第28話 忙しなく動く
ひづめの音が地鳴りを起こす。
ゴルド率いる赤の戦士たちと、リンガム率いる黒の戦士たちが、俺の母と一日デートしたいだけで戦う。
そんなことされたら困るので、いつものようにあの魔法を使った。
地面から霧が湧き出し、サラやアレックスの姿さえ見えなくなるほど濃くなっていく。
これほどの霧があれば、どれだけの猛者であろうと進軍を止めざるを得ない。
つまらない争いごとはだいたいこの霧でなんとかしてきた。
だがしかし、この七年の月日で敵も成長する。
「ジャンよ! その手はもう通じねえぞ! お前ら、やれ!」
赤の長ゴルドが得意げに号令をかけると、
「へい!」
ゴルドをオカシラと慕う子分たちが、
「おいおいお〜、へいへいほ〜」
と野太い声で吠えはじめる。
すると、強い風が吹いてきて霧を追い払っていくじゃないか。
「おおっ!」
俺は驚いた。
喜んですらいた。
あれだけ魔法を嫌っていた人たちが、ついに魔法を使って俺の妨害を打ち消そうとしている!
さらには黒の戦士たちまで俺をびっくりさせてくる。
「えいしゃおらえいさ! ほいさほれほいさ!」
情けないかけ声と共に太鼓をズンドコ打ち鳴らすと、魔法の音波で霧を吹き飛ばす。
赤と黒、それぞれに違うアプローチから俺の術を打ち破ってくれた。
「人類の進化だ……」
七年の月日が野蛮な男たちにも魔法を覚えさせた。
なんだか泣けてくる。
彼らの努力の根っこにいるのが俺の母親だというのはこのさい考えない。
というわけで霧はひとかけらも無くなり、結果的に俺は赤と黒の戦士に右と左から挟まれる格好になった。
「どうっすかジャン! 俺らもやられっぱなしじゃないんすよ! なあお前ら!」
黒の長リンガムが胸を張ると彼を親分と慕う子分たちが、持っている太鼓や楽器を打ち鳴らして騒ぐ。ここだけ見たら運動会みたい。
さらに赤のゴルドも木製の斧を担ぎながら俺に叫んでくる。
「ジャン、お前はいいやつだ、それは認める! けどな、この戦いを止める権利は誰にもねえんだ!」
うおおおと叫ぶ子分たち。
この人たちはたった一人の女をめぐって幾度なく闘いに駆り出されることに不満はないのだろうか。
ないんだよな。
この点に関しては母上の言葉が真実だ。
「ここの男たちはさあ、戦うのが好きなのよ。誰が一番強いか、それしか興味がないわけ。そこをうまいこと弄れば一生食うに困んないわけよ〜!」
その言葉通り、母上は七年間イングペインの男たちをたぶらかして上等な服と美味しい食べ物とタダ酒をかき集め、城の倉庫にたっぷり詰め込んだ。
「もうやめましょう! ここで揉め事を起こしたら外の連中が喜ぶだけです!」
ここで俺が言った外の連中とは、ベルペインであったり、分裂した北の四カ国だったり、西と東の大国だったり、まあ色々ある。
水のおかげで実り豊かな土地になったイングペインを奪い取りたいと野心を抱く連中が大勢いるのだ。
この言葉に赤と黒の長は同時に反論する。
「これは揉め事じゃねえ!」
「これは愛っす! 愛の戦いっすよ!」
その戦いが七年も続き、いまだに勝敗が決まらない時点で「なんかおかしい」と思わないのだろうか。いい加減気づいて欲しいもんだが。
「ジャン、これ以上邪魔するならお前にも容赦はしねえ!」
ゴルドが得意の弓矢で俺の足元に三本の矢を打ち込んだ。見事な腕前だ。
とはいえ俺は動じない。
なんせゴルドが使っている武器の矢尻は使い古びた毛皮の一部を切り取って丸めただけの、おもちゃだ。
これを喰らったところで痛みなんか感じない。
前にも言ったが、彼らは基本、遊牧民同士の戦いでは真剣を使わない。
殺傷力の無い武器を使い続ける、限りなく実戦に近い訓練みたいなことを延々とやり続けている。
母上の言うとおり、この土地にいるのは戦うのが好きな人ばかり。
だから何もかもすべてを戦いで決める。
ひとりの女の気を引くために戦うのも遊牧民たちからすれば何らおかしな話じゃない。息子の俺からすればただただ迷惑な話だけれど……。
「さあジャン! けえれけえれ、城さけえれ!」
また例の如くの煽りだが、やられっぱなしではいられない。
俺だって七年何もしてなかったわけじゃない。
てなわけで、もう一度霧を起こす。
もくもくとドライアイスのように湧いてくる霧を見て男たちは笑う。
「だぁから、それは効かないんだって……」
しかしすぐ気づいたはずだ。
「さ、さむっ!」
皆が寒いと一斉にわめきだし、凍り付く空気に身もだえしはじめる。
特に自慢の筋肉を見せつけたいゆえに、寒波の中も基本薄着なゴルドにとっては身を切るような寒さに違いない。
「おまえ……、なんかやりやがったな!」
「はい」
殺さないために身につけた四つの技にそれなりに磨きをかけたつもりだが、霧に関しては温度調整できるまでになった。
吐く息が即座に凍るほどの冷気であるが、サラとアレックスは平然としている。
彼女たちには一切効果が無いようにしたのだ。
ここまでの威力を持ちながら、敵と味方を識別できるのは結構大変。
「なんなら汗が噴き出るくらい熱い霧にもできますけど、そっちにします?」
「いや、いい……。男はこんな程度で下がらん!」
ゴルドは歯をガタガタさせながら意地を張る。
「おいリンガム! お前らはもう無理だろうから、お前らが帰れ!」
「馬鹿言わないでくださいよ兄貴……、これくらいなんともないっす!」
戦いは起きなかったが、つまらない我慢比べが始まってしまった。
「あと一分でここから去らないと、ビリビリやりますよ!」
その言葉に脅え出す男たち。
俺はこの七年でいったいどれくらいこの人たちに電撃を浴びせただろう。
「あ、兄貴! もうビリビリは……!」
「ば、ばか! 弱音を吐くんじゃねえよ!」
その時、アレックスが動いた。
くだらないやり取りを見ているうちに我慢ならなくなったらしい。
「二人ともいい加減にしなよ!」
サラが止めるのも聞かず俺のそばに駆け寄り、赤と黒の長に訴える。
「こんなことしたってネフェルの気持ちが変わるわけないでしょ! いったい何年同じことしてるの?! いったいどれくらいのお酒とゴハンとお金をネフェルに貢いだの? 見返りあった?!」
「……」
「……」
「アレックス、これ以上はもう……」
誰もが気づいているけれど決して口に出してはいけないことをアレックスは言おうとしている。
もう誰もとめられない。
「ゴルドは今年で四十でしょ! 部族長なのに独り身でこれからいったいどうするつもりなの?! 跡継ぎのこととかちゃんと考えてるの?! 今から子供ができたって成人したときには六十だよ! おじいちゃんになって動けなくなったら誰に世話してもらうつもりなの?! それにリンガムだって気づいてるでしょ! いくら族長だからって七年もネフェルに貢いでさんざん浪費する男と付き合ってくれる女の人がいると思うの?! となりのゴルドを見てみなよ! あれがリンガムの未来だよ! あんなのになりたいの?! ふたりともいつまで届かない夢を追いかけるつもりなの! ねえどうするの?!」
しんとしずまる空間。馬まで黙る。
アレックスの言うことは正しい。
誠に正しい。
ゴルドもリンガムももうわかっている。
だからこそ止められない。
だからこそ、けっしてこの真実を表に出してはいけなかった……。
「う、うわああああ!」
「あああああ!」
部下をほったらかしにして、どこかに走って消えていく二人の長。
その長を慌てて追いかけていく部下たち。
戦いは終わった。
ある意味、ここ数年で最も大きな犠牲を払った戦いだった。
「わかってくれたね、ジャン!」
褒めて褒めてと俺の手を引っ張るアレックス。
「あ、ああ。凄いなアレックスは……」
出来れば七年前に言ってあげて欲しかった。
日頃から二人の長を呆れてみていたサラも今回ばかりは自分の体を切られたような痛々しい表情をしていた。
「とにかく一度帰りましょう、これでしばらくはあの方たちも大人しくしてくださるでしょう。なんなら一生かもしれませんが……」
普段ならこれでめでたしめでたしだが、アレックスの様子がおかしい。
「あ、ちょっと待って、トーリが……!」
何かを感じたのか、一気にかけ出すアレックス。
この子は運動能力がずば抜けている。
馬に乗る必要がないくらい凄まじいスピードで平原を駆け抜けるし、スタミナも尋常じゃないから、どこまでも行ってしまう。
「あ、おい、待て!」
「待てと言われて聞く方ではありません! 追いましょう!」
確かにその通り。
俺はサラと共に馬でアレックスの後を追った。
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