第15話 決意する
俺とサラは速やかに城を出た。
闇の騎士に扮装していたじいやを重装備から解放して一緒に野営地に戻ったら、母上は既に爆睡していた。
眠っている姿だけ見れば女神のようだけど、動き出すとただの駄目な人になってしまう。
まあ、俺の話を聞いたらきっと騒ぐだろうから寝てもらって正解だった。
「なるほど、これまた恐ろしい子供がいるようですな。殿下が来るとわかっていたとは運命を感じますが……」
「私、あれほど俊敏な人を感じたことがありません。一切の気配も無く、気づいたときには坊ちゃまへの接触を許してしまいました……」
一瞬でアレックスの凄みを感じ取ったサラ。
あまりに圧倒されたのか、敗北感ではなく、珍しい動物を見たときの感動を味わっているようだ。
「正直言って、俺はあの子がいる状態で遊牧民と戦っても勝てないだと思っている。何をやろうとしても先読みされるのが落ちだ」
「いやいや! アレックスという子供がいるいないの問題ではないでしょう! 相手は大勢、こちらは三人! 戦になるはずが無い!」
しかし俺は眠る母上を見る。
「いちおう四人って言ってやってくれよ」
ほげえーっと情けない寝息をかく母上であるが、じいやはそんなことお構いなし。
「ここは素直に族長トーリの配慮を受けとるべきです。明日の朝、必要な分の食料と武器を持ってここを離れましょう」
しかしサラは納得がいかないらしい。
「ここで負けてはベルペインの王子としての坊ちゃまの立場が危うくなります。せっかく幽閉から抜け出して自由になれたのに、またどんな罪を着せられるか」
しかし、アッシュじいやは優しく孫娘に話しかける。
「サラ。もう国なんぞにこだわる必要はない。もはやあの窮屈な国に、殿下やお前のような優れた才能を抱え込む器はないのだ」
「お爺さま、まさか国外逃亡を……?」
「逃げることは恥ではない。国を捨て、生き延びて、時を待つ。殿下お得意の魔法を使って自決したと見せかければ、追ってくるものもおるまい」
騎士であることに誇りを持っていたじいやに「逃げよう」と言って貰えるのは光栄の極みであるけれど。
「俺はもう少し、粘ろうと思ってる」
「何か策がおありで?」
「策ってほどじゃ無い。とにかく相手の誤解を解きたい」
「誤解とは……?」
「あの人達は俺が戦を仕掛けて自分たちを服従させに来たとピリピリしてるんだろう。だけど俺にそんな気は無い。そもそも無理だ。三人、じゃなかった、四人しかいないんだぞ」
「ここを離れるつもりはないが戦うつもりもない。ではどうなさるおつもりで?」
「そこなんだが、はじめに言っとくべきだった。俺はそもそもここを支配しろなんていう父上の沙汰に従うつもりが初めからなかったんだ」
そして俺はここで何をしようとしていたか、初めて皆に告げた。
「まず二人に聞きたい。王様とか遊牧民の長だとか、そういうのを全部取っ払って単純にどちらが信用できるかだけを考えてほしい。俺の親父殿とトーリさん、どっちが信頼できると思う?」
「無論、トーリ様です」
「でしょうな」
「そういうことだ。俺はここに戦をしに来たんじゃない。仲良くするつもりで来た。それをトーリさんや他の部族長にもわかってもらいたい」
俺の考えをはっきりさせると、じいやは考え込む。
「つまりあなたはこの地の七部族と和平条約を結びたいと考えておられる。であるなら、相手にもそれが最善の選択であると思わせねばなりません。殿下は自分の価値をどのように証明するおつもりで?」
じいやの言うとおり、俺と手を組むとこんなにいいことがあるよというアピールは絶対必要だ。
そこもそれなりに考えてはいる。
「もうしばらくすれば連合軍はこの城を囲む。七部族のリーダーが一つの陣に全員集合するってことだから、そこまで直談判しに行こうと思う」
「魔法を使って忍び込むと?」
「いや。正面から敵陣を突破して長のところまで丸腰で突っ込む」
俺の言葉にじいやもサラも絶句する。
静かな夜に母上のいびきだけが鳴り響いていた。
しばらくの沈黙の後、口を開いたのはじいやだった。
「相手が不可能だと思っていることを成し遂げることでこの人ありと圧倒させる。力こそすべての遊牧民を納得させるための実に効果的な策ですが」
「だろう?」
「しかし相手は当然攻撃を仕掛けてきますぞ。すべて避けきれますか?」
「とりあえず白旗掲げて突っ込んでみる。そんな奴を殺そうとするのは武人の名折れだから誇り高き遊牧民はきっと仕掛けてこないと思う……、多分」
「いつもより言葉が弱いですな」
苦笑するじいや。
「そこまで考えているのであれば、いまさら止めても無駄でしょう。しかし条件を一つ出します。私も連れて行くことです。一人ではなく二人で行くべきだ」
しかし俺は首を振った。
「それはできないんだ。じいやの名前はこの地でも知られている。ここでじいやに頼ったと言われてしまうと効果が薄れてしまう」
その言葉の真意をサラはしっかり理解してくれたらしい。
「では、私が行くべきですね」
「すまないが、そうなんだ……」
大事なことをサラ本人に言わせてしまったことに俺は罪悪感を覚えているが、正直、サラがいてくれると本当に助かる。
「サラがいてくれれば、少なくとも銀の弓は確実に俺たちを狙ってこない。トーリはそういう女性だ。むしろ他の部族が俺たちを攻撃しても、それを止めてくれるかもしれないだろ」
あまりに楽観的な考えだけれども。
「何より、ただの子供がふたりだけで敵陣突っ込んだ事実はけっこう凄いエピソードになる気がしないか?」
じいやは腕を組んで深く深く考えると、やがて大きな溜息を吐いた。
「あなたは私に騎士としての栄誉ある死を与えてくれないのですな。私にとっては戦いもせずに見ている方がよほどしんどいのですが」
「ははは。確かにじいやにはベッドの上で眠るように死んでもらいたいね」
「なら、枕元にはあなたがいてくださらないと、私も死ぬに死ねません」
「わかってる。必ず戻る」
俺はじいやに固く誓った。
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