第31話 やがて四天王になる女に迫られる。
ラーズ長老の葬儀は静かに、淡々と、しきたり通りに行われた。
七つの遊牧民たちをその強さと威厳で引っ張り続けた偉大な男の死を皆が惜しみ、称えた。
そしてラーズ長老の後を受け継ぎ、蒼の槍のリーダーとなったのが、その孫、エッジ。
エッジは俺より二つ年上の十六歳。
この年でリーダーになるのは若いという人もいるかもしれないが、ここではそんなに珍しくはない。
赤のゴルドや黒のリンガム、さらには紫のジュシンさんだって、長になったのは十代の頃だ。
若きリーダーが全力で民を引っ張り、その民がリーダーを補佐してお互いに成長していくというのが遊牧民たちの理想の生き方。
そんな若きリーダーのデビュー戦と言えるほど重要なイベントが前任者の葬儀になる。
ここでの立ち居振る舞いや所作で、次のリーダーがどんな人物なのか、皆が見定めるからだ。
驚いたのは、あの引きこもりのエッジが喪主の務めをきちんと果たしたことだ。
彼女は始めから終わりまで、なにもかもそつなくこなした。
その燐とした態度と毅然とした所作に、葬儀に出席した遊牧民たちは目を丸くした。
ホントにあれが、あのエッジなのかと。
たまに外に出るときは穴が二つ開いた麻袋をかぶって出て行くような人見知りのくせに、魔術を高めるための手段として体中に鈴を付けているから、歩く度にシャンシャン音がして、どこにエッジがいるのかすぐわかるという、あまりにもイタい娘が、千を超える視線に晒されても全く動じる様子がない。
おまけに素顔は恐ろしく美しい。
元々磨けば光るとは言われていたようだが、磨く必要はもうなかった。
シンプルな喪服に身を包んだその姿は可愛いというよりカッコイイ。
手入れするのがめんどくさいという理由でとことん短くしている髪の効果もあって、男装の麗人という表現が相応しく、まるで男役のスターのよう。
実際、葬儀に出席した銀の女戦士達が、
「エッジって、案外いいよね……」
と、頬を赤らめて囁きあう姿もあちこちで見た。
というわけで、葬儀はこれ以上ないくらい充実した終わりを迎えた。
「今度の長は期待外れと聞いていたが、なかなかどうしてたいしたもんじゃないか。これなら蒼の槍も安泰だ」
と皆が呟くほど。
一番驚いていたのは普段のエッジをよく知る蒼の民だろう。
「夢でも見ているのか」とがく然としていたし、祖父への信愛と尊敬に満ちあふれた締めの挨拶を聞いて涙を流す人までいた。
ただ俺は安心していなかった。
エッジの父親であるオーレンさんの表情がずっと険しかったからだ。
娘の晴れ姿を見ても、心ここに在らずというか、大きな不安にさいなまれているような、そんな気がした。
葬儀のドタバタでオーレンさんに声をかけることができなかったのでその理由はわからない。そもそも葬式という特殊な環境下の中で「なんか表情さえないですけど大丈夫すか」なんてこと聞けるはずがない。
こんな時に頼りになるのが、人生経験豊富なアッシュじいやだ。
「エッジ殿はこれから長として生きていこうとは思っていないようで」
「それ、どういうことだ?」
「エッジ殿にとっては今日は始まりではなく、最後の仕事なのでしょう」
その言葉が正しかったとわかるのは、葬儀が終わった夜のことだった。
――――――――――
その日、俺は眠ることが出来なかった。
俺を支えてくれた恩人がもういない。
その重さが肩にずしりとのしかかっていたし、これから起こるであろうことを考えて、物思いにふけっていたというのもある。
寝室に戻らず、広間でただずっと本を読んでいた。
サラはそんな俺の精神状態を察してくれて、ずっと隣にいてくれた。
七年たっても、城には俺とサラ、じいやと母上しかいない。
召使いを雇えるような資金がないというのが一番の理由だけど、お金に余裕があっても人を雇う必要を感じなかっただろう。
掃除はアッシュじいやがやってくれるし、食事は俺とサラでなんとかできる。
もちろん、母上はなんもしない。
俺にはそれで良かった。
だたっぴろい城に四人しかいない、この静けさが好きだった。
エッジがやって来たのは、そんな静寂の中だった。
広間にズケズケと入ってきて、物珍しそうに全体を見る。
「古代魔法の臭いがする」
あの颯爽とした美しさはどこへやら、いつものエッジに戻っていた。
古びてダボダボなローブ。二つの穴が開いた麻袋で顔を隠し、歩く度にじゃらじゃらと鈴が鳴る。
エッジの訪問にサラは激しく驚いた。
「門の魔法を解いたのですか……?」
魔法のおかげで城のセキュリティは抜群だった。
今まで大勢の盗賊が押し入ってきたが、どいつもこいつも城に入るまえに追い払ってきた。
しかしエッジは難なくやってきた。
それだけで彼女が凄腕の魔法使いだとわかる。
さすがは四天王になる女だと驚きつつ、それでも俺は笑顔でエッジを歓迎した。
「初めまして、で、いいよね」
エッジに出会うこと自体がレアだったし、たまにその姿を見ても、俺に気づくとすぐに逃げてしまっていたから、こうやって面と向かって話すのは初めてだった。
俺が会釈すれば、サラも静かにお辞儀する。
しかしエッジは反応しない。
葬儀の時に見せた主演女優のような堂々とした態度は失せ、まるで機械のようにボソボソ呟くだけになる。
「泥棒みたいな真似をして入ってきたのは謝る。けど、すぐ終わるから」
「なんだか、いい話じゃなさそうだね」
「いえ。あなたには願ってもない話」
エッジは大量の書籍をどさりと床に置いた。
「蒼の槍のリーダーをあなたに譲るために必要な資料。サインする所に丸を書いておいたから、あとは署名してくれればそれで済む」
さらに上等な布にくるまれた細長い包みを静かに置く。
「あなたも知っていると思うけど、これがウルツァイドの刃」
刃から発するブルーの光が包みからあふれ出している。
「気をつけて扱って。触れるだけで切れてしまうから」
俺はエッジが差し出したものをあえて見ない。
本音を言うとアレックス・サーガのファンとして、あの蒼く光る武器はどうしても見たかった。
七つの遊牧民の中で、最も強い者が持つことを許される、ウルツァイドという石で作られた槍の刃。
ラーズ長老が遊牧民の長の中でも強い発言力と影響力を維持できたのは、長い間、ウルツァイドの刃の所持者だったからだ。
俺がこの七年間で好き放題動けたのは、ウルツァイドの主であったラーズ長老がずっと味方をしてくれたからだと断言できる。
長老が石の所有権を持ったまま亡くなったことで、跡を継いだエッジが刃の所有権を返還するという、遊牧民にとって重要な儀式がこれから始まるはずだった。
その極めて重要なシロモノをベルペインの王子に渡すというのは、ただ単に貴重品の譲渡とかそういうレベルの行動ではない。
遊牧民にとって魂といえるものを俺に譲る、つまり全面的な降伏と受け取っていい行為をエッジはしたのだ。おそらく独断で。
他の遊牧民達がこれを知れば、怒り出すどころか、ショックで倒れる人も出てくるレベルになる。ゴルドやリンガムのような、戦士として生まれたからには一度でもウルツァイドの石を手にしたいと願う男達からすれば、世界の終わりかもしれない。
「こんな大事な物を俺によこして、君はどうするつもり?」
「お母さんはいない、おじいちゃんも死んだ。私がここにいる理由はもうない。おじいちゃんのお葬式はしたかったから、した。でもこの石がどうなろうと私の知ったことじゃない。あなたに渡す。あとは好きにして」
「参ったな」
やはりじいやの言うとおりだった。
エッジは長老の葬儀をやり終えたら速効で辞めようと決意していたからこそ、慣れない仕事を無理矢理頑張ったのだろう。
「お願い。私の後を継いで、私を自由にして」
エッジはそう俺にすがるのだった。
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