第25話 やがてラスボスになる男、駆け抜ける

 それから半年たった。

 言葉や文字にすれば半年なんてあっという間だけど、いろんなことがあった。

 とはいえ、いちいち取り上げる必要のない「それなり」なことばかりだったから、時間をすっ飛ばしても構わないだろう。


―――――――――――


 そして今、俺たちはマイン王子に呼びだされている。


 鋼のように固いギド山脈に複数のトンネルを掘る工事、その最初の一つがついに終わろうとしている。

 とはいえ、これは周囲の信頼を勝ち取るためのデモンストレーションに過ぎないのだが、それゆえにマインはこの状況をとことん盛り上げようと企んだ。

 

 俺たちの他に七部族から大勢の人たちがやって来ていた。

 遊牧民たちにとって邪魔な壁でしかなかったギドの山々に穴を開けると聞くと、この機会を見逃してなるものかと駆けつけてきたのだ。


 仕切り線の外側から灰色の岩盤に穴が開くのをじっと待つ俺たち。


 皆の期待がピークに高まったとき、マインはやってのける。


 最初は地震でも起きたのかと皆がキョロキョロするくらいの揺れが起きた。


 直後、ブルダンの方から岩盤を削りながらやってきた、マイン王子のからくり掘削機第三号が自慢のドリルで岩盤に強烈なダメージをゴリゴリ加えていく。


 内側から魔法仕掛けの凄まじい攻撃を浴びたことで、岩盤のあちこちに穴が開き、大量の砂煙が吐き出される。

 少しずつではあるが水も外にしみ出してきた。


 喜ぶ大人と怖がって泣き出す子供、歓喜と恐怖がまざったカオスな空間は、岩盤をぶち破って姿を見せた掘削機の登場で狂気となる。


「はーはっはっは、待たせたな!」

 

 からくり掘削機の頂上からマインが叫ぶと、一斉に歓喜の声が湧き上がる。


「ほんとに開いた!」

「水だ、水が流れてきやがった!」


 西から東へ一本の地下通路を通したことで、山脈に浸されていた水がかなりの勢いで外に流れてきて、即席の池を作りだしている。


 遊牧民たちにとっては衝撃的な光景に違いない。

 彼らにとって水は瓶に入っているものであって、自然に流れてくるものではなかった。ベルペインや北の帝国から高い金を払って買うしかないものだったのだ。


 特に長い間この土地の立地に苦しめられていた蒼い部族のラーズ長老は、流れる水を見て呆気にとられている。


「夢じゃないか……?」


 皆が止めるのも無視して、仕切りの内側に入ると、水で濡れて泥になった地面に寝そべり、喜びのあまり震え出す。


 皆も同じ気持ちだろう。


 信じられない、こんな子供が、こんな変な子供が、と、その偉業に頭を抱える長たちの中で、ただ一人、マイン王子のサポートをし続けた緑の長のランドロ氏だけ、格別に喜んでいた。

 泣いていた。


「やりやがった。あいつ、やりやがった!」


 半年間、ずっとマイン王子につきそっていたせいで自分の息子のように感じていたようで、今では俺と同じ能力を身につけるまでになっていた。


「はーっはっはっは!(見たか! 俺の凄さを!)」

「がーはっはっは!(見たぞ! お前は天才だ!)」


 抱き合って喜ぶ子供とおっさん。

 笑っているだけで会話が成立しているのが恐ろしい。


 汗だくでフラフラだけど、充実感いっぱいのマインに俺は近づく。

 

 ありがとうと言おうとする前に、マインは俺の肩をつかんでぐっと引き寄せた。

 いつもの高笑いはなかった。


「礼を言うのはよせ。するなら俺だ。お前が俺を見つけてくれた。お前が俺を外に連れ出してくれた。それにまだ何も始まっていない。これから長いぞ。とてつもないことに俺たちは手を出したんだ」


「わかってる」


「だから、なんでも言え。なんでもやってやる」


 マインはそれだけ言うと、


「はーはっはっは、皆のもの、俺を称えろ!」


 叫びながら人の輪の中に飛び込んでいった。


 マインの実演は見事に成功した。

 皆がこれでいけると感じたことだろう。

 

 そしてまた祭りが始まる。


 部族間だけでなく、ここにきたばかりでまだ客人扱いの労働者やその家族も、今日はひとつになる。

 長い時間をかければ、彼らもいずれ溶け合うのかもしれない。

 

 俺の後ろにいたサラもこの熱気を浴び、珍しく興奮気味に呟く。


「今日の日は、百年、いえ、千年たっても記念日として記憶に残るはずです」


 そんなサラの手をアレックスがぎゅっとつかんだのでサラは大いに驚く。


「また気づかなかった……!」


「ねえ、見て、エッジが来てる! 凄いよ! ほらあれ!」


 まるでツチノコを見たとばかりに喜ぶアレックス。

 彼女が指さす先に、袋をかぶって顔を隠し、目の辺りに穴を開けた奇怪な人間がいる。


「逆にバレバレだな……」


 俺の視線に気づいたのか、エッジと思われる女性は背を向けて走り出す。


「あ、逃げた! 追いかけるよサラ!」


「わ、私も行くのですか?!」


 強引にサラを引っ張ってエッジを追いかけるアレックス。


 そのやり取りを俺は笑いながら見ていたが、俺が一人になるのを待っていたかのように、アッシュじいやが近づいてきた。


「見事なものです。またしても凄いことをやってのけましたな」


「いや、みんなが動いたからだよ」


「しかし背中を押したのはあなただ」


 そしてじいやは声を細める。


「ベルペイン、北の帝国、他にも素性の知れない間者が何人も潜んでいるようだとジュシン殿が」


「そうか。でも今日は放っておけばいい」


 別に悪いことなどしていない。

 イングペインとブルダンが、自分たちの土地を自分たちの手でいじっただけ。

 文句を言われる筋合いなどない。


「ジュシン殿もそう申しておりましたが、やはり目立つ動きをすれば周囲も警戒するようですな。いずれノヴァク王も問いただしに来るでしょう。この地を支配しろと言ったのに、なんのつもりだと」


 確かにじいやの言うとおりだが、俺は楽観的だ。


「支配のやり方にも色々ある。みんなで仲良くこの地を支配するのが俺のやり方ですとか言って誤魔化すよ」


「なるほど」

 

 じいやは苦笑しながら俺の肩に手を置いた。


「老人の戯言と思って聞き流して結構ですが、これだけは言っておきます。あなたはベルペインで収まるお方ではない。いっそ世界を変えなさい。勇者として」


 勇者という言葉に俺は過剰に反応した。

 勇者、勇者か。

 つまりはこの世界の主人公。


 ラスボスが主人公か。

 

「あり得ないよ」


 ケラケラ笑って見せても、じいやは黙らない。


「公正を水のように、正義を尽きぬ川のように流れさせよ。今日したことを世界中でするのです。あなたならできる」


「それ、どこの言葉だ?」


「王家の書庫で適当に読んだ本に書かれておりました」


「じいやも本を読むんだな」


「その一文で限界でしたが」


 俺とじいやは笑うと、それ以上何も言わなかった。


―――――――――――


 さて、これから書くことをきっちり覚えておきながら、みんなにも付いてきて欲しい。


 この章を締めくくる言葉としては大胆で良いと思う。

 さあ、行こう。







 ――――― それから、七年が過ぎた!

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