第22話 好敵手を死なせない
荒地ばかり広がるイングペインに人工の河川を作るという大それた計画。その実現のために最も重要となる、建築王子マインの協力を取り付けることに成功した。
次に必要なのはマインがやりたいようにやれるだけの金と労働力。
労働力についてはアレックスが動いてくれているので任せても問題ないと思うから、あとは金。
――――――――――
というわけで、ブルダンから戻るとすぐさま紫の部族に会いに行く。
敵陣突破した俺を見て一度は攻撃を仕掛けたものの、神和魔法バンホーでドーピングした俺を見ると考えを変え、真っ先に味方になってくれた長がいる。
その名はジュシン。
この時点でちょうど40歳くらいのイケおじ。
極めて頭のいい人で、作中では遊牧民を支配しようと侵略してきたジャンに対し徹底抗戦を貫いた名将である。
「コート?」
ジュシンさんは俺の提案を聞いて面食らった。
「はい。皆さんが当たり前のように着ている、その暖かそうなコートです」
「確かにこれは手作りだが、それをベルペインに売り出すと言うのかい?」
「はい。皆さんが作った毛皮を俺が買い取って、それをベルペインの各都市に倍以上の価格で売るんです。めちゃくちゃ売れると思いますよ」
しかしジュシンさんは笑う。
「ベルペインの連中は常々我々をバカにしてるじゃないか。土臭いだの、田舎者だの、薄汚れているだの」
「それはよく知っています」
「そんな連中が私らの作った服など着るはずがない。今度はいったいどんな魔法を使って売るつもりだい?」
興味深げに尋ねるジュシンさんに対し、俺は真面目に答えた。
「ここ数日の星と雲の流れを見れば、近いうちに寒波が来るとはっきりわかります。外に出られないくらいひどいものではないけど、年間通して防寒着を着ていなければ動けないくらいの、地味でいやらしい寒波です」
頭の良さそうな物言いをしたが、実際はアレックス・サーガから得ている情報を垂れ流したにすぎない。だからこそ間違いなく真実なのだ。
「ほう」
「それに備えて、たくさんの防寒着を作っておけば、バカみたいに高く売っても飛ぶように売れると思います。今まで散々馬鹿にしてきた連中から大量にふんだくれると考えるとワクワクしてきませんか?」
俺の提案をジュシンさんはあっさり受け入れた。
「いいだろう。元々暇だったしね。嫌になるくらい作っておこうじゃないか」
「ぜひ、お願いします」
「大いに任せてくれと言いたいが、君の提案はあくまで投資だろ? 今すぐ使える資金についてはどうするつもりなんだい?」
流石に鋭い。
ジュシンさんの言うとおり、一年くらいしたらそれなりにお金は貯まっているだろうが、今の時点で財布の中身はほぼゼロ。
アレックスが頼りになりそうな労働力を連れてきてくれても、彼らを雇うだけの資金は今すぐ調達しないとまずい。
ノヴァク王に金をくれと言ったところで無駄だろう。
サラの言うとおり、借金したいのはブルダンではなく俺たちの方だ。
とはいえ、打つ手がないとも限らない。
アレックス・サーガの熱烈な読者だった俺だから考えつく予想というか、推理があるのだが、それをジュシンさんに確かめてみたかった。
「当座の資金について、藍の部族のリーダーに相談してもらいたくて」
「私が?」
「はい。俺ではダメだと思うんです」
探るような俺の言葉にジュシンさんの目が鋭く光った。
「君も気づいていたか」
ジュシンさんは頷きながら、藍の部族について思っていることを正直に話してくれた。
「あの連中は己の欲のためなら平気でプライドを捨てる。私らに黙って北の帝国と繋がりを持ち、それだけでなく、ベルペインの役人とも接触して何らかの見返りを得ているはずだね。きっとあり得ないほどの金を懐に蓄えているだろう。我々にとっては背信と言える行為だ。気づいているのは私だけだろうが」
「やっぱりそうですか」
「君はどうやって連中の真実に気づいたのかね?」
「確証があったわけじゃありません。俺が皆さんの前に立っていろんなことを話したとき、藍のリーダーだけはひとことも口を挟まなかった。気味が悪いくらいに」
「鋭い」
「それにもう一つあって」
「ふむ」
俺に食ってかかる赤と黒のリーダーの後ろで、じいっと俺を観察していた藍の部族のリーダー、アロン。
人の良さそうな好青年に見えて、時々死んだ魚のような空虚で陰湿な表情をしている一瞬があった。
そのアロンの指輪が気にかかっていた。
「身につけているアクセサリーがベルペインのものだったんです。しかも割と高価な物だから、おかしいなと」
「ははは! 君には一切のごまかしも嘘も通用しそうにないね!」
ジュシンさんは手を叩いて笑い、そして話してくれた。
「そもそも藍の連中はこれだというリーダーを立てず、合議制で動いている。欲深く、野心に燃えた連中が毎日良からぬ事ばかり話しあっているんだ。アロンもそのひとりに過ぎないが、その中でもかなりねじれた男だ。だからこそ話し合いがスムーズに運ぶ」
「と言いますと?」
「お前の付けている装飾品にベルペインのものがあったとジャン王子が気づいている。いったいどういうことだ、私だけに話してみろ。とでも言えば、簡単に金を出すはずだ。ここは私に任せてみてくれないか?」
「ありがとうございます。是非お願いします」
「いいんだ。なにせずっと退屈していてね。君が来てくれたおかげでなんだか七年くらいは楽しめる気がしてきたよ」
機嫌が良くなったジュシンさんは別れ際、握手までしてきた。
その帰り道、俺たちのやり取りを黙って聞いていたサラが口を開く。
「ジュシンさまは坊ちゃまと話している内に楽しくなってきたみたいですね」
「そうだね」
「ずっと退屈していたと仰っていましたが、あれくらい頭の良い方がこの地で生きるのは確かにつまらなく思えるのかもしれません。坊ちゃまのような方に出会えて本当に嬉しかったのでしょう」
このサラの言葉は、アレックス・サーガの読者であった俺には重く感じた。
ジュシンさんは作中においてジャンとの戦いを「楽しい」と表現する。
部族間のつまらない小競り合いばかりで退屈していた日々の中、万を超える兵士を使ってジャンと命をやり取りするのはこの上なく楽しいと。
しかし、それが悲劇を生む。
無駄に戦いを引き延ばすジュシンさんを「飽きた」と切り捨てたジャンは、迷うことなくイングペインに大量の毒を撒き、草も生えないほどの地獄に変える。
ジャンを勝手に「好敵手」だと決めつけていたジュシンさんは、ライバルの狂気的な本性に気づき、がく然とする。
「私は悪魔を育てていた」
そう語ったのち、ジュシンさんは責任をとるように自らの命を絶つ。
彼の死は遊牧民の終わりを意味していた。事実、ひと月もたたないうちに七部族は死に絶え、ジャンの狂気的な破壊道は遊牧民の屍の上から始まる。
とまあ、あくまでこれはアレックス・サーガで起きること。
破壊のジャンルートではなく、再生の俺ルートを進むためにはジュシンさんの協力は欠かせない。
つまり決して死なせたりしない。
しかし、やがてラスボスになる男と一進一退の攻防を繰り広げた男が今や遊牧民の中で一番協力的というのは、きっかけ次第で人間なんてコロコロ変わるもんだと気づかされる。
とまあ、そういうわけで、三日もしないうちに、藍の部族から多額の援助資金がころがりこんできた。
いったいどんな話術を使ったのか、流石はジュシンさんだと俺は感心しつつ、このお金、大事に使わせていただきますと藍の部族にお礼の手紙を送った。
七部族の中で唯一、藍の連中だけは信用できないとわかったけれど、今はそれ以上深追いするのは止めて、様子を見ることにする。
この件は俺とサラとジュシンさんだけの秘密になるだろう。
今は他に優先するべきことが山ほどあるからね。
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