第27話 勇者を教える

 狼煙の根元でアレックスが手を振っている。


「ジャン! たいへん! たいへんだよ!」


 トレードマークともいえるポニーテールを揺らしながら、アレックスが跳ねている。

 出会ったときは本当に小さかったけど、ここ数年で急成長、みんなが見とれるくらいのモデル体型になった。


「赤のリーダーと黒のリーダーがケンカしちゃう! 僕わかるよ!」


 その報告に俺とサラは溜息を吐く。


「我慢しきれなかったか」

「この大事な時期に極めて迷惑な行為です」


「あっちの端から赤が来て、こっちの端から黒が来る! で、ここでぶつかっちゃう! 僕、わかるよ!」


 原作通り、ボクッ子になってしまったアレックスは、日増しにその能力を向上させている。

 特に訓練したわけではないが、もはや予言者と言ってもいいレベル。

 彼女の予言のおかげで何度も危機を乗り越えてきた。


 今ここには俺たち以外誰もいないが、すぐにアレックスの言うとおりのことが起こるだろう。

 

「ケンカの原因は?」


「ネフェルが勝った方と一日デートしてあげるって言ったみたい」


 その言葉にふたたび溜息を吐く俺とサラ。


「なんてことを……」

「結局またあの方の尻拭いですか……」

 

 つまらないことで揉め続ける遊牧民たちの間を取り持つことが俺の最近の仕事。で、その原因のほとんどが俺の母上。


 そういえば母上のことについて書くのを忘れていた。

 

 七年たっても、母上はなんも変わらない。

 三十超えたのにドンドン若々しくなって、これが魔性の女でなかったらなんなのだというレベルになってきた。


「坊ちゃま、いい加減、ガツンと言わないと……」

「言ってるんだけど逆効果なんだよ。するなって言ったら、しろって意味になっちゃう人なんだよ」


「あ、来た! 来たよ!」


 あっちから砂煙、こっちから叫び声。


 ひとりの女と一日デートする権利を得るためだけに、千を超える戦士たちがやり合う。


 七部族のケンカは規模がでかすぎて困る。


「さあ、アレックス、どうする?」


 俺はあえてアレックスに聞いてみた。

 アレックスが人並みになるように鍛えてくれとトーリから言われているのでそうしたのだが、この人並みという言葉には含みがある。


「うーん。みんなで話しあって仲良くしたいよね」


「ならどうした方が良い?」


「戦わないように落とし穴を掘ってみんな落としちゃおう。僕ならいますぐここに大きいのが作れるよ!」


「確かにアレックスなら簡単だな。だけど、全速力で向かってくる連中を穴に落としたら、人も馬も死んじゃうぞ」


「あ、そっか。お馬さん死んじゃうね。けど、ダメなの?」


「ああ、ダメだ」


 まだまだ幼いアレックスには何をしでかすかわからないおっかなさがある。

 

「あの子はまだ命の重さをわかっていない」


 とはアレックスの育ての親であるトーリの言葉だが、それはアレックスの魔力が天井知らずだからだろう。

 

「怪我をしたら僕が治してあげる。もし死んじゃっても、いつか僕が魔法で生き返らせてあげるから大丈夫だよ。僕が強くなるまで待ってね」


 なんてことをいうのだ。

 事実、アレックスは今まで自分が見てきた「死者」の名前や顔を全部覚えている。いつか一人残らず復活させるためにだ。


「ここで死んだ馬を一匹残らず覚えてられるかい?」


「うーん、それは自信ないかも。お馬さんみんな同じに見えちゃう……」


「それにもしここで馬を生き返らせたとしても、ここでした怖い思いは一生消えないかもしれない」


 その言葉にアレックスはハッとした様子。


「そっか。僕、ひどいこと言っちゃったんだね」


「いや、気づくだけで凄いことなんだ」


 アレックスはこの世界の主人公だ。

 怖い物知らずで無鉄砲で負けん気が強いけど、優しくて仲間思いで、他人のために泣くことができる。

 そんな誰からも愛されるアレックスに、現時点ではまだなっていない。

 だからこそ、俺ができるだけサポートする必要がある。

 アッシュじいやが俺にしてくれたように。


 とはいえ、ラスボスになる男がやがて自分を殺す子供にああだこうだ教えるとは、随分おかしな事になってしまった。 

 

 まあ、そんなことを深く考えるより、今は目の前の問題に対処しよう。


「サラ、どうするべきかな」


 アレックスの時と違い、俺がサラに尋ねるときは本当に迷っているときだ。

 サラはいつだってズバリと答えてくれる。


「決まっています。赤と黒、双方の耳と鼻を削ぐのです」


「そうか、聞かなかったことにする」


 サラの奴、赤と黒の部族にはかなり腹が立っているらしい。 


「とにかく、帰ってもらうか……」

 

 俺は馬を下りると、両手に力を込めながら、歩き出す。


「ふたりともそこで待ってて」


 サラとアレックスにそう告げて、戦場となるはずの場所にひとりで歩いていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る