第12話 新天地に向かう

 翌朝、王都を抜け出した。

 

 やがてラスボスになるジャンもその短く濃い人生のどこかでここを飛び出したはずだが、それと比べ、遅かったのか速かったのかわからない。


 でもこれだけは言える。

 ジャンと違い、俺は一人ではない。


「この歳でイングペインとは……。まだまだ働かねばなりませんか……」


 あんなところに行くより、ずっと掃除をしていたかったと文句たらたらの元騎士団長アッシュじいや。

 俺の命の恩人であり、俺の師匠であるが、最近愚痴が多くなってきた。


「坊ちゃま、ザイオン伯爵シリーズでわからないことがひとつあるのです。伯爵の剣の流派は何なのでしょう」


 つまらないことを俺に聞いてくるのはアッシュの孫で、根がアサシン気質なサラ。目が見えていないけど、誰よりも俺を理解してくれる。


 ふたりともどんなことがあっても俺に付いてきてくれる信頼の置ける仲間。


 で、実はもう一人いる。


「ねえ、馬とかないの? 歩くのかったるいんだけど~!」


 ネフェル。

 やがてラスボスになる男の母。

 

 男遊び大好き、お酒大好き、着飾るの大好き、何よりお金が大好き。

 ひたすら己の欲するがままに生きる人。


「殿下、なぜあんなのを連れていくのです……。あなたを殺そうとした女ですぞ」


「まあ言うな。ほっとけなかったんだ」


 あのまま屋敷に置いておいたらガランに殺されそうな気がして、ついつい連れてきてしまった。


「ねえジャン~、お腹空いた~、歩けない〜、おんぶして~」


 もう動けないわよと地面に大の字になるが、誰も手を差し伸べたりはしないので、結局ブツブツ言いながら歩き出す。


 もう歩けない~、休みたい~と叫び続けるその姿は、俺にはもう女性版野比のび太としか思えなかった。


「坊ちゃま。お望みとあらば喉を切り裂いて二度と喋れないようにしますが」


 この前没収したはずなのにまた別のナイフを取り出すサラ。


「それは俺の望みじゃ無くて、サラの望みだろ」


 ナイフをまた取り上げる。

 

「母上、俺たちには馬どころか、ヤギ一匹買うお金もありませんといったでしょう? それでも付いてきたのはあなたなんですからね!」


「……ちぇっ」


 正直な話、明日の食事を買う資金もなかったりするので、これから縄文人みたいな暮らしをしていかなきゃならなくなった。

 

 某国民的ゲームだって旅立ちの資金として50ゴールドくれるってのに、こっちの王様ときたら援助ゼロだ。


 まあ期待していたわけでも無いけど、自分の領地を一文無しにして他国に攻められたらどうするつもりか。

 あ、そうなって欲しいのか。


 なにしろイングペインだからな。


 やがてアレックスを頭脳面で支えることになる軍師セミエンという男は、作中でイングペインについてこう言ったことがある。


「この地に少しでも水があれば楽園になっただろうに」と。


 確かに都市の繁栄に水は欠かせないけれど、イングペインには水がほとんどなく、ただ荒れ地が広がるだけだ。


 その大地の上を、七つの遊牧民がたくましく、したたかに生きている。


 彼らとベルペイン国はイングペインの支配権をめぐって何度も何度も争ってきた。


 この泥沼の争いこそがイングペインの歴史そのものだと言っていい。

 もうかれこれ五百年以上はぶつかりあっているはずだ。


 兵力や魔法力の差を見れば、誰だってベルペインが遊牧民を圧倒すると考える。

 歴代のベルペインの王もそう考えた。

 なにせ遊牧民たちは魔法を毛嫌いして生活に導入しない。

 ゆえにベルペインは彼らを原始人のように扱い、さげすんでいた。

 こんな猿みたいな連中、楽勝だと、今でも思っている。


 にもかかわらず、遊牧民は勝ち続けている。

 いまだにベルペインはイングペインのほんの一部しか手に入れていないし、それどころか、三年くらい前に自分らの本城まで奪われる大失態をしでかしている。


 その理由は何かと聞かれたら、それはもう実戦と訓練と経験の差だろう。


 七つの遊牧民は基本、部族間同士で争っている。


 しかし彼らは遊牧民同士の争いでは真剣を使わない。

 すべてが木製の武器で、当たったら自己申告で動かなくなるという、いわばサバゲーみたいなことを延々とやり続けていた。


 この事実を知っているベルペインの人間は多くないと思う。

 じいやは知っていたが、サラは知らなかったし、母上は俺の話を聞いてこう言ったほどだ。


「え? ここの人たち、毎日殺し合いしてるんじゃないの? 殺した奴の血を飲んで毎日生活してるんじゃないの?」


 んなわきゃない。

 なのに、本当にそう信じてる奴も多い。


 この世界にはネットもなければテレビもないし、ラジオもまだない。

 ようやく書籍や新聞が出始めた頃で、識字率を考えれば、まだ金持ちだけが読むモノだといっていい。


 ニュースなんてのは街の掲示板でしか得ることが出来ないし、だいたいその報道も自国に都合が良いように改ざんされている。

 俺がベルペインでいつまでも悪魔の子呼ばわりされるのはそれが原因。


 イングペインもそうだ。

 血みどろの内戦が続く、野蛮な連中がはびこる荒れた土地だと世界中が信じている。


 だが実際は違っていた。

 部族間の争いはスポーツと同じ。

 いざというときに七部族を一つにまとめる「長老」と呼ばれる指導者を決めるためのリーグ戦を毎年続けているようなものだ。


 だから他国からの侵入が来れば競技を中断し、一致団結して徹底抗戦する。

 もちろん、手に持つ武器はガチのガチ。


 だから「内乱」が続いたって土地は疲弊しないし人も減らない。

 むしろ増え続けている。

 毎日訓練してるようなもんだから強いし、外部からの進入者が来ればあっという間に一致団結して圧倒的強さで追い払う。


 ベルペインのような平和ぼけした連中がいつまでたってもイングペインを支配できない理由はそこにあったのだ。


 そんな連中を俺は相手にしなくてはいけない。

 なんの援助も無し、たったの四人で。

 

 遊牧民の底力をよく知る元騎士団長のアッシュじいやは、王の指示書を見て溜息を吐く。


「七つの遊牧民、すべてを支配下に置けと。偉大な名君達が成し遂げられなかったことを何の援助も無しで行えなど、不可能に近いですな」


「失敗して欲しいのさ。少しでもしくじれば、待ってましたとばかりに俺を蹴落とせるし、なんなら遊牧民に俺を殺させたいんだろう」


「我が子にそこまでしますか……」


「我が子じゃないんだよ」


 苦笑する俺の視界の先にはもちろんネフェルがいる。


「ねえねえ、城が見えてきた! あれでしょ、私の家!」


「あなたの家ではありません。坊ちゃまの家です」


 サラの指摘をガン無視しつつ、ネフェルはイングペイン城を観察する。

 その感想はずばりこれ。


「きったなーい!」


 確かに汚い。

 砂埃にまみれているし、植物が成長しすぎて城壁を侵食している。


「でも休める場所ならどこだっていいや!」


 さっきまで一番後方でだらだら歩いていたのに、ゴールが見えた途端に生き生きする人。

 そんな調子のいい人にアッシュじいやは冷たく言った。


「御前様、あの城は三年前から遊牧民に奪われたままですぞ」

 

「え、うそ」


 ホントだよとばかりに一本の矢が母上の足下に飛んできた。

 もの凄い速さで俺の背中に隠れる母上。


「そういうの先に言ってよ!」


 汗だくでじいやを睨みつける。


「申し訳ない。あえて黙っておりました。いっそ射たれてくれればなと」


「このじじい……」


「さあ、私達の本当の家はこちらになります」

 

 城から逃げるように細い道を歩いて行く。


 その姿を見ていたイングペイン城にいる連中が太鼓をじゃんじゃん叩いて挑発してきた。


「ベル公の役人は失せろ!」

「あたしたちは自由だ!」


 ベルペイン国を悪く言うときはベル公というのか、ためになったなと勉強してしまった俺。

 その後ろにいた母上もおやっと首をかしげる。


「あんれまあ、みんな女子じゃん」


 確かにヤジのひとつひとつが甲高くて可愛い感じ。


「今、この地で最も強い遊牧民が蒼の部族で、その蒼の部族長の娘にあたる人が新たに作った集団が銀の弓だそうで、彼女たちがそうです」


 その銀の弓にイングペイン城を奪われたのが三年前。

 当時の城主がハニートラップにかかって城門を開けたらひどい目に遭ったという情けない理由で城はあっけなく落ちた。


 なすすべなく帰ってきた当時の城主を見て怒った俺の親父殿は即座に処刑を命じたそうだ。自分も母上に同じようなことされたくせに、そういう所がダメなのだ。


「ほえー」


 七つの遊牧民にはそれぞれを象徴するカラーがある。

 彼女たちは銀を大事にするようで、自らを「銀の民」とか「銀の弓」と呼んでいるようだ。


 男なんかには縛られない、ベルペインなんかクソ。あたしたちは誇り高き銀の弓。といったところか。


「この城はあたし達のもんだ!」

「奪えるものなら奪ってみな!」

「じじいとばばあとガキんちょふたりで何ができるってんだ!」


 あとは帰れコールの雨あられ。


「ばばあってのは私のことかよ!」


 絶対殺すとばかりに石を投げようと城に走るばばあをガキんちょとじじいで必死で抑える。


 やっぱり連れてくるんじゃなかったか。


――――――――――


 女ばかりの遊牧民、銀の弓にイングペイン城を奪われてから、ベルペインはどこに仮の城をこしらえていたか。

 城から徒歩三十分くらいの距離に野営地をつくり、そこを城代わりにしていたのである。


 新しい城主が来たのだから、前任者と引き継ぎ業務をするべきなのに、もうだれもいない。もぬけの殻である。


 もうこんなところ、一刻も早く抜け出したいと思って飛び出したのかもしれないが、保管していたはずの武器や食料まで綺麗さっぱり無くなっているのはあんまりじゃございませんか。


「あり得ぬ……。いくらなんでもこれは……」


「王の指示だろうな。何もかも持ち出してさっさといなくなれって」


「殿下の言うとおり、あのお方は本当に我々の死を望んでいるようですな」


 さすがに憤慨するじいやだが、朽ち果てたテントの柱にナイフを無言で投げ続けるサラの方が怖かった。


 あまりに何もなさすぎる現場を見て母上は当然不満。


「ああもうジャンってば、めっちゃ嫌われてるじゃん。なんでなん?」


「母上がそれ聞きます?」

 

「坊ちゃま、こうなったらすべき事は一つです」


 サラがズバッと進言する。


「城を取り戻し、今度の城主は今までと違うことをすべての遊牧民に思い知らせるのです。そしてあの野蛮な女どもを串刺しにして城門に晒し、死骸の頭に火を灯して、照明代わりにしましょう」


「サラ、城を取り戻すだけで良いんだ」


「しかし殿下、銀の弓を相手にするとなると、この前のようにはいきませんぞ」


「わかってる。だから、俺に任せてくれないか?」


 実を言うと俺は勝利を確信していた。

 やがてラスボスになるジャンだからこそできる能力と、アレックス・サーガをよく知る俺だからこそできる作戦の融合で、あの城は難なく落とせるのだから。

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