第24話 思いがけない出会いをする
アレックスは二週間以上、姿を消した。
どこをどう行って何をするつもりなのか誰にも告げなかったようで、実にアレックスらしいと俺は笑ったものの、そんなアレックスに慣れていないサラとアッシュじいやは捜索隊を作るべきと心配した。
しかしアレックスの保護者、銀の弓の長トーリも俺と同じく一笑に付す。
「いつだってあの子は私らの想像を超えてくるのさ」
結局は彼女の言うことが正しかった。
アレックスは帰ってくると、百人を超える屈強な男たちを連れてきた。
その家族もいたりしたから女性や子供を含めると総勢150は越える大所帯。
俺がせかせか動き回ってかき集めた資金と、アレックスがあっさり連れてきた労働力は、マイン王子の求める量を遙かに上回った。
ゆえに王子は当然のことながらこう言った。
「はーはっはっは! うわーはっはっは! はーっ、げほっ、ごほっ!」
喜びが過ぎてむせるという、なかなか見られないハイパー高笑いである。
とりあえず最初の難関はクリアしたということ。
――――――――――
ところ変わって、蒼い槍の宿営地。
蒼の部族たちが、アレックスが連れてきた大勢の人たちを歓迎するための酒宴を開いてくれたのだが、俺たちも誘われたのだ。
断る理由などないので、全員でお邪魔した。
蒼い槍と銀の弓はもともと仲が良いらしく、宿営地も隣接している。
そのため酒席には銀の弓の女性たちも参加していたので、宴会はかなり規模が大きくなり、参加者の数を考えれば祭りと言って良いレベルに賑わっている。
心地よい笛や太鼓の音色が鳴り響くなか、皆で酒を飲んで交友を深める。
母上の大好物である。
「最初はなんもない田舎でつまんないと思ったけど、ここもいいじゃんさあ!」
よくやったわよと俺の肩を叩く母上は既にできあがっていた。
「ただ、あんまりいい男がいないわねえ」
周囲を見回しながら、不満げに首をかしげる。
「母上は死ぬまでそれを言い続けてる気がしますよ」
「かもねー!」
もう酔っているから何を言っても機嫌が良くなるけど、この人のおかげで赤と黒の部族とも交渉が上手くいったから連れてきて正解だった。
アッシュじいやは、蒼のリーダーと再会し、すっかり意気投合したらしく、奥の方で長と碁に似たゲームに夢中になっている。
「まさかこの地でちゃんとした隠居生活を過ごせるとは思いませんでしたぞ」
と笑ってくれたのが嬉しかった。
――――――――――
アレックスは祭りの間、一人一人に声をかけては笑顔にさせていたが、疲れたのか一時間もしないで寝てしまった。
トーリにおんぶされてスヤスヤ眠る寝顔はもう天使にしか見えない。
「北の帝国が内乱続きでボロボロになってるだろ。あの子はそこまで行ったらしい。故郷に住めなくなった難民や職を失った元兵士に声をかけて、あっという間にかき集めたそうだよ」
「さすがですね……」
誰にそうしろと言われたわけでもなく、自分の判断でためらいも無く戦地に飛んでいって、あっという間にタスクをこなして帰ってきた。
「不思議だよ。ただの子供に一緒に行こうと言われただけで、故郷を捨てて、ここで生きてく覚悟まで決めた人たちまでいる。五歳の子供にだよ?」
信じられないよと溜息を吐くトーリだったが、俺を見ると笑い出す。
「そう考えたら、あんたとサラもあり得ないけどね。七歳の子供が敵陣突破かまして、おまけにやりきっちまうんだからねえ。ジュシンも言っていたけど、なんだか凄いことになってきそうだよ」
ここで、俺たちの会話に蒼い部族のオーレンが加わった。
俺に宣戦布告をするために城門に一人で来た人だ。
敵陣に突っ込んだ俺を見て「射つな」と部下に指示してくれた人でもある。
「それを言うならあのマイン王子も凄いぞ」
建築王子が書いたイングペインの地図を広げるオーレン。
「イングペインの西側をフタするように広がるギド山脈に七つも横穴を開けて、そこから海水やら川の水を引き込んでいくらしい。掘削機とかいう魔法仕掛けのからくりを作って大々的にやるそうだ」
しかもきっちり浄水施設まで作るつもりらしく、やはりマインは建築王になる男だった。どこをどう間違えたら破壊王になるのだろう。
「十年がかりの大工事になるようだが、マイン王子の狙い通りになれば、もう水を買う必要が無くなるし、季節ごとにあちこち動き回る必要もない。これは凄いことになるぞ……」
「本当にそう、うまく行くんかねぇ?」
世の中そんな甘くないよと疑うトーリであったが、そういう反応が出ることもマインはしっかり読んでいるとオーレンは力説する。
「横穴の最初の一つは証明と予行練習を兼ねた実演になるらしい」
オーレンの言うとおり、マインは自分の力を証明するため、とりあえず地盤の柔らかい場所にトンネルを掘ってみせるつもりらしい。
これが成功すれば文句を言う人間は一人もいなくなるだろうと。
「大丈夫です。彼ならきっちりやり遂げます」
確信を込めた俺を見てオーレンは頷いてくれたが、何を思ったのか急に深刻な顔になる。トーリと目を合わせた後、意を決したように俺に言った。
「実はあなたに伝えておきたいことがあって」
「なんでしょう?」
「私がこういう人間だから、蒼の部族の次のリーダーは私だろうと、あなたを含めて皆が考えているでしょう?」
「ええ、まあ」
蒼の長ラーズ長老は高齢なので世代交代の時期は近い。
今までの動きを見ればオーレンが後継者だと思い込んでいたんだけど。
「もしかして違うんですか?」
「複雑な掟が絡んでいるので、私には長になる権利がないんです。後継者は他にいます。というか、私の娘がそうです」
「えっ、娘さんがいたんですか?」
若々しい人なので、二十代半ばだと思っていたら
「もう四十越えてますので、娘の一人くらいはね」
「げっ、しじゅう?!」
紫の長であるジュシンさんと同級生らしい。
ジュシンさんは渋すぎるが、オーレンさんはあどけないにもほどがある。
「ってことは、俺、後継者の方とはまだ会ってないですよね」
もしかしたら凄く無礼なことしてたかもしれないと知って俺は慌てた。
しかしオーレンさんは気にすることは無いと首を振る。
「会っていただきたいんですが、とても厄介なことになってまして」
「……厄介」
「部屋から引きこもって出てこないんです。父親の私ですら年に数回しか顔を見れなくなってしまい……」
はあ、と深い溜息を吐く父親。
その目線の先に、おどろおどろしい飾り物がいっぱいの、他と比べて明らかに雰囲気が違う呪術的なテントがある。
そこにオーレンさんの娘が引きこもっているようだ。
トーリがすっかりしょげる父親を慰める。
「もうここまで来たらどうしようもないよ。あんたはできること全部やった。そもそも姉貴の娘だからねえ。いいところも悪いところも似ちまったのさ」
その言葉にサラが何かを感じ取る。
「その言い方……、ぶしつけですが、もしやトーリ様のお姉さまが?」
「ああ、そうだよ。オーレンのかみさんがあたしの姉貴。言ってなかったっけ?」
「言ってないですよ……」
「おかしいなあ。姉貴が田舎暮らしは嫌だって帝国に家出して、帝国の騎士だったオーレンとできちゃって、子供が産まれちゃったから、仕方なくこっちに戻ってきたらオーレンまで付いてきちゃった話、してなかったっけ?」
「してませんよ……」
「おかしいねえ。じゃあ、オーレンは帝国出身の婿だから跡を継ぐ権利がなくて、姉貴が次のリーダーになるはずが、三年前に落馬で死んじゃったからその娘が跡を継ぐしかないって話はしたわな」
「だからしてませんって……」
「あれ〜? じゃあその娘が死んだ母親を生き返らせようとして、やばい魔法に手を出しそうになってオーレンが注意したら怒って引きこもった話は?」
「ほんとにしてません」
「困ったことにねえ。あれはもう誰の言うことも聞きやしない。アレックスだけは部屋に入れるんだけど、この子はこの子で生まれつき魔法が凄いから、一緒にさせるとあれがもっと沼に落ちてくっていう悪循環がさあ……」
はああと溜息を吐く叔母と父。
「ってなわけで、頼むよジャン」
「なにを?」
嫌な予感しかしないぞ。
「あの引きこもりを外に連れ出して欲しいんだよ」
やっぱりか!
「それはこの地に水を引くより難しい気が……」
「そんなこと言わないで、なんなら嫁にしても良いよ。割と美人だよ?」
「無茶苦茶言わないでくださいよ!」
俺が大声出したせいで、アレックスが目を覚ました。
「ん、エッジのこと話してるの?」
まだ眠そうなアレックスの頭をトーリは優しく撫でる。
「ああ、そうだよ。あんたも寝な。いろいろ動き回って疲れただろ?」
頷いたアレックスは欠伸をしながら俺にしがみついた。
「今日はエッジと寝る。お休みジャン」
「ああ、お休み」
ふわふわと歩いていくアレックスの背中を見ながら、俺はエッジという名前を聞いて、ひっくり返りそうなくらいに驚いていた。
「エッジかよ……」
やがてラスボスになる男、ジャン・グラックスには四天王といわれる猛者がいた。いずれもジャンに最後まで付き従った忠臣だ。
破壊王マインがその一人になるが、エッジという名の女性もそこに含まれていた。
類いまれな闇魔法の使い手で、見るもおぞましい悪魔を次々召喚しては世界中を焼け野原にしていったという、その名も……、
悪魔と寝た女、エッジ!
オーレンさんの子供の名前がエッジだというなら、彼女はいずれ仲間になる。
殺した人数のトータルでいえば、ジャンを上回っていたかもしれない最強の魔女として。
それがまさかの引きこもりとは……。
「面白い」
次から次へと仲間が現れていく。
俺は興奮を隠せなかった。
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