第29話 兄としっくりこない。

 ミロシュとガランを覚えているだろうか。


 ノヴァク王がメイドに産ませたのがミロシュ。

 ノヴァク王が娼婦に産ませたのがガラン。


 そもそも俺の父はノヴァク王ではないから二人とも赤の他人なんだけど、ノヴァク王がそれを公表していないので、今の時点でミロシュは腹違いの弟で、ガランは腹違いの兄ということになる。


 二人ともこの七年間で大きな飛躍を遂げた。

 ミロシュは次期国王となるに相応しい教養を身につけ、今は学問の地として有名なノーヴァという国に飛び級で留学中。

 自分の才能を驕ることなく、誰に対しても優しい好青年として皆に好かれている。綺麗なお母さんのおかげで美少年に育った。


 ミロシュはベルペイン生まれベルペイン育ちというくくりにおいては、唯一俺を人として見てくれている子で、毎月のように手紙をくれる。


 顔を見て会ったのはただの一度なのに、随分と俺を慕ってくれていて、自分が王となった暁には絶対に俺を都に呼び戻すから待っていてくださいねと何度も手紙に書いてくれる。

 

 そしてガラン。

 北の帝国が分裂したと聞くや、独断で仲間と攻め上がり、電光石火の進撃で帝国領の三分の一をベルペインの支配下にする大戦果を挙げる。

 この功績が認められ、アッシュじいやの失脚以降、空白になっていた騎士団長に任命された。もちろん歴代最年少だ。


 彼はミロシュとは違って俺を悪魔の子と信じている。

 かつて俺に宣言した通り「俺が悪魔が率いてこの地を襲ってきても勝てるだけの強力な軍」を作るため、その人生を捧げると言ってもいいくらい、仕事に没頭している。


 その過程で、ガランは頭のてっぺんから爪先に至るまで鎧を着込むようになり、人には素顔を見せなくなった。


 物静かで年下にも敬語を使う穏やかな青年はいなくなり、今は誰に対しても厳しく冷酷な男になったという。このキャラ変は原作にはなかった展開で、俺は正直、戸惑っている。


 こんな激しいキャラ変をしなきゃいけないほど、ガランが過ごした七年は厳しいものだったのだろうし、彼の人生を大きく変えてしまった原因は間違いなくジャンの中にいる「俺」な訳で、申し訳ない気持ちになる。


 本来なら、難民のアレックスを騎士に抜擢する恩人になるはずが、当のアレックスから「あの人怖い、あの人嫌い」と言われるのだから、やはり申し訳ない……。


 俺はミロシュと同じようにガランとも仲良くしたいのだけど、彼は俺を「ベルペインに害をもたらす危険人物」として俺を警戒している。


 フル装備させた騎士達をイングペインの領土に踏み込ませ、遊牧民をじっと見張るという挑発めいたことをしてくるのだ。


 イングペインの城主である俺の許可もなく、ずけずけと。


 しかもここ数ヶ月間で大胆さを増してきて、とうとう遊牧民たちの生活圏にまで踏み込むようになる。

 遊牧民からすれば、この挑発は実に不愉快。

 あなただって自分の家の敷地に知らない集団が勝手に入ってきて、無言のままじっとこっちの顔を見ていたら嫌でしょう。

 

 と、前置きが長くなってしまったが、今日もまたガランの部下達がイングペインの土地に勝手に踏み込んできた。

 しかも銀と蒼の部族が使う新しい水飲み場から目と鼻の距離まで接近して来た。

 無論、俺の許可なし。


 ここまでくると、もう怒っていいレベル。


 実際、銀の弓の長であるトーリはブチギレた。

 

 てめえらええかげんにせいやとばかりに百人以上の戦士を連れて出て行った。

 もちろん手にした武器は木製ではなく、ガチ武器である。


 まさに一触即発のにらみ合い。


 それを察知したアレックスは大急ぎでトーリの元に走ったのである。


 俺からしてもトーリにはなんとかこらえて欲しい。


 ガランの目的は明快だ。

 イングペインの七部族が嫌がることを敢えてすることで戦いを誘っているのだ。

 もしそうなったら管理不十分として俺がノヴァク王に責めを受ける。


 万が一俺が城主でなくなれば、その後釜は確実にガランか、ガランの息がかかった誰かになり、この地は再び混乱に覆われる。

 七年間の苦労が台無しになるってことだ。


 それだけは絶対に避けたい。


――――――――――


 ガランの部下は全員、白い鎧を着ていて、それがトレードマークだ。

 多分、悪魔の子である俺に対する意思表示なんだろう。


 ガランの厳しすぎる訓練に耐え抜いた精鋭の中の精鋭だから、トーリたちがオオカミのようにいきり立ち、今にも飛びかかろうとしている姿を目にしても、全く動じる様子がない。


 まるでロボットのように綺麗に整列して、なにをするわけでもなく、ひたすら相手を見ている。


 トーリは最前線に立ち、弓を構え続けている。

 これ以上近づいたら射つと言わんばかりだ。


 全力で弓を引き絞っても微動だにしない驚異的な体幹を見せつけるトーリ。

 その背中にアレックスは慌てながら近づく。


「トーリだめだよ。ここで射ったら喜ぶのはあの人たちだよ」


「わかってる。わかってるよ」


 トーリは穏やかに呟きながら、チラリと俺を見た。


「なんとかできるかい?」


「なんとかします」


 俺は馬を下り、ガランの部下たちに向かって歩いていく。

 サラは当然付いてきてくれる。

 俺も止めるつもりはない。


 アレックスも追いかけてきたが、俺は首を振って、


「そこで待っててくれ」


 笑顔で言うと、アレックスは不本意ながら歩みを止める。

 その後方にいた銀の女戦士達も俺の姿を見て不安そう。

 七年経っても彼女たちにとって俺は幼い子供なのだ。


「ジャン……。気をつけなよ……」

「怖くなったら逃げて良いんだからね」

「やだ、歩いてるだけでカッコいい……」


 一部変なノリの戦士もいるが無視だ。


「みんな、ありがとう」


 銀の戦士には笑顔でいられるが、ガランの部下を見ると表情が勝手に険しくなるし、苦々しさでいっぱいになる。


 正直、俺も彼らのやり方に怒っていた。

 電撃の三つや四つ喰らわしてやりたかった。


 サラも俺のイライラには気づいているはずだ。


「坊ちゃま。背中がピリピリしておいでです。こらえてください」


「わかってるんだが」


 俺が近づくと、ガランの部下たちはささっと左右に道を開ける。


 いったい何のつもりかと戸惑ったが、ガラン本人が開いた道から歩いてくる。


 とうとうこんなところに大将まで連れてきやがった。


 真っ白な全身鎧を、がしゃこん言わせて歩いてくる。

 あんな重そうな鎧を頭からかぶって、よく普通の速度で歩けると思う。

 本当に鍛えたんだろうなあと感心しつつ、俺は「腹違いの兄」に対し、丁寧に膝をついた。


「兄上、ご無沙汰しております」


 イングペインの城主とベルペインの騎士団長。

 どっちが偉いのかサラに調べてもらったら「どっこいどっこい」らしいが、とりあえずこっちがヘコヘコすることにしている。気配りってやつよ。


 そんな従順な弟を前にしてもガランは何のリアクションもせず、吐き捨てるように言ってくる。


「赤と黒の連中がくだらないことをしているのを見た。これで27回目だ。我々が出向いて連中に罰を加えてやってもいいが」

  

 やはり見られていたか。

 しかもカウント数も間違っていない。ストーカーかよ。

 あと顔を覆う兜のせいで声がくぐもってるから、聞き取りづらいのよ。


「ご心配なく。あの人たちにとってはあれが息抜きみたいなものです」


「その答えは23回目だな」


「……」


 嫌な奴になったなあ。


「私もこれを口にするのはもう十回目になるが、お前のやり方はあまりに不十分だ」


「はい。私の不徳のいたすところで」


 その答えにガランは深いため息を吐く。失望丸出しだ。


「お前は常にそう言うが、結局のところ、相手になめられた振りをしているだけで、その実は現状維持を図り、のらりくらりと国王の追及をかわしているだけなのだろう」


 む、鋭い。

 頭の良い人物を引き込んだかな。


 ガランの後ろにいた部下の男が丁寧に書状を出してきた。

 その中身を見て俺は内心舌打ちをする。


「この地の税に変更がある。よく読んでおけ」


「はぁい……」

駄々っ子のような反応をする俺。


 王都に月一で収める税が爆上がりしている。

まただ。いつもこれなのだ。


「兄上、恥を忍んで馬鹿正直にお伝えしますが、これ以上収入を中抜きされたら、我々はもう明日の食糧を買う資金も無くなるんですが」


 しかしガランは動じない。それどころか背後の部下たちは俺の話を聞いて失笑している。


「その言葉は私ではなく七部族に言うんだな。お前は連中に甘すぎるのだ。支配ではなく共存だなどとほざいて連中から税を取ることすら放棄している。善良な領主を気取っているのだろうが、その結果が無様な貧乏暮らしだといい加減に思いしれ」


 その言葉には流石に俺もムッときて、つい本音を口に出してしまう。


「いや、そもそも彼らから税を徴収する理由がないでしょう。彼らの方が先にここにいるんだし、ベルペインがここを自分らの土地だと主張する根拠もないし」


 わかっちゃいるが、これは失言だ。

 俺の言葉でガランやその部下は明らかに殺気だった。


 とはいえ、俺も止まらない。


「七部族が俺たちに少しでも税を納めてくれるようにして欲しいなら、兄上こそ彼らを刺激するのをおやめください。一体何の権利があって彼らの土地に土足で踏み込むのか。俺にはその理由が全くわからないのです」


 口答えしたことでガランの部下たちが一斉に持っていた武器に手を置く。

 いつでも抜刀できる状態になり、場が一気に緊迫する。


 俺の後ろにいたサラが懐に忍ばせたナイフの柄に手を置くのもわかった。


 空気が荒れる。

 明らかにガランは憤っている。


「お前の言葉は聞き捨てならん。ここを連中の土地だと言ったな。そんな馬鹿なことがあるか。ここは元々我らの祖先が産まれた神聖な土地だ。それをあとからやってきた野蛮人が汚した。だからこそ我らの手で清めなければいかんというのにおまえときたら、事もあろうに汚れた土人と手を組んで、水浸しにした!」


「だから……」


こうなると売り言葉に買い言葉。俺も止まらない


「そんな話、いくらでも都合よくでっち上げられるでしょう。せめてその胡散臭い話が真実かどうか、一度調査……」


でっち上げ、胡散臭い。

俺の失言は明らかに地雷を踏んだ。


「バカを言うな。ここは我らの土地だ!」


 ガランの叫びは残念なことに後方にいるトーリにまで届いてしまう。


 それが引き金になった。


 切れたトーリがとうとう弓矢を射ってしまった。

ガランのすぐ横を怒りの矢が通り抜ける。


 その瞬間、四方八方で殺気が爆発した。


 ガランとその部下も、トーリとその部下も、そしてサラも、抑えが効かない状態になった。


トーリが二発目の矢を放つ。


 しかし俺は飛んできた矢を素手でつかみ取ると、バキッと折って地面に捨てた。


 さらにトーリが手にしていた武器を空中に吹き飛ばし、走り出した銀の戦士達の足を硬直させて動けなくする。


 そしてガランの部下たちが持っていた剣を鞘から抜けないようにすると、サラが手にしたナイフもドロドロに溶かした。


 さらにガランがかぶっていた鉄仮面も真っ二つに割って、ガランの素顔をあらわにさせた。


 戦いたくても戦えない状況に戸惑う人々。

 

 その中でガランは一人震える。


「貴様……」


 長らく人前にさらけ出さなかった素顔をあらわにしたことをこれ以上ない屈辱だと思ったのだろうか。


「すみません兄上。壊した鎧は弁償します。分割払いになりますが」


「……お前」


 線の細い、生真面目なガランの顔が真っ赤になっている。

 正直、その鎧は似合っていない。

机の上で分厚い本を柔らかい微笑みをたたえながら読んでいるほうが絵になるはずなのに。


「今日はもう下がってください。今の我々は赤と黒の小競り合いより醜い」


 俺はそこまで言うと、兄に背中を向け歩き出した。


「どのみち魔法は一週間は解けません。いくら頑張っても剣は抜けませんから」


 サラの手を取って足早にガランから離れていく。

 

「調子に乗るなよ!」


 ガランの悔しそうな叫びが聞こえても無視した。


「お見事です、坊ちゃま。いつの間にこのような魔法を……」


 溶けたナイフの刀身を感心したように触れるサラに加え、アレックスも俺がしたことに興奮してピョンピョン跳ねる。


「凄いよ! どうやったの?! どうすればできるの!?」


 しかし俺はリアクションができなかった。


「こんなことしたいわけじゃない……」


 ガランと会うとだいたいこうなってしまう。


「なんでかなあ……」

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