第11話 兄弟と会う
王と非公式に面会した二日後、幽閉先に二人の人物が現れる。
彼らを見た俺は心の中で歓喜した。
だってアレックス・サーガの主要人物と初めて会えたのだ。
じいやは「過去の人」だし、サラに至ってはその名すら出てこない。
しかし目の前にいる男たちは違う!
しかもジャンの腹違いの兄と弟なのだ! これは上がるぜ!
てなわけで、俺に会いにやってきたのは、ノヴァク王が娼婦に産ませた腹違いの兄ガラン。
そして王が土下座してまで関係を迫ったメイドとの間にこしらえた腹違いの弟ミロシュ。
ガランはこの時十七歳で、ミロシュは三歳。いずれも初対面。
恵まれた体を持つガランはすでに立派な戦士。
一方、女の子のような顔と華奢な体をしたミロシュは、こんなおっかないところ来たくなかったって顔がバリバリに出ていた。
で、彼らにとって腹違いの兄であり、弟でもある俺はニヤニヤを隠すのに必死。
我が兄と弟、よく来たなあ! などと抱きしめてサインのひとつでも頂きたい衝動に駆られたが、キャラ的に間違っているから必死でこらえた。
それにガランもミロシュも自分たちから会いに来たくせに、警戒心丸出しで俺を見ている。
ミロシュに至っては半泣き状態で、絶対に俺と目を合わせないようにしようと、ガランを盾にして隠れている始末。
無理もない。彼らにとって俺は呪われし悪魔の子なのだから。
「私、ガラン・グラックスは王の使いとして来た、王の声を聞くように」
硬い表情で王の印が押された手紙を俺たちに見せるガラン。
この国では王の手紙と聞いたら問答無用で膝をついて頭を下げなくちゃいけない。この時の態度が悪ければ即死罪だし、手紙を読む方も、噛んじゃったりするだけで鞭を打たれたりするから、ただの伝言なのにえらい緊張感が漂う。
「きょ、今日をもってジャン・グラックスの謹慎を解く!」
幽閉ではなく謹慎とはよく言ったもんだが、まあ、それはいい。
読み手もいきなり噛んじゃったけど、それもまあ、いい。
「それと共に王位継承権をミロシュ・グラックスに譲渡せい! じゃなかった譲渡せよ!」
震えながら一枚の書類と短刀を突き出すガラン。
ミロシュくんに家督の権利を全部譲ることに同意しますよん、といった感じの内容が書かれているので、後はサインするだけだ。
「はいはいはい」
喜んでサインしますとばかりに、ノリノリで指を切り、流れる血で名を書く。可哀相にミロシュはこの一連の流れを見ただけで震えていた。
こんなひ弱な子供が成長するや名君と言われるようになるのだから、人は見た目じゃわからないもんだ。
「はいこれ。大事に持っておけよ」
俺は血判状をミロシュに手渡す。
「いろいろ辛いこともあるだろうが、一人で抱え込んだりするなよ」
セミエンって陰キャっぽい若者は後々役に立つから、そばに置いておけといいたかったが、それはやめた方がいいのかな。やめた方がいいんだろうな。
一方、噂で聞いていたのと違って優しいジャンにミロシュはビックリしている様子。
「あ……ありがとうございます……、兄上」
ぎこちなく頭を下げるミロシュ。
まだ礼儀作法が板に付いていない。
昨日まで町人だったのがいきなり皇太子だ。無理もない。
って、俺のせいか?
そんなやり取りを冷静に見ていたガランがわざとらしく咳をする。
「王の手紙はまだ続きがあるのだが」
これは失礼しましたと再び膝を突いて頭を垂れる俺たち。
「ジャン・グラックスをイングペインの城主として任命する。これがその証と指示である」
ずしりと重い巻物を恭しく受け取り、深く一礼した後、巻物をじいやに渡す。
その時のじいやの顔といったら、とんだ貧乏くじを引いたと言わんばかりのガッカリ120パーセント状態。
だが俺は満足している。
やがてラスボスになる男、ジャン・グラックスのスタート地点こそ、ベルペインの国境に位置し、ベルペインの火薬庫とまで言われたイングペイン地方なのだから。
「手紙は以上である。今日から三日以内に速やかにイングペインに入城するように」
「承知しました。明日の朝、発ちたいと思います」
王の手紙を読み終えたガランは大きく息を吐いた。
「突然使者に命ぜられたもので緊張してしまいました。色々と不備もあったでしょうが、ご勘弁ください」
「いえいえ。大役、ご苦労様でした」
「ですがこうしてあなたに会えたのは良かった。なにしろお礼を言えるのですから」
「礼、ですか?」
「当たり前です。あなたがノヴァク王に推挙してくださらなかったら、売女の息子が騎士になれるわけがない。ようやく私にも陽の目が当たったのです」
ガランは足下で口を半開きにしているミロシュの頭に手を置いた。
「あなたに誓います。この方とふたりでこの国を必ず強くすると」
「それは頼もしい」
俺は笑顔で答えたが、内心は複雑だった。
ガランの未来を俺は知っている。
ベルペインを強くすることにこだわりすぎて周囲と軋轢が生じ、結果的にジャンの反乱を成功させる隙を作ってしまい、結果、ジャンに殺されてしまうのだ。
当然、俺個人はガランを殺すつもりなど無い。
しかしガランのやり方があまりにワンマンなせいで周囲から孤立していく未来は必ずやって来てしまうだろう。
事実、ガランは過激なことを口走りはじめる。
「この国は商いに頼り過ぎている。金ですべてを解決できると誰もが思っているが、それは違う。絶対的な力には、力で対抗するしかない。ネフェルのような魔女を利用してこの国を脅かす帝国のようなならず者には特に」
その言葉に俺はあえておちゃらけた感じで笑ってみせる。
「あいにくですが、私の母は魔女でも何でもなく、ただの遊び人ですよ」
「私にはそうは見えないのです。あいにくですが」
「……」
一見穏やかで紳士的なガランの奥底にある敵意にようやく気づいた。
「私は誓います。兵を増やし、武器を増やし、魔術師を増やす。あなたがいつ悪魔を呼び寄せても対抗できるだけの人と力をこの国にもたらすのです」
「……」
「それでは失礼します」
こうしてガランはミロシュを連れて去って行った。
「なんだか嫌われてたな……」
溜息しか出てこない。
せっかくアレックス・サーガのレギュラーキャラに会えたのに、最後におっかないこと言われて嫌な気持ちになってしまった。
経験豊富なアッシュじいやはガランの闇を既に知っていたようだ。
「無理もないでしょう。娼婦の息子だと石を投げられていたのが、一夜にして王の認知を得て騎士になったわけですから。今までのうらみつらみを吐き出したくもなるでしょうし、誰よりも成功して皆を見返したいという野心も強いはず」
「で、悪魔の子である俺を倒してみせると」
「典型的なベルペイン人です。あなたを悪魔の子と信じて疑っていない」
「しかも本人の前で言うんだからな。挨拶にきたと思ったら宣戦布告されたよ」
「よほど自分に自信があるんでしょう。もともと優秀なお方とは思っていましたが、ああまで屈折していると若干不安になります」
じいやの言葉にサラは大いに頷いた。
「あの方をのさばらせておくのは危険と思われます。私に一言頂ければ今すぐにでも……」
愛用のナイフを取り出し、やっちまおうぜ感を出すサラ。
「おっかないこと言うなよ」
「ですが危険な芽は断っておくべきです」
言いながらナイフの刃をペロペロ舐めはじめるサラ。
「おっかないことするなって!」
サラの手からナイフをふんだくる。
「あの人は大丈夫だ。俺にはわかる」
ガランはいずれ騎士団長にまで登り詰める。
娼婦の身分から成り上がった経験もあって、遊牧民や平民など出自を問わず優秀な人材をスカウトし、宣言通りしっかりミロシュをサポートするのだ。
ごう慢になっていくまでの話だけど。
それにガランはアレックス・サーガという作品において、とてつもなく重要なイベントに関わる。
ガランは一人の少女を騎士に抜擢する。
敵国の難民で、しかも女性であるため周囲から猛反対されるなか、この少女が戦いの天才だと見抜いたガランは騎士団長の座を彼女に譲ることまで考える。
その少女こそアレックス。そう、泣く子も黙る主人公。
俺の初恋の子。可愛い。
俺がガランと会って狂喜乱舞したのは、ガランと接点を持っていれば、いずれアレックスに会えると思ったからなのだが、残念ながら敵認定されていた。
このままだと俺の初恋の人、アレックスに会う可能性がぐっと減ってしまう。
まずはガランと和解する必要があるな。
「まさか推しに会う前に男性キャラを攻略せんといかんとは……」
「は、何のことです?」
「ああ、いや。こっちの話だ。とにかくあのガラン相手だと、ちょっとプランを変えないとマズいぞ。サラ、また頼んで良いか?」
「何なりと」
「今から手紙を書くから、ある人に届けて欲しいんだ」
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