第20話 やがてラスボスになる男、主人公と共同戦線を張る

 七つの遊牧民と休戦協定および友好条約を結ぶと、詳しいことはまた明日ということになって、一旦、解散することになった。


 大軍がそれぞれの場所に戻っていくのを見たアッシュじいやは俺の賭けが上手くいったことに気づいていたようで、俺とサラが戻ってくると大層喜んだ。


 一方、母上は地元の酒を飲みまくったうえに爆睡していた。

 空のグラスを大事そうに抱え、よだれをこぼしながら腹をさらけ出す母上のいびきを耳にしたサラは言った。


「坊っちゃま、蹴ってもよろしいですか」


「すまないが耐えてくれ」


 その後、俺の味方になってくれた蒼の長がじいやに恩義を感じていたことを話すと、じいやは懐かしそうに笑った。


「功を焦って帝国に挑んでしまった無謀な若造と大昔に会いましたなあ。まさか蒼の長になっておったとは。いやあ若い時分から良いことはしておくべきですな」


「おかげで流れが変わったよ。結構ギリギリだったんだ」


 こうして城に戻って来たけれど、赤と黒の長は「認めねえかんな」と最後までツンツンしていたし、この協定を長く続けるためにはまだまだ努力と工夫が必要だろう。


 そう。いつまでもめでたいめでたいと言ってはいられない。


「随分と大胆なことを仰いましたな。この地を二度と水で苦労させない。そう約束してしまったと。あなたのことだからホラ話でもないのでしょうが」


「そりゃそうだ。大変なのは確かだけど」


 この地に水があれば革命と言って良いほどの変化が起きることは、俺だけではなく大昔の時代からとっくにみんな気づいている。

 いろんな人たちが大事業に手を突っ込み、しくじってきた。

 それもまたイングペインの歴史なのだ。


「ここから東の、イングペインの境に小さな国があるだろ。ご先祖様がが遊びすぎて借金を山のように抱えちゃったせいで、今の王様まで農作業してるっていう……、何だっけ? バクダン?」


「ブルダンのことですか?」


「ああ、それそれ。あそこと仲良くなろう」


「いやいや、およしなさい。得るものがひとつもない国ですぞ」


 黙ってやり取りを聞いていたサラまでじいやに同調する。


「いろんな国に借金をしているという噂です。きっと、たかってきます。たかりたいのは私達の方なのに」


「そうかもしれないけど、実はあそこに天才がいるんだ」


「はあ?」

「どういうことです?」


 じいやもサラもきょとんとするばかりだが、俺にはわかるのだ。

 だって読者だからね。


「魔法と科学を融合させて、実りの少ない土地でもやっていけるだけの技術をモノにした凄い人がいるはずなんだ。今はまだ子供だけど、彼に会うべきだと思う」


 俺の言葉にサラもじいやも圧倒された様子。


「坊っちゃまはそんな先のことまで考えてらっしゃったのですか?」

「なぜそんな情報を先に掴んでいるのです?」


 正直に答えられない質問を浴びて、どう返事すればいいか迷っていると、唯一の理解者が替わりに答えてくれた。


 そう、アレックスである。


「わたしわかるよ! すっごく変だけど、すっごく頭の良い子が誰かに見つけて欲しいって願ってる! ジャンに会えたら凄く喜ぶよ! 早く行ってあげて!」


「お、おお、この子があのアレックス殿ですか」


 突然の登場にうろたえるじいや。

 あの歴戦のツワモノですら、アレックスの気配に気づかなかったらしい。


「サラのおじいちゃん、今日からよろしくね!」


 元気よく挨拶すると、今度はその矛先を爆睡する母上に向ける。


「ジャンのお母さんもよろしくね!」


 眠る母上にボディプレスをかます勢いでジャンプするが、


「ああ、よ~寝たわ」


 母上が絶妙のタイミングで起床したため、アレックスの体はびったーんと床に直撃した。


「よ、避けた……」


 信じられんと目を見張るじいや。

 偶然だと思うが、奇跡的なタイミングではあった。

 

「あ~ジャン、帰ってたん? お土産は?」


「すいません。無いです」


「ああ、そう。なんかまだ眠いから部屋で寝るわ」


 おやすみ~と酒瓶片手に階段を登る母上。

 一方、アレックスは床に伏せたままうめく。


「痛い……」


「大丈夫ですか?」


 サラが笑いをこらえながらアレックスを起こす。


「私、ジャンのお母さんとはずっとこんな感じかも……」


「間違ってないかもね」


 俺は笑いながらアレックスの頭に手を置いた。


「ブルダンに手紙を書くよ。なるべく早く会おうって」


「うん。絶対やって。私はトーリとオーレンにお願いしてくるね。人をいっぱい集めてくるって! そうしたらジャンも嬉しいでしょ!」


 これには驚かされた。

 ひとつの説明もしていないのに、アレックスは俺が何をしようとしているかわかっている。

 天才というか、もう超能力者の域だ。


「ありがとう。お願いして良いかな?」


 うんうんと頷くアレックス。


「任せて! 私、ジャンがして欲しいこと、全部やるからね!」


 バイバイと手を振ると、アレックスは全速力で城を出て行った。


「行ってしまわれた……。本当に鋭い子ですな。危険すぎるほどに」


「猫だってさ」


「は?」


「トーリさんが言ってたんだ。まるで猫みたいな子だって」


 銀の弓と一緒に行動しているかと思うと突然いなくなることがあるらしい。

 二、三日の不在は当たり前で、ひどいときには一週間帰ってこないときもあるが、だいたい他の部族の宿営に勝手に寝泊まりしている。

 しかもその間に、その部族の小さな揉め事や、部族間のトラブルを解決していたりするので、アレックスが現れてから七部族はまるで争わなくなった。

 そんなことを繰り返しているから、アレックスはほとんどの部族から天使のように可愛がられ、なんなら一生ここにいていいんだよと言われるまでになるが、だいたいその時点で姿を消していることが多いという。


「まさしく猫ですなあ」


 笑うじいやの横で、サラは大真面目に呟いた。


「坊ちゃまとアレックス様が共に動けば、この地は本当に楽園になるかもしれません。そんな気がします」


「そうだな。正直言うと、俺もそう思ってる」

 

 だって主人公とラスボスだぞ。

 本来手を汲むことの無い両者がタッグを組めば、なんだってできるじゃないか。

 そう思うだろ?

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