第26話 やがてラスボスになる男、草原を生きる

 七年経って何が変わったかと聞かれれば……。

 

 サラとアレックスは道ゆく人が誰もが振り向くほど美しく成長した。

 アッシュじいやはすっかり隠居生活を堪能している。

 

 マイン王子による人工河川プロジェクトは着々と進行中。

 一言でいうと、神がかってるくらい順調。


 この地に少しずつ水が流れていくほど、遊牧民の暮らしは豊かになっていった。

 それゆえに、この七年は彼らにとって選択の連続だったといえる。


 季節ごとに住処を転々とする日々をやめて街を作り始めた部族もいれば、何も変えないことで自らの生き様を示そうとする連中もいる。

 

 変わりゆくイングペインについてノヴァク王は我慢がならないようで、


「あいつをあの地に送り込めば勝手に野垂れ死ぬと言った奴はどこのどいつだ!」


 と怒り狂い、何人かの重臣を粛正したという噂を聞いた。


 そんな王を騙してベルペインを内部から崩壊させようと企んでいた北の帝国は、内戦が泥沼になった挙げ句、四つに分裂した。

 アレックス・サーガに書かれていたとおりだ。


 そして俺、やがてラスボスになるジャン・グラックスについてはどうか。


 赤い瞳と白髪は変わらない。

 背は伸びた。結構伸びた。


 こんな見た目では目立ってしょうがないので、ベルペインにこっそり出向いて書庫から本を借りに行くときは変装が必須になった。

 

 ベルペインから追い出された悪魔の王子がイングペインを乗っ取り、いずれは謀反を起こして都に攻めてくるのではないか。

 皆がそう囁きだして、なんとなく脅えた日々を過ごしているらしいが、笑うしかない。


 んなことするわけないというのに……。


 では今何をしているかというと、ひたすらリクルート活動に励んでいた。


 北の帝国が崩壊したことで職を失ったり故郷から追われた人たちが大勢おり、その中でこれだという人に片っ端から声をかけていたのだ。


――――――――――


 というわけで、今日も俺の話を聞いた途端、元帝国の文官は不機嫌になる。

 

「目が見えない連中が読める本を作れと?」


「あと耳が聞こえない人のために手話という……」


 しかし、交渉は不成立。


「馬鹿馬鹿しい! なんであんな役立たずの連中に本を書かなきゃイカンのだ! そんなことで呼び出したというのか!? 不快だ!」


 どんと机を叩いて元帝国の文官は出て行く。

 不満たらたらで城門を出て行く姿を、窓の外からアッシュじいやが見る。

 

「またダメでしたな。こんなことがもう20回は起きた気がしますが」


「18回目だ。まだ20じゃない」


 最近は多忙なもんで、サラに読み聞かせをする時間が取れなくなってきた。

 サラが好きな本を、サラが一人で読めるようにしたい。

 それが現在の最優先事項。 


 ただし、一年たっても成果はゼロ。


 この原因は明らかであるとじいやは言う。


「はっきり言って給金が少なすぎます。やり甲斐のある仕事かどうか、それ以前の問題でしょう」


 それはその通りなのだが、


「税が重すぎてなあ……」


 俺がこの地で稼いでいると知って憤ったノヴァク王はあり得ないくらいの税金をイングペインに要求してきた。

 

 ここで揉めたくない俺としてはノヴァク王に従うほかなかったのだが、おかげで手元に残る金は本当にカツカツな状態。


「殿下、ここはやはり他の部族に助力を願い求めては?」


 じいやのいう助力とはこの地の税を上げること。

 一応、イングペインの城主として遊牧民たちから税をもらっているが、歴代の城主と比べてかなり低く抑えていた。


 歴史ゲームでよくある、税を下げると収入は減るが民忠が上がり、上げると収入は増えるが民忠は下がるってやつ。

 もう税率上げないとヤバいのは俺だってわかってるんだけど、


「それはできない」


 ここで税を上げたら喜ぶのはノヴァク王だし得をするのもノヴァク王なのだ。

 彼が望んでいるのは俺らと遊牧民が争って共倒れすることなのだから。


「であれば、まずは人を探すより収入を増やす手段を講じませんと」

 

 確かにじいやの言うとおり。

 理屈ではわかっているのだが、


「優先順位は人なんだよ。もうサラのためだけにやってるわけじゃない」


 これが俺の本心である。


 サラと同じハンディを持っていたり、耳が聞こえない障がいを抱えている人たちは、七部族の中にもいるし、ベルペインの都にもいる。

 

 基本、それらの人たちへの対策は「その家族が何とかする」しかない状態。


 ここはなんとしてでもコミュニケーションツールとして手話と点字だけは確立させたい。


「だから、こればっかりは譲れない」


 俺は改めてじいやに力説した。


「かっこつけじゃなくて、これは投資なんだ」


 ラスボスになる男ジャンはこの土地を地獄にした。だから俺はその逆を行く。


 マイン王子のような天才をもっと集めたい。

 この世界で見捨てられている人たちの中にも、きっと凄い人たちがいる。


 ここに住みたいと思わせるだけの魅力をイングペインに植え付けたい。

 その一つが手話と点字の確立なのだ。


 ドアが静かに開いて、サラがすっと入ってきた。


「ここにいらっしゃいましたか」


 大きくなっても髪型は変えないし、着ている服も相変わらず地味だが、だからこそサラの涼やかな美しさが引き立つ。

 毎日会っているのに、見る度にその美貌に息を飲んでしまうのだ。


「アレックス様の狼煙があがっております」


 アレックスが俺を呼んでいる。これはただ事では無いということだ。


「じいや、行ってくる」


「気をつけて。サラもな」


「承知」


 俺とサラは馬に乗ってすぐに城を飛び出した。


 あの敵陣突破の時と比べれば、サラも俺も乗馬に関してはだいぶ巧みになったと思う。スピードがだいぶ上がった。

 

 アレックスが得意の魔法で起こした赤い煙目指して馬を走らせると、サラがピタリと横に寄せてきた。


「で、今日の勧誘は如何でしたか?」


「そりゃもちろん。断られた」


「坊ちゃまが出す俸禄が少なすぎるのでしょう」


 じいやと同じことを言ってくる。


「帝国にいた頃と比べられたら、いくら出したって勝てないよ」


「それは確かにそうなのですが、やはり収入を増やすために他国へ侵略するべきではないかと」


 じいやが決して口に出さなかった「戦争」という手段をあっさり進言するのがサラのクレバーさだろうか。


「これ以上領地を増やすつもりはないよ。今で手一杯なのにこれ以上仕事が増えたら寝れなくなる」


「領地を増やす必要はありません。他国に攻め入り、奪うだけ奪って、帰ってくれば良いのです」


「それは略奪だぞ……」


 そんなやり取りを続けていると。


「ジャン様~!」

「こっちむいてくださーい!」


 銀の弓の若い娘たちが狩りをしている現場を通り過ぎたようで、十人くらいの女の子が俺を見て騒ぎ出していた。


 ベルペインの人からすれば白髪のバケモノでしかない俺も、この地では超絶なイケメンになるらしく、正直、ジャンはモテている。


「ああ、どうも、こんにちは……」


 ためらいながら手を振ると、女の子たちが一斉に騒ぎ出す。

 

「こっち見たー!」

「ちょういけてる! マジやばい!」

「超絶かっこいんですけどー!」


 モテてモテてうっとうしい。まさかそんなことをこの俺が書くなんて。

 

「騒々しいですね。討ち取りましょう」

「駄目だって……」


 止めないと本当にやりかねなくなってきたからサラは恐ろしい。

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