第23話 想いを一つにする。
俺の金稼ぎはまだまだ終わらない。
やがて来る寒波に備えてあらかじめ商品開発をするなんてのは序の口、すべて取り上げると切りがないくらい、チマチマしたことにも手を出した。
野草から薬を開発とか、こんな荒れ地でも簡単に育てられる作物とか、それはもういろいろやったけど、その中で防寒具と同じくらい利益を生みそうな物がひとつあった。
お酒である。
鍵を握るのは赤と黒のふたつの部族。
脳筋と言っていい彼らが戦うこと以外に唯一得意なことが、酒造り。
あの母上がマジうま、マジやばと飲みまくっては爆睡するほどの地酒を全国展開したかった。
しかしご存じの通り、両部族とも俺のことを快く思っていない。
ゆえにサラと一緒に彼らの元を訪れても、
「俺たちの酒はな。ジとヤとンがつくやつには飲めない仕様になってんだよ!」
この始末である。
「骨川スネ夫みたいなことを言う……」
この車は五人乗りだからのび太はダメ~と同じレベルの煽りである。
「ってかお前、子供だろ!」
「子供はお酒飲んじゃいけないんすよ!」
粗野な見た目の割に意外とこういうところはきっちりしている二人。
「俺が飲みたいんじゃなくて、このお酒を世界中に……」
説得したところで結局は馬の耳になんとやらで、
「けえれけえれ! 城さ、けえれ!」
煽り出す長にサラもムッときたのか、無言のまま二人の長に詰め寄っていく。
「なんだこのガキ! 女子供だからって容赦しねえぞって、いでででで!」
素早いサラにあっという間に関節技を決められ、悶絶する赤のリーダー、ゴルド。
「やめなさい。ケンカしに来たんじゃないんだから」
「わかってはいるのですが」
渋々手を離すサラ。
やはりここにアッシュじいやを連れてこなくて正解だった。
ベルペインの元騎士団長なんかが現れたら即席の武術大会が始まるおそれもあった。
「話を聞いてくれるまで何度も伺います」
三顧の礼どころか、その十倍でもやってやると意気込んでいたところ、思わぬところで救世主が現れた。
「あんれまあ、あんたも来てたん?」
元気に声をかけてくるのはなんと母上。
珍しく外出している。
しかも勝手に。
どこで買ったのか、遊牧民たちが着るコートの赤いバージョンを羽織っているのだが、見事に似合っている。
「母上、一応は王妃なんですから、ふらふら動きまわるのは……」
「だって、お酒が切れちゃったからさ~。買いに行こうと思っていろいろまわってたら、ここが一番美味しいって聞いたんよ」
「まさか、城にある分、もう飲みきったんですか……?」
あんな量の酒を飲んで太らないのが恐ろしい。
むしろここに来てから美しさに磨きがかかった感がある。
「王妃、貴重な公費を私欲のために使うのはおやめください」
生真面目に苦言を呈するサラであったが、母上はぴしゃりとサラの口元に指を当てて黙らせた。
「ちゃんと自費で買うってば! これでもまだ金持ちなんだから」
「あっ……」
すっかり忘れていたが、この人、ノヴァク王を罠にはめたことで依頼主から大量の報酬を受け取っていたはずだし、ノヴァク王から離縁のための大量の手切れ金までもらっているはずだ。
これは迂闊。
上手いこと言って没収するべきだったな……。
なんて後悔していたら、思いもよらぬことが起きる。
「こ、この女神はどなた様で……?」
赤と黒のリーダーが母上に釘付けになっている。
よく見りゃ、男ら全員が母上に見とれていた。
黙っていれば完全無欠の美人だから、こういう展開もあるか。
「俺の母です」
「お母さまで……!」
「お母さま?」
「ぼ、坊ちゃん、母君のお名前は?」
「坊ちゃん?」
「だから母君のお名前はって聞いてんだよ!」
「ネフェルです」
「ああ、美しい名前だ。そう思うだろ、リンガム」
「兄貴、その通りっす……」
がっちり肩を組み、うっとり母を見つめる二人の長。
蒼い槍の長が見たらまた怒鳴りそうな案件。
そんな長たちの確変をサラも感じ取ったらしく、とどめの一撃を繰り出す。
「もうすぐ独り身になられます」
「……!」
赤い部族のリーダー、ヒゲマッチョのゴルドが闘牛のように母上目指して走って行く。それを見た黒い部族のリーダーで、根っからの子分気質のリンガムも走り出す。
お互いに肩をぶつけ合い、
俺が最初に話すんだ、どけ。
いや俺っす、さすがにこれは譲れないっす、兄貴がどいてください。
うるせえ、邪魔すんな殺すぞ。
兄貴こそ邪魔しないでください、殺すっすよ。
といった言葉が乱れ飛ぶ、じつに醜い争いが勃発した。
「母上のおかげで何とかなりそうだな……」
俺は安堵していたが、サラは呆れている。
「どうして殿方というのは大人になってもお子さまなのでしょう。ちょっと美人を見ればへらへらと……」
「いや、あの二人は特殊だと思うよ」
「そうでしょうか? アレックス様と話しているときの坊ちゃまもだいたいあんな感じで声がうわずっておいででした」
「っつ!」
思いがけないところから凄いボールが飛んできた。
「いきなりどうした? 妬いてるのか?」
あえてからかうように言ってみると、サラはさらに俺をどぎまぎさせることを言ってくる。
「それはそうです。私にとって坊ちゃまはとても大切な方ですから」
「うっ」
こんなストレートに自分の気持ちをぶつけてくる子だとは思わなかったけど、よくよく考えれば、初めて出会ったときからこの子は規格外だった。
ともあれサラが素直になってくれたのだから、俺も正直に答えねばなるまい。
「アレックスと会えたのが本当に嬉しかったんだよ。だからあの子と話すのも楽しい。変な言い方になるけど、思った通りの子だと思って」
いつか会いたいと思っていた人と実際会ってみたら「あれ? なんかイメージと違う」ってなるときは結構あると思うが、アレックスにはそれが無かった。
アレックスは紛れもなくこの世界の主役、アイドルだ。
皆を笑顔にし、誰からも愛される。
推しててよかったと思わせる子。
だけどアレックスと同じくらい、いや、それ以上に、サラは特別な存在だ。
「サラ、アレックスに出会えたのと同じくらい、君に会えたことも俺には大きなことだったんだよ」
どんなときでもずっと寄り添ってくれる彼女はこの上ない安らぎ。
ジャンにとってもそうだったに違いない。
この子がそばにいると思うと、正しいことをしたい、もっと強くなりたいと思えてくる。
ジャンはその人生のどこかでサラを失う。
ジャンが死ぬまで大事に持っていたサラのペンダントだけが残っていたことからそれがわかる。
そしてサラを失ったことがジャンの転落の原因だと俺は確信している。
わかるんだ。
俺だってサラがいなくなったらきっと闇堕ちする。
だから絶対そんなことは起こさない。
「サラ、君はもう俺の一部だ。一緒に行こうとか、付いてきてくれなんて言わなくても、ずっと一緒にいるのが当たり前だと思って欲しい」
自分で言ってて恥ずかしくなるくらいのことを言ったつもりだったけど、サラは相変わらず淡々としている。
「わかりました」
言葉だけは冷静だけど、サラは珍しく自分から手を繋ぎにきた。
「月に一回ほどでいいので、ちょっと甘いことを仰ってくだされば私はそれで満足でございます」
実にサラらしい言い方だと俺は笑った。
「毎日のように言ってあげるよ」
「それはおよしください。胃もたれしますので」
そんなやり取りを続けながら、男たちに囲まれてご満悦の母上の元に向かった。
もちろん、手を繋いだままだ。
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