第13話 女戦士を殺さない
遊牧民たちに奪われた城を取り返さないといつまでも野宿生活。
かといって戦って奪い返すには数に差がありすぎるし、こんなことでいちいち戦ってられない。
ここは迅速に、策を使う。
アレックス・サーガの熱心な読者だった俺だからできる、先読みの策だ。
「母上、ここらに落ちている壊れた防具を使ってじいやを変装させることができますか。母上ならそういうの得意でしょう?」
着飾るのが大好きな人だから、他人をコーディネートするのも好きだろうと推測した。
「できないわけじゃないけど、求めるテーマはなんなのさ」
「巨大な闇の騎士って感じです。凄く怖そうで、凄くやばそうな感じ」
「なら、そのままでいいじゃん」
「……サラ、私が許可する。この女の喉を切り裂いてくれ」
「じいや、こらえてくれ。城を取り戻すために必要なことなんだ」
――――――――――
というわけで草木も眠る真夜中、俺たちは動いた。
まず、母上がそこらに落ちていた防具の残骸をかき集め、ゴテゴテにくっつけて、じいやを闇の騎士に仕立てた。
いわばプラモデルのランナーだけで無理矢理ロボット作ったって感じなのだが、思いの外母上はセンスがあったので、じいやは瞬く間に、ギザギザでバキバキでゴリゴリな鎧を着込んだおどろおどろしい全身鎧の騎士になった。
無論、母上は口しか動かさず、基本俺とサラが母上の手になっていた。
バラバラになった防具の残骸を素手で持つのは割と危なくてサラは指を切ってしまったが、母上はそれを見て「ドジねえ」としか言わなかったので、サラはますます母上のことを嫌いになっただろう。
こうしてゴシックめいた騎士に扮装したじいやは、ガシャガシャと音を立てながら城にのしのしと近づく。敵の弓矢がギリギリ届くラインまで接近してもらった。
野営地に捨ててあった号令用に使う銅鑼を母上がじょわんじょわんとぶっ叩いて場内の気を引く。
このタイミングで俺が大量の霧を放ち、サラが両手に松明を持ってじいやのそばを素早く動き回る。
すると霧の中から怪しい騎士の姿が浮かび上がってくる。
光と影の効果で、巨人のように見えたのか、城にいた女戦士達のざわめきがはっきり聞こえた。
角が二本、腕は四本、なのに足は三本という謎仕様だが、相手からすれば得体の知れない闇の戦士に見えるようだ。
「敵襲! 敵襲!」
「弓!」
「ハリネズミにしてやれ!」
無数の矢が雨あられと飛んでくるが、届かない。
たまに一発当たったりするが、重装備なので、コンっと音を立てて足下に落ちるだけ。
いろんな鎧をツギハギした超重量装備なので、ここまで歩いただけでじいやはヘロヘロだったが、それでも予定通り叫ぶ。
「陽が昇るまでにわしを倒さねば、お前らの城は勝手に落ちるぞ!」
ざわめく戦士達。
この土地の遊牧民達は日本でいうところの武士みたいなもの。
正々堂々と戦うことを信条としている。
たぶん今までこんなショボい、じゃなくて、変化球な作戦をしてくる連中はいなかったはずだ。
だから慌てる。
わけわかんないの来た! と動揺し、必要以上に考え込む。
敵の策だとしてもいったい何をするつもりなのか。そもそもどうすりゃいいのか。
話しあっても結論が出ない。
で、その間に俺はサラを連れてある場所に移動する。
実はあの城に繋がる抜け道があるのだ。
そんな情報を書庫にあった資料から知ったと皆には説明したが、実際はアレックス・サーガのおかげで前から把握していた情報だ。
戦ばかりのカスみたいなイングペインを押しつけられた若きジャンがどうやってここを一つにまとめ、彼の毒々しい覇道の足がかりとしたのか、アレックス・サーガの序盤でしっかり書かれているのだが、ジャンはその抜け道を存分に利用したのだ。
ちなみのその時点でジャンは20歳になったばかりだったが、ジャンに転生してしまった俺はまだ七歳である。
随分と早くこの地にやってきてしまったが、この地でジャンがやったことを真似すれば、この地を傘下に収めるのは簡単と思うだろうが、ここは用心するべし。
何せラスボスになる男である。こいつのやったことをそのままなぞったらこの土地から人がいなくなってしまうだろう。
実際、ジャンは本当にそうやったんだから……。
――――――――――
城を囲むように広がる森の中に朽ちた教会がある。
城に続く道はここに隠されている。
「このあたりだけ空気の流れが違います。狭い隙間に空気が吸い込まれているようです」
「流石に鋭いね」
瓦礫が積み重なった場所に地下道への入り口がある。
どんな男の怪力をもってしても持ち上がらない石の蓋だが、簡単な解錠魔法をかければ風船のように軽くなるので、片手で適当に投げ飛ばす。
人が一人通るのも困難に思える小さな穴がそこにあった。
この穴を通っていけば、やがて城に辿り着く。
しかしサラは言った。
「敵がこの道の存在を知らないとは思えません。待ち構えられて返り討ちに合うのでは?」
「かもしれないけど、心配いらないよ。だって通るつもりはないから」
「どういうことです?」
「今でも狭いのに、奥へ行けばもっと狭くなる。こんなとこ入ったら汚れるし、万が一雨でも降ったら溺れ死ぬ。ここはそもそも人が入っていい場所じゃないんだ」
「……では、どうやって?」
首をかしげるサラ。
その疑問はもっともだから、短く説明する。
「人じゃなく、魔法を送り込むんだ」
実際、ジャンもこんな汚いところに入りたかねえと、ある魔法を使った。
モルウ・ガル。
人に害を与える霧を発生させ、霧に包まれた人を徐々に死に追いやる。おっかない魔法。
つまり毒ガス。
ジャンはこの抜け穴に毒ガスを放ち、城にいた戦士たちを皆殺しにする。
デビュー戦でこれだから、恐ろしい。
とはいえ俺はそんなことしません。
代わりに使うのは得意の睡眠魔法。
モルウガルではなく、モロウガル。
毒ガスならぬ睡眠ガス攻撃。
抜け道の中を通る風に乗ってガスは奥へ奥へと進んでいき、わずかな隙間から城内に入り込み、城の中をすこしずつ浸食していく。
ちなみに俺が使うモロウという睡眠魔法には連鎖効果がある。
一人が眠れば、その近くにいるものにも魔法が感染していくのだ。
だから城の中で一人でも魔法を喰らえば、ドミノ倒しのように深い眠りに落ちていく。
さらに、さっきのじいやのこけおどし戦法のせいで城内は人が密集した状態になっている。効果の浸透はさらに早いだろう。
「あとは堂々と正面から城に行けばいい。みんな寝てるはずだ」
「お見事です。本当に戦うつもりがなかったのですね」
立案した作戦を説明するときに俺は皆に言った。武器を持っていく必要はないと。
「坊ちゃまは、いつも私の想像を超えていきます」
「いや、ここまでは上手くいったけど、相手のリーダーがどう動くか、まだわからない」
一応俺のプランはこうだ。
眠らした銀の弓のリーダーを、寝ているうちに拘束し、野営地まで拉致して、助けて欲しかったら城を明け渡せと戦士たちを脅す。
遊牧民は仲間意識がとても強いから、主を捨てるなんて絶対しないはず。
とはいえ、こういう状況に陥ったときの女性は強い。男より非情になれる。
リーダーの女性に「私のことはいい、こいつらをやっつけろ!」とカッコつけられたら、ちょっとめんどくさいことになるかもしれない。
こう考えると、殺すって楽でいいな……。やらないけどさ。
俺の想像通り、城内の戦士たちは夢の中。完全に無力化していた。
寝ながら戦争はできないと偉い人は言ったが、まさにその通りになったわけだ。
「サラ、つまづかないように気をつけてな」
そこら中で戦士たちが寝ているし、武器や酒樽が無造作に転がっている。
これではサラも歩きづらいだろうと心配になったが、
「ご心配なく。酒臭いだけでそれ以上は問題ありません」
スイスイと狭い足場を通っていく。
「坊っちゃまの睡眠魔法は余程のことがないと効果が切れないと聞きましたが、一応、程度を聞いておいてよろしいですか?」
「まあ、高いところから落とすとかしないと起きないね」
耳元で叫んだり、ちょっと蹴ったりしても起きたりしない。
この魔法を喰らったら少なくとも3時間以上は爆睡確定なのだ。
「ならば」
避けて歩くことをやめ、寝ている女性たちをどんどん踏みつけて歩いていく。
「やめなさい……」
「すみません。つい」
彼らにガキンチョと野次られ、悔しかったのだろう。
「ところで坊っちゃま、銀の弓のリーダーはどこでしょうか?」
銀の弓に限らず、それぞれの遊牧民を束ねるリーダーは利き腕にそれとわかる腕章を身に付けているとアッシュじいやから聞かされている。
「いや、ここにはいない。門を開けてすぐのところだし、リーダーであれば早々敵の目に触れる所にいるべきじゃないからね」
「であれば、奥の方へ」
「うん。高いところから探してみたほうがいい」
階段を使って行ける所まで登ってみると、徐々に人が少なくなっていく。
散らかっていた城内も少しずつ整頓された状態になってきて、いかにも王様がいる場所に近づいてきたって感じだ。
そしてリーダーはいた。
まさに玉座と呼べる場所に中年の女戦士が一人。
左腕に巻かれた銀の腕章は間違いなくリーダーの証。
その姿を見て俺もサラも身構えた。
起きている。
術が効かなかったのだ。
「やられたよ。まさかこんな子供にね」
ベリーショートの髪を手でくしゃくしゃにする。
「あたしは銀の弓のトーリ。あんたがジャンだね。王の息子なのにこんな田舎に飛ばされて、何かしたのかい?」
「自ら望んでここにきただけです。政治に興味がないもので」
俺の言葉をトーリは信用しなかったらしい。
「ふうん」
上から下まで俺を丁寧に観察している。
「驚きました。魔法が効かないとは、どんな対策をしたんです?」
単純な興味で聞いてみたら、トーリは豪快に笑った。
「あたしは何もしてないよ。この子の言う通りにしただけさ」
「この子?」
「紹介してやる。おいで、アレックス!」
その名を聞いて、失神しそうになったのは言うまでもない。
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