第18話 遊牧民を殺さない
バンホーと呟いただけで、体が膨れて破裂しそうな感覚に襲われた。中の臓器が全部出てきそうな気がして、思わず口を塞ぐ。
全身が焼けるように熱い。
血が逆流する。
目玉が取れて地面に落っこちそうな感覚。
どちらが上でどっちが下か。わからない。
浮いているような気もするし、どこまでも落ちていっているような気もする。
これはひどい。
二度とやらないとすぐ誓った。
だが効果は抜群だった。
何もかもがゆっくり見える。
俺とサラに向かって牙を向く無数の矢が全部で何本あるか数えきれるくらい、遅く見える。
手の中に強烈なエネルギーが溜まっているのがわかったから、それを空に向かって放り投げると、飛んでくる矢のほとんどが上を向いて空に上がっていく。
一本の弓矢を素手で掴むと、紫の部族が持つ旗の中で一番でかいやつ目掛けて投げた。
三人がかりで持たないと立たせられないくらい太い木に縛られていた巨大な旗が、子供が投げた矢を喰らっただけで真っ二つに折れていく。
そして俺は叫んだ。
「俺たちをさえぎるものはすべて生命を失うぞ!」
冗談でも脅しでもなく、本当にそうなりそうだったから、頼むからどいてちょうだいってつもりで言っただけなんだけど、臨戦状態だった紫の戦士たちは俺の叫びを聞くや電撃を浴びたように震え上がり、
「退け、退けっ!」
蜘蛛の子を散らしたように逃げていく。
「何とかなった……!」
サラも無事だ。
一体何が起きたのか戸惑っているようだけれど。
どうにか目的地に辿り着くと、俺は術を解除し、馬を降りる。
サラがすぐに近づいてきた。
「坊っちゃま、お見事です」
平静を装っているけれど、汗びっしょりで、顔も真っ赤だ。
しかしどこにも傷はない。それだけは良かった。
「サラ、これからだぞ」
自らに言い聞かせるように呟きながら、長たちが集う野営に向かって歩く。
しかし、すでに大勢の戦士たちが武器を手にして待ち構えていた。
「これ以上、進ませるわけにはいかん!」
声だけはでかい、しかしすべての戦士に怯えの色が見える。
バンホーの術が相手の心にダメージを与えてくれていたようだ。
「通してくれ。話をしたいだけだ」
それでも戦士たちは退かない。
ここを抜けられたら本当に長たちと接触させてしまうから、それだけは絶対にしたくない。
だけど、このおっかない子供と相手するのも嫌。でも行かせたくない。相反する気持ちがぶつかり合っている。
そんなジリジリした空気を壊したのが、アレックスだった。
「もう戦っちゃだめ!」
集団をかき分けながら全速力で俺に飛びついてきたので、俺は笑顔になった。
「な? すぐ会えたろ?」
しかしアレックスは涙目で首を振る。
「なんであんな怖い魔法を使ったの? 死んじゃうかもしれなかったのに」
「いやあ、何の問題もなかったさ」
「……本当に?」
「ああ。この通りピンピンしてるだろ?」
本当はガチボコにやばかったのだけど、主人公相手に格好つけたい俺の気持ちをどうかわかって欲しい。
「どけ、銀の娘!」
赤い胸当ての戦士たちが騒ぐ。
「お前はどっちの味方だ!」
「両方だよ! わからないの? このまま戦ってもジャンに勝てるはずないよ! みんなに死んでほしくないから言ってるの!」
その言い方が戦士たちのプライドに傷をつけたらしく、一斉に騒ぎ出す。
こんな小僧に負けるはずあるか。
俺たちを誰だと思ってる。
そんな感じの怒りが渦巻くなか、話のわかる男、オーレンが追いついた。
「アレックスの言うとおりにしろ。皆、下がれ」
優しく、それでいて厳しい眼差しで戦士達に訴える。
「どうあがいても、この子には勝てない」
オーレンの言葉で、戦士たちはそれぞれの武器を下ろしていく。
その中をかき分けるように俺とサラは歩いていく。
もはや俺たちを止める戦士はいなかった。
――――――――――
当然のことながらリーダーは七人いる。
見知った顔は銀の弓のトーリだけ。
「まさか、こんなことをしでかすなんてね……」
静かに俺を見るトーリは大勢の戦士を束ねるのにふさわしい風格を持っているが、残りのリーダーもそれぞれに格があった。
バキバキのマッチョもいれば、円周率なら五百桁くらい簡単に記憶できそうなくらい頭の良さそうなリーダーもいる。
もうかれこれ千年くらい生きてる仙人みたいな老人もいれば、こんな緊迫した状況なのに欠伸しているおっさんもいる。
「この大軍を見れば、利口なあんたのことだから片意地張らずに逃げてくれると信じてたんだが、あんたを甘く見てたね」
トーリは妙に嬉しそうだが、その横にいたひげマッチョの機嫌はたいそう悪い。
「ただのガキにここまで突破を許すなんて、俺たちゃいつからこんな腑抜けになった?! 特に銀、お前らだ! どうして俺たちの邪魔をした。どうしてこいつを助けた! そもそも招集をかけたのはテメエだろうが!」
ええおら、やんのかこら、と迫る赤い盾のリーダーに対し、トーリは全く動じないどころか、倍の迫力で睨み返す。
「この子は話をしに来ただけだ。手ぶらで白旗掲げてやって来たこの子を殺したら末代までの恥さらしだよ。逆にあたしは聞きたいね。子供に向かって弓を射ち、槍を構えるあんたらにイングペインの民としての誇りがあんのかってね!」
その言い争いに黒い毛皮を着た男が割りこむ。
俺に弓を射ってきた黒の部族のリーダーだろう。
七人いるリーダーの中では一番年が若いので必然的に敬語になってしまうようだ。
「こいつがベルペインでなんて呼ばれてたか知ってるんすか? 呪われた悪魔の子ですよ! ノヴァクはこいつを送り込んで俺らに呪いをかけようって魂胆に違いねえっす。こんなのと関わらないほうがいいんすよ!」
すると俺の後ろに貼りついていたアレックスが意地悪く呟いた。
「バカみたい。そんなのあるわけ無いじゃん」
「ああ?! またお前っすか!」
血管切れそうなくらい怒り出すが、アレックスはあっかんべーと舌を出して今度はサラの後ろに隠れる。
「もう我慢なんねえ。今日こそぶん殴ってやるっすよ!」
拳をあげてアレックスに近づこうとする大人げない黒のリーダーであったが、
「アレックスを泣かしたら、あたしが承知しないよ!」
トーリが闘牛のような迫力で黒の長に立ち塞がる。
ええおら、やんのかこら、というメンチの切り合いに赤の長のヒゲマッチョまで加わり、乱入してきた俺を放置したまま一触即発の状態。
そのとき、ずっと眠そうにしている緑の剣のリーダーがついに口を開いた。
「まずはこの子の話を聞くべきではないのか? わしにはお前らの方がよっぽど子供に見えるぞ」
「……」
キツいことを言われて静かに下がるリーダーたち。
やっと静かになったところで、俺はすぐに口を開いた。
また揉めると嫌なので、いきなり結論から入る。
「俺たちを皆さんの仲間に入れてくれませんか」
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