かにそうなんだけど、木製の武器を甘く見ちゃいけない。訓練されまくった戦士達が木製の武器で真剣にやり合えば、結局命がけなのだ。


「やるからには真剣勝負ですよ。ほとんど戦争と変わらないですから」


 しかし母上はふんふんふんと得意げに笑う。


「あんたも蒼の族長として参加するんでしょ? だったらもう楽勝じゃん。例のビリビリとモヤモヤであんな奴らへなちょこでしょ!? そんであの石を私にくれるんでしょ?!」


「いや、俺は参加しません。昨日、リーダーを辞めましたんで」


「なにぬ」


 そう。俺は族長の座を降りた。

 

 かわりに族長になったのはエッジではないし、エッジの父親のオーレンさんでも無い。


 アレックスだ。


 緊張した面持ちで壇上に立ったこの世界の主人公を見て、ゴルドは「おいおいおい!」と声を荒げる。


「なんでこいつがここにいるんだよ! エッジはどうした、エッジは?!」


 ざわざわがひどすぎて地面が揺れている気すらする。

 この事態を鎮めるため、トーリがあえて叫んだ。


「オーレン! これはどういうことだい? 説明しておくれ!」


 その呼びかけに、オーレンさんも壇上に表れる。


 娘に気持ち悪いと言われたショックから立ち直れていないので表情は暗く、死相すら出ているように見えた。

 その弱々しい姿にへんな動揺が広がりはじめる。


「えー、蒼の槍の新しい長エッジは諸事情により、族長を降りた」


 なんだってー?! と悲鳴が起こる。

 いまだかつて、こんなことは無かったのだからそりゃ驚くだろう。


「そんで諸事情により新しい長はベルペインの王子ジャン殿となったが、諸事情により族長を降りたので、諸事情によりアレックスが新しい長となった。以上だ」


 しん、と場が凍り付く。

 

 顔を真っ赤にして怒り出すのはもちろんゴルドである。


「諸事情、諸事情って……、そんな短い説明で何回諸事情使ったんだお前は!」


「四回だ」


 それだけ言ってオーレンはまた壇上を降りていった。

 全くやる気が無い。説明する気も無い。どうでもいいやって感じが凄い。

 

「おい待て諸事情野郎! どうすんだよ蒼の部族は! これでいいのか?!」


 ゴルドたちに呼び止められてもミスター諸事情オーレンは返事をせず、大勢の客の中に埋もれていった。

 その背中には覇気がなく、まるで会社をリストラされたサラリーマンみたい。


 俺が敵陣を突破したとき、蒼の民に「射つな」と叫んでくれた人とは思えない。


 娘に気持ち悪いと言われると人はここまでダメージを喰らうのか。

 俺には子供も妹もいなかったからよくわからないが、アレックスにキモイと言われたら確かに立ち直れないかもしれない。


 とはいえ、蒼のリーダーはアレックスで決まりである。

 さあ、ここから先はアレックスに頑張ってもらおう。

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