第19話 友達を増やす

「仲間ぁ?」

 

 リーダーのほとんどが「仲間」という言葉に面食らう中、俺は一気に畳みかけていく。


「この土地はずっと皆さんのものでした。それがほんの二百年くらい前に当時のベルペインの王が自分の土地だと言い張っただけで、ベルペインがこの地方を支配する正当性はそもそもないと思っています」


 俺の言葉にリーダーの顔色が変わる。

 こいつは今までと違うと感じてくれたかもしれない。


「だからこう言うべきだったんです。俺達をこの土地に生きる同士として認めて欲しい。七つの部族に加わる、新しい部族として」


「ふむ」


 円周率なら千桁くらい楽に暗記できそうな人が大いに頷くのが見えた。


「あと、俺が言ったところでどうにもなりませんが、皆さんの土地にあんな城を無断で建てたことも謝罪します」


 静まりかえるリーダーたち。

 後方で俺の話を聞いていた戦士たちも黙り込む。


 ずっと争ってきたベルペインと遊牧民の歴史が変わるんじゃないか。

 その転換点にいるのではないか。そう感じているのだろう。


 この沈黙を破ったのはやはりこの男。

 円周率なら一万桁くらい楽に暗記できそうな人、紫のリーダーがリラックスした面持ちで口を開いた。


「ベルペインの王子よ。君の言葉がベルペインの総意であれば素晴らしいことだが、これはノヴァク王の意思ではなく君個人の考えだね?」


「その通りです」


「であるなら、君が我々と協定を結ぶというのも、君の独断になるね?」


「はい。父祖たちと同じく、王はこの地を独占することを望んでいます」


「では、仮に我々と君が手を結んだとして、ノヴァク王がそれを不快に感じて君を謀反人として扱う可能性はあるかね?」


「それはないです。父は自分ではなく第三者の手にかかって俺が死ぬのを望んでいます。俺と皆さんが争い、俺が負けることを待っている。それだけです」


「なるほど。興味深い」


「それに父は古い人間なので、俺を殺せば本当に悪魔が攻めて来ると信じ込んでいます。俺を殺したいけど殺せないんです。そういう人です」


「そうか。という事実を作りたくないのか」


「はい。ですから俺と皆さんが手を組んだと聞いても、命令に逆らったことに不機嫌になるとは思いますが、それ以上のことはしてこない。する覚悟が無いんです」


「面白い」


 鋭い目で俺を吟味する紫のリーダー。

 さすが十万桁の円周率なら楽に言えそうな男。

 短い合間にありとあらゆる可能性を考慮しているのかもしれない。


「ジャンといったか。私は君と手を組むことに同意する」


 この発言に驚いたのは赤と黒の長たち。


「待てよ、紫! お前らだって、さっきこいつに仕掛けたじゃねえか!」


「確かにした。しかし考えが変わった」


「おいおい……」


 頭を抱えるヒゲマッチョ。


「本当にベルペインと組むっすか? 何のためにここまで頑張って鍛えてきたんだか……」


「わかってないな。手を組むのはベルペインではなく、この少年とだ」


 その言葉に苛つくのは赤のリーダーのヒゲマッチョである。


「その少年が他ならねえベルペインの王子だろう! こいつの国に俺たちやご先祖がどれだけひでえ目に合わされたか、忘れたのかよ!」


「ひでえ目に合わせたのもベルペインだ。この少年ではない」


 ああそうですか、わかりましたよ! と、紫の長に吐き捨てると、赤と黒のリーダーは肩を組んで叫んだ。


「俺たちは認めねえ!」

「そうっすよ!」


 彼らの意思はこうだ。


「ベルペインの奴らを根絶やしにするまで、俺たちは血を吐いても闘う! ずっとそうして来たんだ! 今更変えられるかよ!」


 するとトーリが両手をあげながら話し出す。


「あたしは変えるよ。みんなを集めといて申し訳ないけどね。この子を見てたら、考えが変わった。変えざるを得なくなっちまった」


 その転換に失望を隠せない武闘派たち。


「らしくねえなトーリ。まさかビビったのか?」


「ビビったんだよ。情けないけどね」


「何だと……?」


 そのときだった。


 あまりに動かないのでファストフード店の入り口にある置物にしか見えなかった仙人みたいな人が、いきなり立ち上がった。


「赤と黒のバカども、まあだわからんのか」


 老人が一歩進むたびに戦士達が静かになっていき、赤と黒のリーダーは後ずさっていく。


「長老……」

「長老がしゃべったぞ……」

「やばいことが起きる……」


 蒼い弓のリーダーである老人は杖を持ってゆっくりと俺に近づく。


「このお方が繰り出した魔法は古の神の魔法だ。このお方が本気を出せば今頃全員死んでおったのだぞ! 千の命を背負う長になってもそれに気づかんようなら剣を捨てて今すぐ家に帰れ!!」


 獣の遠吠えのような叫び声にびびり出す二人のリーダー。


 この人が怒ると、他のリーダーたちも一斉に黙り込む。

 若い頃は相当激しい人だったのかもしれない。


「このお方を追い返したら、かわりにやって来る城主はまたまたまたまたろくでもない奴にきまっとる! そんなこともわからんやつは舌を噛んで死ね! 岩に頭打って死ね! 枕に顔突っ込んで息止めて死ね!」


 死ねの三段活用に脅え出す戦士達を尻目に老人は俺の前に立ち、ビックリするくらい優しい眼差しで話しかけてきた。


「アッシュ殿は息災かね?」


 俺は驚いた。


「ご存知で?」


「ああ。向こうは知らんだろうが、わしは忘れることなどできん。生意気に北の帝国に喧嘩を売り、返り討ちにあって瀕死で逃げ回っていた若造のわしらを、あの方はたった一人で守り、仲間の元まで運んでくれた。立場が立場ゆえに旅の傭兵と身分を偽っていたが、後になってベルペインの騎士団長だとわかった。いやはや本当に強いお方だった……」


「知らなかった……」


「アッシュ殿のような猛者がおりながら、あんたは頼らなかった。子供二人だけで来た。それだけであんたに敵意がないとわかったよ。あんたは命をかけて自分の価値を証明した。あんたは信頼できるお方だ」


「……ありがとうございます」


 俺は目の前の老人だけでなく、城にいるじいやにも礼を言った。


「お若いの。聞かせてくれ。あんたはそのありあまる力で何をしたい? 大事なのはそこよ。この土地でいったい何を為そうというのか、教えておくれ」


 決まっている。

 やがてラスボスになる男はこの土地の城主になると、人の限界を超えた破壊と暴力でこの土地を地獄に変えた。


 なら俺はその逆を行く。


「この土地を、ベルペインを超える豊かな場所にしたいんです」


 うんうんと老人は頷き、さらに問うてくる。


「その方法は?」


「水です」


 アレックス・サーガにおいて何度も語られる言葉がある。

 俺はその言葉を引用した。


「水さえあれば、ここは楽園になるはずです」


 俺は円卓の上にあったイングペインの地図に向かう。


「話をしてもよろしいですか?」


 そう問いかけた俺を見る長たちの表情で、どうにか勝ったと気づいた。

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