第32話 やがて四天王になる女と渡り合う。
自分の後を継いで蒼の民のリーダーになれと懇願するエッジ。
それどころか、遊牧民達にとって国宝とも言える大事なウルツァイドの刃まで俺に譲渡しようとしてきた。
ここまでされて俺がいうことは一つ。
「石は受け取れない」
「あなたならそう答えると思った。けど、引き受けるべき」
エッジは理詰めで責めてくる。
「私が族長で無くなれば、おじいちゃんの遺言通り、あなたが蒼の民の長になる。蒼の槍をものにすれば他の部族を制圧するなんて簡単。あなたの魔法と蒼の騎馬隊が合わされば、ノヴァク王だって敵じゃない。あなたがこの地を統一すれば、なにもかもがうまくいく。この刃はあなたがこの地を支配するための十分な理由になるはず」
「いや、俺にそんな気は無いんだ」
この答えはエッジには予想外だったらしい。
「じゃあ、あなたはここに何しに来たの? 七年もかけてやみくもに働いて。ただみんなと仲良く暮らしたいから?」
「そんな立派なことは考えていないよ。俺はただ自分が決めた生き方を全うしたいだけだ」
殺すジャンルートではなく、殺さない俺ルートを歩む。
それだけである。
「なら私と一緒ね。私も自分のしたいように生きたいだけ」
「だったら今すぐその大事なものを持って帰ったほうがいい。今の話はまず俺じゃなく、オーレンさんからするべきだと思うよ」
「あの人に話したところで無駄」
実の親に対しキツいことを言い放つ反抗期のエッジ。
俺たちのやり取りを見ていたアッシュじいやが口を開いた。
「我々があなたの申し出を拒み、蒼の槍の指導者が不在になれば混乱は必須。さらにウルツァイドまで独断で持ち出し、こともあろうに殿下に渡せば、状況次第では戦になる。それでも蒼の部族から抜けると?」
核心を突くじいやの言葉にもエッジは揺らがない。
「もちろん。だって私がいなくなれば、どのみちあなたは蒼の部族を放っておけないでしょう? あなたはそういう人」
「……」
上手い言い方をする。
さすがラーズ長老の孫と言うべきか。
「どうやら決意は固いようですな」
じいやは背伸びをした。
「ここは何としてでも、あなたを止める必要があるようで」
力尽くでエッジを抑えようとしている。
ちなみに俺もじいやを止める気は無い。むしろ取り押さえたい派だ。
「考えはわかった。だからこそ、行かせるわけにはいかない」
じいやと共にエッジを囲む。おまけにサラもその囲みに加わる。
三対一。
隠居したとはいえじいやの強さは衰えていないし、サラだってこの七年間で鍛錬を積んで鋭さを増している。
エッジに逃れるすべはない。それは本人が一番わかっているはずだと俺は思っていた。けれども、エッジは俺の想像を超えてきた。
「誰に邪魔されようと私は自分の意思を貫く」
エッジの姿が消えた。
あっと言う間もなく、エッジは俺の背後に回り、短剣を首筋に突きつけてきた。
俊敏を超えた高速の移動にじいやもサラも動揺を見せる。
サラに至っては懐からナイフを取り出してしまうほどだったが、俺は明るく「大丈夫だ」と呟くことでサラを落ち着かせる。
俺はまだ余裕だった。
エッジに殺意がないことは明らかだ。
何よりここまで見事な瞬間移動を喰らったら、もう笑うしかない。
「エッジ。やっぱり蒼のリーダーは君以外に考えられないよ」
「冗談はやめて。自分のやりたいことを犠牲にしてまで、みんなのために働くなんて私には無理。誰も彼もがあなたや高笑いの王子様みたいに人の上に立つのが好きなわけじゃない」
「わかるよ。今日の葬儀は本当に凄かったけど、だいぶすり減ったんだね」
「……」
そしてじいやも優しくエッジに語りかける。
「誰にでも得意不得意はございます。身を引き裂くような思いをしてまでリーダーになる必要はない。だからこそ自分にあったやり方をこれから見つけるのです。あなたにとって無理のないやり方で民を導く道が必ずあるはず」
「そんなのあるわけない!」
エッジの投げやりな言葉を聞いたサラがついに口を開いた。
「一人になって何をされるつもりなのです? あなたをそこまで怒らせているものはなんなのです? 正直言って、私はあなたの体からほとばしる熱気がとても恐ろしいのです」
切実な問いかけに対し、エッジは吐き捨てるように答えた。
「あんたに言ったってわかんないわよ」
「……」
氷のように冷たいエッジの感情に皆が触れた一瞬だった。
しんと静まりかえり、誰も言葉を発することが出来ない。
そんな重苦しい空気の中、場違いなまでに大きな声が響いた。
「我が娘よ!」
オーレンさんがアレックスに連れられて城に飛び込んできた。
アレックスが騒ぎを察知して、大慌てでオーレンさんを呼びに言ったのだろう。
「……」
溜息を吐くエッジ。
めんどくせえのが来たなという気持ちがダダ漏れであるが、オーレンさんはオオカミの遠吠えのように威勢良く叫ぶ。
「我が娘よ! 私はお前を止めない! お前がどこに行こうと一緒だ! お前が家出するというのなら、私も家出する! どこへでも一緒に行こうじゃないか! さあ、やり直そう!」
静かを通り越し、空気が凍り付く。
多分、他人の目がぎょうさんある中で言うべき内容ではないだろうと、ここにいる皆が思ったはずだ。
そしてエッジはやっぱり耐えられなかった。
「気持ち悪いこと言わないで。家出する子供に付いてくる父親なんてこの世界のどこにいるのよ。そもそもイングペインを出るつもりもないし、バカなの?」
エッジは俺から離れると、かぶっていた麻袋を地面に捨てる。
「これでさよならよ。今までありがとうお父さん」
「……ぐはっ!」
これ以上ない致命傷を喰らってオーレンさんが倒れた。
アレックスが慌てて抱きかかえなければ頭を打っていただろう。
そしてエッジはまたも姿を消す。
広間にはただエッジの声だけが鳴り響くのだ。
「アレックス。相変わらずのお節介、ご苦労様」
「エッジ……。ボク、気持ちは変わらないよ」
「知ってる。お父さんを連れてきてくれてありがとう。ちょっとスッキリした」
「エッジはスッキリしたかもしれないけど……」
アレックスの隣には全身から煙を出してショートしている(ように見える)オーレンさんがいるが、娘はあえて見ない振りをしたらしい。
最後にエッジは姿を消したまま俺に呼びかけた。
「点字」
「ん?」
「点字に興味があるのね」
「どうしてそれを……」
「臭いでわかる。いろんな魔法に手を出したのね」
「やっぱり君は凄いな……」
「六点式でやり方は間違ってない。けど、三十年くらい前に北国の魔術師エルダーが書いた、人感に関する書籍からアプローチを仕掛けてみたらもっと良くなる」
「おう……」
俺は思わずじいやと目を合わせた。
全く活路が見いだせなかったのが、エッジの一言で光明が差したのだ。
「エッジ。もう少しその話を聞きたいんだけど……」
しかしこれ以上会話は続かなかった。
エッジは城を出て行ったのだろう。
何を呼びかけても反応がなかった。
「エッジ。やっぱり君はここに必要だ……」
俺がそう呟いたところで何の意味もない。
エッジ自身が気づいてくれないと何も始まらない。
とまあ、こうして蒼の槍の新リーダー、エッジは消えた。
三日天下なんて言葉があるが、彼女の場合、一日も持たなかった。
ラーズ長老が言ったとおりだ。
長老がいなくなったことで、いろいろなことが起き始める。
しかも、すべてが悪い方に悪い方に……。
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