第14話 やがてラスボスになる男、やがて主人公になる女と出会う

 アレックス。

 アレックス・サーガにおける紛れもない主人公。


 いつか会いたいと思っていた。

 仲良くしたかった。なんならいっそお付き合いしたかった。


 しかし、早い!

 早すぎるよ、アレックス!


 作中でジャンとアレックスが出会ったのは第二巻の中盤だ。


 ベルペインからの独立に成功し、一人の国王としてデビューしたばかりのジャン。

 ベルペインは謀反を起こしたジャンとこれ以上戦い続けるのは無謀だと判断し、仕方なく和平交渉に出向く。

 アレックスはそんな交渉団の雑用係として参加していた。


 アレックスを一目見たジャンは、交渉団に加わっていた義理の兄であるガランに言う。


「兄上には過ぎた逸材だと思われます」


 それから三日後、締結したばかりの和平条約を早々に破棄したジャンは大軍をベルペインに送り込む。


 しかし成果は上がらなかった。


 ジャンの裏切りと奇襲を察知していたアレックスはガランに都を離れることを進言していたので、ベルペインは領土の大半を失ったものの、その戦力を失うことは無かった。これが後々、効いてくる。


 もぬけの殻になったベルペイン城を見たジャンはこの戦いを「初めての敗北」と認めると、死ぬまでぼやき続ける言葉をここで初めて口にする。


「あの小娘、あの場で殺しておけば良かった」


 やがてラスボスになる男ジャンと、主人公アレックスの最初の出会いである……。


 はずだったんだけど、それよりもずっと早い!


「こんにちは。あ、こんばんはだ!」


 玉座の後ろからひょっこり顔を出す可愛い女の子。

 間違いなくアレックスだ。


 アレックスはジャンよりも二歳若いので、今は五歳のはず。

 当たり前だけど幼い。無邪気の塊だ。


 体はまだ小さいが、その特徴的な丸い瞳は全く変わらない。

 そしてトレードマークといえるポニーテールも健在。

 こんな小さな頃から同じ髪型を続けているとは、着飾ろうという意思がまったくないのだろう。最終話までずっとそうだったし。

 

「ねえ、私が来るの気づいてた?!」


 いきなり俺に抱きついてくる。

 そばにいたサラがその気配に途中まで気づかず、慌てて止めようとしても間に合わないくらいの鋭い速さで抱きつく。


「あ、いや……。気づかなかった」


「そっか。でも私はわかったよ! すっごくつよくて、すっごくやさしい男の子がやって来るって!」


 ね、そうでしょと、トーリを見るアレックス。


「ああ、言ったね。目は見えないけど誰よりも強い女の子と、気は優しくて力持ちな爺さんと、どうしようもない女を連れてくるってね」


「当たってる……」


 特に三人目の評価がずばりだ。


「不思議な子だよ。この子を拾ったときから、あたしらは良いことばかりだ」


 アレックスを抱き上げるトーリ。

 彼女を見る瞳はまるで実の母のように慈愛に満ちていた。


「この子の言うとおりにしていたら、いつの間にやら最強の遊牧民。こんなデカい城まで手に入れちまった。今日のこともアレックスは気づいてたよ。あんたが凄い魔法で皆を眠らせてくる。もう逃げようが無いってね」


 その言葉にアレックスは嬉しそうに何度も頷く。


「うん。ジャンにありがとうっていわなきゃ駄目だよ。ジャンは本当は凄く強いから、モロウじゃなくて、モルウ・ガルを使うこともできたんだよ。なのにジャンは優しいからそれをしなかったの!」


 この言葉に俺は笑った。笑うしかなかった。


「……まいったな、全部お見通しか」


「わかるかい? この子は天才だよ。特に戦いに関してはね。誰に教わったわけでもないのに、剣も馬術もあっという間にモノにしちまう。魔法ですらね」


 そう。

 アレックスは戦いの天才だ。

 

 一度喰らった技は二度と喰らわないし、それどころか自分のモノにしてしまう。

 天才は生まれたときから天才なのだと他ならぬジャンがアレックスについて語った通りだ。

 

 てなわけで、俺は全く予想していなかった出会いに時と場所を忘れて立ち尽くしてしまい、頭が真っ白状態。

 そんな駄目な俺に替わり、サラがトーリに近づく。

 

「ぶしつけながら教えてください、トーリさま。こうなるとわかっていたのなら、なぜ退却しなかったのです?」


「会いたかったのさ。アレックスがここまではしゃぐのを見たことなかったしね。しかもこの子が会いたくてたまらないっていう小僧が、あのくそダメなノヴァク王の息子だってんなら、いったいどんな奴か、私も興味がどんどん湧いてきてね。で、アレックスが言うとおり、あんたも相当できる奴ってことがわかったさ」


「では、どうなされるつもりで?」


「交渉しようじゃないか。あたしたちはここを出ていく。馬と食い物と武器、全部置いていく。元々ここはベルペインの連中が建てた城だしね。速やかにお返しするよ」


「では私達に求めるものは?」


「今日のところは帰ってくれないか。部下が目を覚ましたらすぐに出て行く。それだけさ」


 サラが俺に耳打ちする。


「悪い条件とは思えないのですが、いかがします?」


 俺は即答する。


「もちろん受けます」


「よし、交渉成立だね! 話のわかる坊ちゃんで助かったよ!」


「皆様によろしくお伝えください。俺は逃げずに城で待っていると」


 その言葉にトーリは一瞬、硬直し、また豪快に笑った。


「たいしたもんだ! もうそこまでわかってるのかい!」


 俺もまた静かに笑う。

 どういうことかと首をかしげるサラとアレックス。


「この方は俺たちと戦うために残りの遊牧民を集めて連合を作るつもりだ。今までの遊牧民がそうしてきたように」


 その言葉にサラは激しく動揺する。


「そんなことをさせるわけには!」


 ナイフを構えるサラだったが、俺はまたしてもそのナイフを没収する。


「駄目だ。止める権利は俺たちにはない」


「しかし……」


「トーリさんは俺たちに時間をくれたんだ。馬も置いていくと言っただろ?」


 もう少ししたら全遊牧民で攻めるから、その前に逃げちまえという意味での馬なのだと俺はすぐわかった。


「なのにあんたは残ると言うんだね。逃げずに城で待ってると。いっとくが、そうと決まればあたしは手加減しないよ。子供相手でもね。他の連中もそうだ」


「わかってます」


 お互いの立場を尊重しつつ、それでも決して自分の意志は曲げない。

 そのピリピリした空気をアレックスはしっかり感じ取った。


「……ねえトーリ、ジャンと仲良くしないの?」


「ああ。いくらお前の頼みでも聞けないことがあるのさ」


 トーリはアレックスの髪を優しく撫でる。


「理屈じゃこのお坊ちゃんと仲良くした方が良いってのはわかる。けどね。ここで戦わなかったらご先祖様に申し訳がたたないんだ。イングペインの民として曲げちゃいけないことが、ここにある」


 胸をドンと叩く銀の弓のリーダー。


「トーリ……」


「許しておくれアレックス。お前だけはこの坊ちゃんと一緒に行ってもいいんだよ?」


「やだ! トーリと一緒じゃなきゃいや! ジャンと仲良くしなきゃいや!」


 駄々をこね始めてトーリを困らせるアレックスに俺は声をかけた。


「大丈夫。またすぐに会える」


「本当……?」


「ああほんとだ。だから今日は良い子でいるんだ。いいね?」


「……」

 

 小さく頷くアレックスに俺は微笑みを送ると、トーリに一礼し、サラの手を取った。


「さあ、戻ろう」

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