第17話 勝負に出る

 神和魔法をマスターするため、丸一日部屋から出なかった。

 もう自分でも何しているのかわからなくなるくらい意識がもうろうとしてきたので、そのあと八時間ぶっ通しで寝た。


 サラが部屋をノックしたのはそのあとのこと。


「坊ちゃま、七部族から使いの者が来ています」


「そうか」


 いよいよ来た。


 部屋を出て下の広間に降りると、母上が朝っぱらから酒を飲んでご機嫌だった。


「あら、ジャン、疲れは取れたん?」


「ええ、おかげさまで」


「ここの地酒、マジうまいよ。お店で売ったらいいのに。あんたも飲む?」


「ええ。15年くらいたったら」


「いいねー」


 相変わらず能天気な母を見るかぎり、これから何が起ころうとしているか全く聞いていないようだ。

 うん、それでいい。


「母上、サラと少し見回りに行ってきます」


「あら、そう。気をつけてね~」


 グラスを持ちながら軽く手を振る母に笑顔で応え、俺とサラは中庭に向かう。


 その道のりで、また厄介な頼み事をしなければいけなかった。


「サラ、やばくなったら俺は魔法を使おうと思ってる。危険な奴だ」


「はい」


 静かに俺の言葉を聞いてくれるサラ。


「うまくいけば何の問題もないが、もし俺が魔法の副作用に負けておかしくなったら、サラに何とかして欲しいんだ」


 その言葉の真意をサラは理解したはずだ。

 肩がびくっと震えたのを見ればわかる。

 それでも彼女は聞いてくる。


「何とかする、というのは?」


「遊牧民に討たれるよりかは、サラに刺されたほうがいい」


 この作戦に彼女を同行させた理由をはっきり述べると、サラは割と強めに抱きついてきた。


「坊っちゃま、その言い方は卑怯です」


「すまん」


 ただそれしか言えなかった。


 そして中庭に降りると、二頭の馬を丁寧にブラッシングするじいやがいた。


「それでは殿下、軽く片づけてきてくだされ」


「ああ、軽くな」


 そして俺は後ろをついてくるサラに一声かけた。


「最初は俺が出る。少し中にいてくれ」


 黙って頷くサラ。

 じいやと話す時間を作ってあげたかった。


 城門を抜けると、小高い丘から見る壮絶な光景に息を飲んだ。

 イングペイン特有の赤茶けた大地の上を、七部族の全兵が陣取っている。

 

 赤、蒼、緑、黒、藍、紫、そして銀の旗があちこちで風に揺れていた。

 

「凄い数だな……」


 こんなにたくさんの戦士、馬、武器。

 ハリウッド映画の戦争物でしか見たことがない。


 あれはほとんどCGだったけど、俺が目にしているのは全て本物だ。

 この迫力を見たら、ベルペインがいくら仕掛けても勝てないとわかる。

 本物のジャンがえぐい手段で全滅させたのも仕方ないとすら思えてしまうほど、相手の物量は圧倒的だった。


――――――――――


 青いケープをまとった若い戦士が一人で城門の外に立っていた。


「七部族を代表してきました。蒼の槍のオーレンと申します。この度、新たにこの地にやって来た城主に我らの総意を伝えるためにやって来ました」


 丁寧に頭を下げる紳士的なオーレン。

 しかし彼がこれからすることは紛れもなく宣戦布告である。


「祖先達が常にしてきたように、我らはベルペインに従うつもりはありません。この地において一切の干渉を拒みます。あなた達が何をしようと、私達は剣と盾を持って最後まで戦い抜くでしょう」


「そうでしょうね」


 あっけらかんとした俺の態度にオーレンは若干戸惑いを見せるが、それでも使者として選ばれただけの度量を見せつける。


「七部族の意思はこうです。蒼の槍と銀の弓は、あなたが懸命な判断をするための時間を与えるべきと述べました。しかし赤の盾と黒き兜は今すぐにでもこの城に弓を射つべきだと述べました」


「なるほど」


「お互いの意思をすりあわせた結果、今日の太陽が最も高い位置に昇るまでの間。私達は待つことにしました。それから私達は全精力を賭けてこの城を落とし、ベルペインの皇太子であるあなたを斬る。それが七部族の総意です」


「伝えてくれてありがとう。寛大な処置にも感謝します。サラ、来てくれ」


 門が開くと、サラが白旗を二本、肩に乗せてやって来た。

 後ろを二頭の馬がおとなしく付いてくる。


 その姿を見てオーレンは安堵したようだった。


「降伏を……。極めて賢明な判断です」


 しかし俺は言った。


「降伏はしません。これはあくまでも戦うつもりがないという意思です」


 俺とサラはオーレンの目の前で武器を捨てはじめる。

 腰にぶら下げていた剣も、隠し持っていたナイフも、術の効果を強くするための指輪も、全て地面に置いていく。

 さらには胸当てや手甲も外し、武器や防具を一切身につけていないことをアピールした。


 当然のことながらオーレンは戸惑う。


「いったい何を?」


「あなた達のリーダーは一番遠くにいますね」


 七つの旗が円を描くように置いてある陣が遙か彼方に見える。

 目的地はあそこだ。


「そこまで行くだけです。それでは」


 馬に飛び乗ると、サラから白旗を一つ譲り受け、肩に置く。


「サラ、音を聞き逃すなよ!」


「承知」


 俺とサラはついに敵陣に向かって馬を走らせていく。


「おい、何考えてるんだ!」


 やめろ、とまれと叫ぶオーレンの声がドンドン小さくなっていく。


 急勾配の坂道を駆け下りながら、少しずつ相手との距離を縮めていく。


 白旗担いで二騎で特攻をかける子供の姿には、経験豊かな戦士達も戸惑う。


 白旗担いだ敵を射って良いのか?

 手ぶらだぞ、射っていいわけない。

 だが放っておいたらやばいだろ!


 そんな戸惑いと混乱の叫びが耳に入ってくるなか、サラが叫んだ。


「道を開けろ! 我らに戦う意思はない!」


 だったらなんで突っ込んでるんだということになるが、二騎の勢いが凄すぎて戦士達は自然と道を開けてしまう。


「七部族のすべての長に告げよ! ベルペインの王子ジャン・グラックスが停戦を申し込むと! 我々が来るまで待っていろと!」


 サラの絶叫を耳にして戦士達は動揺する。


 停戦を申し込むために七部族の長が集う陣まで非武装のまま突っ込む。


 バカか、こいつら。

 そう思っただろう。


「王子! 留まりたまえ!」


 後ろからオーレンが猛スピードで馬を走らせてくる。


「その意思、確かに受け取った! しかしこのままでは危険だ!」


 オーレンという男、馬術に関しては俺やサラを軽く上回るようで、あっという間に横付けしてくる。


「今は我々の陣にいるから安全だが、これ以上奥に進むのは危険だ。赤い盾はあなたを殺すことに躊躇が無い!」


 そうか。今は蒼い槍の陣を駆け抜けているから、皆オーレンの言うことは聞く。


「構えるな! 相手は武装していない! 武器を置け、絶対射つな!」


 俺たちの意思を汲み取って攻撃を止めてくれるオーレン。


 こんなカッコイイ人がアレックス・サーガに出てこないのは勿体ない気がすると思ったけど、そりゃそうだ。俺が殺しちゃうんだよな。


「ありがとう。だけど止まるつもりはありません! サラ、少し右に寄せるぞ!」


「承知……!」


 サラの息が少し上がってきているのがわかる。


 蒼い槍の陣を抜けると、目の前に緑と藍色の旗が見えてくる。緑の剣と藍の鎧は俺をどうするかについて意見を保留していたグループだ。

 

 俺とサラが突っ込んできても、武器を構えず、静かに道を開けていく。


「感謝する!」


 俺はそう叫びつつ、彼らの陣中を突きぬけていく。


 全体の半分を超えたあたりだろうか。

 まだまだゴールまでは遠い。

 しんどくなるのはこれからだ。


 前方から砂煙が上がっている。

 さらに赤い旗と黒い旗がせわしなく動くのも見える。


 さっさと城を攻めて俺を殺そうと意気込む赤い盾と黒き鎧が戦闘態勢に入ったのだ。


 その姿を見た銀の弓の戦士たちが騒ぐのが聞こえる。


「射つんじゃないよ!」

「相手は子供じゃないか!」


 しかし相手は叫ぶ。


「手ぬるい!」

「戦だぞ! 子供も大人も関係あるか!」

「これは何かの罠だ! 長たちの前に辿り着かせては危険だ!」


 そして地鳴りを起こすような太鼓が響く。


「坊ちゃま! 仕掛けてきました!」


 俺より早く、サラが相手の攻撃を察知した。

 遠くから雨のように弓矢が降ってくる。


「左に迂回するぞ!」


 敵の弓矢を避けるため、また二つの部族と正面衝突を避けるため、大きく左にコースを変える。

 白い旗を槍代わりにして弓矢をはたき落としつつ、なんとか攻撃を避けきる。

 

 しかし赤と黒の部族は凄い速度で俺たちを追いかけてくる。

 やっぱり馬の扱いに関しては叶わない。


 距離がドンドン縮まっていく。


 そして正面に待ち構えていたのは銀の弓の戦士達。


 ありがたいことに彼女らは俺たちの味方でいてくれた。

 

 しかも道を開けるだけでなく、


「早く行きな!」

「あいつらを止めるよ!」


 俺たちを追ってくる赤と黒の二部族を足止めまでしてくれる。


「いける……!」


 そう思ったのも束の間、正面に紫の旗が見える。


 緑や藍の部族と同じように態度を保留していた紫の部族であったが、この状況を前にして戦うことを選択したらしい。


「弓矢隊! 構え!」


 屈強な男たちが豪快に弓を引き絞る姿が見えてくる。

 正面からあんなパワフルスローを喰らったら流石に避け切れない。


 おまけに弓矢隊の前には甲冑を着た兵士が横並びになって一斉に槍を構えている。


 まずい。もう戦闘準備が整っている。

 

 後戻りはできないし、左右に避けようとしても赤と黒の部隊と出くわす羽目になる。


「やらなきゃダメか……!」


 覚悟を決めた。


 頼む。何事もなく、思い通りになってくれ。

 そう強く願いながら、俺は呟いた。


「バンホー……、頼む!」


 やがてラスボスになる男の究極奥義を俺は使った。

 たぶん、本来の予定より15年くらい早く……。

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