第33話 未来を案じる。
蒼の槍の族長という立場を放棄して、エッジは姿を消した。
翌日の朝から、蒼の槍と銀の弓の戦士達が合同でエッジの捜索に当たったが、足跡一つ見つけ出すことができていない。
エッジが引きこもっていたテントも無くなっていた。
初めからそこになにもなかったかのように忽然と消えていた。
もはやイングペインの地にエッジという女の子が存在していたのかどうかすら疑わしくなるレベルでいなくなってしまった。
途方に暮れるのは蒼の民である。
新しい長が一日もたたずにいなくなるし、頼みの綱のオーレンもいろいろあって高熱を出して寝込んでしまったし。
結局、ラーズ長老の遺言に従い、俺がリーダーになるしかなくなった。
だが、あくまで代理である。
オーレンさんが元気になればオーレンさんに長を任せるし、一番良いのはエッジが出戻ってくれることであるが、ここまで来るとそれは不可能に思えてくる。
とにかく今はすべきことをすべきだ。
ただでさえ偉大な長老が亡くなってバタバタしているのだから。
結局エッジ捜索隊は半日動いても何の成果もあげられなかった。
エッジが高度な魔法を使って行方をくらましていることは間違いがないので、俺はさっさと捜索を打ち切って、他の部族に正直に事態を伝えることにした。
その旨をまずラーズ長老の次女で、銀の弓の長であるトーリに確認してみると、
「ま、そうするのが無難だろうね。いずれバレることだろうし」
「刃の返還式で正式に話すつもりです。騒ぎになると思うし、蒼の民には申し訳ないんですが、やはり俺が関わるべきじゃないと思うんです」
「まあ、あんたが蒼の部族を乗っ取ったって不満を言う連中もいるだろうからね。そこまでするのはやり過ぎだとかね。あたしは悪くないと思うんだけど」
エッジのテントがあったはずの場所で、俺とトーリは今後の相談をする。
「まずいのはエッジがウルツァイドをあんたのところに持ってったことだよ。こればっかりは公にできないね。イングペインの全部をあんたに譲るって認めるようなもんだ。どえらい騒ぎになるよ」
トーリの意見に俺も頷く。
「これが明るみになったら、俺の父も兄も大喜びで軍を出してくるはずです」
よくぞウルツァイドの刃を手に入れた。
この地は俺たちのもので決まりだ。だからあとは任せろと、そんな感じで大戦を仕掛けてくるだろう。
「あんたの言うとおり、ウルツァイドはあんたじゃなくてあたしのところに置いてったってことにする。これはあんたとあたしだけの秘密だよ」
「そうしてくれると助かります」
「こちらこそ助かるよ。よく教えてくれたもんさ。わかっちゃいたけど、あんたはこの地を支配する気がさらさらないんだねえ」
「あの石は俺が持っていいもんじゃありませんよ」
ウルツァイドの刃は遊牧民たちにとって唯一無二の国宝だ。
日本でいうところの草薙の剣みたいなもんだ。
もし日本の政治家が草薙の剣を持ち出して勝手にアメリカの大統領にでも渡したら、皆が怒るだろう。
エッジがしたことはまさにそういうことなのだ。
「ああ、まったく、あの馬鹿エッジときたら!」
髪をくしゃくしゃにしながらトーリは嘆いた。
「なんでこんなバタバタしてるときに家出なんかするかね! 少しは大人になったと思ってたけど、結局、あの子の頭の中は母親でいっぱいだったわけさ」
エッジが引きこもったきっかけは母親の死である。原因は落馬だったから、全く予期していない悲劇だった。
激しいショックを受けたエッジは魔法を使って母を復活させようとしたがうまくいかず、オーレンは娘を注意した。
魔法を怖れ、忌み嫌うこの地でそんなことをしてはいけない。
その言葉にショックを受けたエッジは引きこもるようになり、親子関係に亀裂が生じた。
七つの遊牧民すべてが知るエピソードである。
「もしかしたら、もうノーヴァに行っちまったのかもね……」
ノーヴァとは魔法研究に秀でた国で、俺の腹違いの弟であるミロシュが留学中の場所。
エッジがノーヴァで学びたがっていたのにそれが許されなかった、というのもまた有名な話である。
どうやらトーリは、エッジがノーヴァに向かい、母を生き返らせるための研究に没頭するつもりだと考えているようだ。
しかしそれはどうだろう。
トーリが去った後、俺はサラに尋ねた。
「あの夜、エッジはオーレンさんに変なこと言ったよな」
「はい。イングペインを出るつもりはないと確かに仰っていました。私も気になっていたのです。蒼の民ではなくなるが、イングペインから出て行くつもりもない。もしそうだとしたら、一人で何をなさるつもりなのかと、出過ぎたことをしてしまいました」
何をするつもりなのか、だけでなく、エッジが恐ろしいとはっきり告げたサラであったが、その熱い呼びかけに対してエッジは、
「言ったってわからない」
と吐き捨てて、俺たちのお節介を拒んだのだ。
いったいエッジの真意はなんなのか、俺とサラが答えを出さずにいると、相も変わらずふらりとアレックスが近づいてきた。
いつも笑顔なアレックスもエッジがいなくなってからは流石に暗い。
「エッジはね。家出する気はとっくに無くなってたと思う」
アレックスがしてくれた話はなかなかに興味深かった。
「ボクね。ジャンとマインがここに来てくれたからもう大丈夫だと思って、遠くの場所まで行ってみようと思ったの。だからエッジにも声をかけたんだ。エッジは小さいときからずっとここを出たいって言ってたから、声をかければ一緒に来てくれると信じてたんだけど……」
アレックスの予想に反し、エッジは申し出を拒んだのである。
「エッジは言ったの。世界中のどこを回っても、ここより良い場所はないってわかっちゃったから、家出はもうしないって。だからボクもここにいたほうがいいっていうの。どこを旅してもここより面白いところはないだろうからって」
「へえ……」
気になる言い回しだ。
サラもその言葉に何かを感じ取ったらしい。
「踏み込んだことを聞きますが、お嬢様がエッジ様とさほど会わなくなったのはそれがきっかけだったのですか?」
「違うよ。エッジに言われたときは逆に嬉しかったの。エッジの言うことが正しいってボクもわかったから、これからはジャンとサラのそばにいようって決めたんだけど、それからエッジがおかしくなっちゃって……」
「おかしい、とは?」
「読む本とか、使う魔法が暗いし怖いものばかりで……。どう言ったらいいのかな……。ボクとエッジは約束してたんだ。一生懸命魔法を頑張って、死んじゃった人を生き返らせるくらい立派な魔法使いになろうねって」
「……」
アレックスは時々こういうことを言う。
そして俺はいつも途方に暮れる。
どれだけ魔術のレベルを上げたとしても、人を復活させることなんかできない。
それをアレックスに伝えるべきなのに、そのまっすぐな目を見ると何も言えなくなる。
今日もそうだ。
「ボクがやりたい復活の魔法は、空の上から人を呼ぶような感じなんだけど、エッジが使いたい魔法は、地の底に手を突っ込んで無理矢理お墓の中から引きずり出すような感じなの。だからそれはダメだよってエッジに言ったら……」
ならこれ以上会うのは止めましょう。
エッジは他人行儀に言って、それ以降はアレックスとも距離を置くようになったという。
「ありがとう。よく話してくれたね」
「ボク、エッジが凄く心配なんだ……。なんだか、絶対しちゃいけないことを、しちゃいけないってわかった上でやるんじゃないかって……」
その言葉にサラが表情を曇らせる。
「絶対してはいけないこととは……?」
「わかんない。わかんないからボク、怖くて……」
脅えるアレックスだが、慰めの言葉をかけることができない。
なぜなら俺も同じ考えだからだ。
エッジが何をしようとしているかわからない。
だが間違いなくろくでもないことに違いない。
それが何かわからず、不安なのである。
じっくり考える時間が欲しかった。
俺の頭の中にあるアレックス・サーガのすべてを引っ張り出して脳内を整理したかった。
けれど時間は俺たちを待ってはくれない。
ウルツァイドの刃の返還の儀が迫っていた。
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