第16話 ヤバい魔法に手を出す
翌朝、約束通りトーリは部下を連れてイングペイン城を空にした。
人っ子ひとりいなくなった、がら空きの城に俺たちは容易く入り込み、実に三年ぶりに奪われた城を取り戻した。一滴の血も流さずにだ。
城内には約束通りの物資が置かれていた。
馬は八頭。食料もたんまり。おまけにここでは超貴重な水までたっぷり。
さらには武器と防具を手入れした状態で譲ってくれた。
ここまでしてもらって逃げないというのも恩を仇で返すみたいで気が引けるが、ここで退いたら俺たちだけでなく、遊牧民にも不利益になる。
そこをわかってもらいたい。
ただ余計だったのは、酒まで残してくれたことだ……。
サラが顔をしかめるくらいのアルコールの臭いを放つ酒樽を見た母上の喜びといったらなかった。
「地ビール! おお地ビール! 私の恋人!」
酒樽に抱きつき、もう二度と離れないと頬ずりまでするが、
「遊興にふける前に、ここを掃除しますぞ!」
じいやがどこからかモップとホウキを持ってきて、母上に押しつけた。
「え~、やだ~、爺さん一人でやってよ。私女優よ?」
「答えになっていない! さあ早く!」
文句ばかり言う自称女優のお尻をちりはらいで軽く叩きながら、じいやは母上と一緒に奥に消えていく。
俺を見て小さく頷きながら。
母上もまだ25歳。
じいやからすれば娘がもう一人できたようなもんだろう。
もし万が一、俺が今度の戦いで死んでも、じいやなら母上を保護してくれる。
そこも考えた上でじいやには残って貰うことにしていた。
もちろん死ぬつもりはない。
サラも同じだ。傷ひとつ付けさせない。
そのために俺にはやるべきことがある。
「サラ、じいやに伝えてくれないか、悪いけどしばらく掃除を手伝えない。部屋にこもってやりたいことがあるって」
「承知しました」
「あと大きな白旗をふたつ作っておいてくれ。サラは馬に乗れるか?」
「問題ありません。坊ちゃまは?」
「大丈夫だと思う」
俺は無理だが、ジャンの体ならいけるだろう。
「時が来たら声をかけてくれ」
こうして俺は最上階にある倉庫のような場所にこもった。書庫で見つけた一冊の本をお供にして。
――――――――――
このアレックス・サーガの世界には三種類の魔法が存在している。
ひとつは標準魔法。
学校で勉強すれば子供でも物を浮かすくらいのことはできる程度の低レベルなもので、極めれば拳銃のような殺傷力を持つ魔法を繰り出せるレベルにはなる。
相当な訓練が必要だけれども。
ふたつめは古代言語魔法。通称古代魔法。
かつて存在していた古の魔法帝国がつくりあげた超強力なもの。
いわば地球における近代兵器だ。戦車、戦闘機、ドローン、ミサイルに近い。
これを扱える人間はアレックスサーガの世界でもごく少数であり、その存在自体が核のように丁重に扱われる。
ちなみにジャンもアレックスも古代言語魔法を子供の頃から扱えるというチートキャラであり、俺が身につけた殺さないための護身術も古代魔法の初期レベルで習得できるものだ。
さらに三つ目も存在するが、これが超レアな存在。
古代魔法を作り上げた魔法帝国が存在する前、人と神の距離が今よりずっと近かった時代に作られたという。その名も
神話ではなく、神和だ。
ここまで来ると本当にあったかどうか定かではなく、古い本でしか出てこない、おとぎ話を盛り上げる要素のひとつに過ぎないと思われていた。
しかしこの魔法をジャンはやってのけた。
王家の書庫に眠っていた数々の資料や伝承から知識を得ると、独学で神和魔法の再現に成功した。
とても立派な努力だが、世界中の人々をそれで皆殺しにするんだから困ったもんである。
しかし、ジャンは成人するまで神和魔法を使わなかった。その理由を彼は作中、はっきりと語っていた。
「未熟な体で神魔法を行使すれば持たないとわかっていた。だから待った」
神魔法を使っても耐えられる体になるまで、ジャンは自重していたのである。
だからこそ、満を持して神魔法を使ったときのジャンは喜びのあまり半狂乱になり、アレックスが決死のダイブでジャンを止めるまでの間に、ジャンはベルペインの全ての土地を焼け野原にした。
まあ、俺はそんなことしませんがね!
とはいえ、この状況を打開するために神魔法を習得しておくべきだとは思う。
やがてラスボスになる男、ジャンが子供の頃やらなかったことをあえてするのだ。死んじゃうかもしれないけど。
「バンホーか……」
この神魔法を使うと、身体能力が著しく向上する。
いわば超絶ドーピング。
誰でもバーサーカーになれる魔法だ。
術に耐えられないと敵味方関係なくぶっ殺しちゃうらしいし、術が効きすぎると体がもたなくて木っ端微塵になるみたいだけど……。
それでも使いこなせれば、一騎当千の力を手に入れられる。
たった二騎で敵陣を駆け抜けても、耐えられる力だ。
「やるしかない……、よな」
俺は覚悟を決め、バンホーについて書かれた古代の資料を開いた。
それからしばらく、術の訓練に没頭した。
時と場所を忘れ、ひたすら実践と修正を繰り返した。
そのしんどさを例えるならば、食べたら気を失うくらい辛い粉末を口の中にたっぷり入れ、飲み込まず、かといって吐き出さず、一時間以上耐える。
そんな感じに近かった。
実際、数分、気を失うことも何度もあったけど、俺は信じた。
ジャンの肉体に賭けたのだ。
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