第10話 父を手玉にとる

 王に会いに行くといっても、幽閉された呪いの子が、王の居城にのこのこ出向いたら犯罪になってしまうので、ひとまずサラに動いてもらうことにした。


 母上が持っていた手紙の一部と俺からの書状をサラに持たせ、ノヴァク王に直で渡す。

 中身を見れば、いくら俺を嫌う王であっても会わざるを得なくなるだろう。


 待ち合わせ場所は王家の書庫。


 皆が寝静まった夜。

 少数の部下を連れてノヴァク王がお忍びでやって来た。

 大きなテーブルを挟んで、父と子が久しぶりに対面する。


 お化け屋敷にやって来た子供のように脅える王の姿を見て俺は苦笑した。

 フル武装した戦士と、貴重な魔術師まで連れてきたその用心深さが笑えたのだ。


「初めまして父上」


 彼に会うのも出産の日以来だから、意図的にそう言った。

 挑発的な俺の態度に王は怯んだが、自分ではなく魔術師に話をさせるというやり方で、どうにか威厳を保とうとする。


「その醜い顔を隠しなさい。あなたは聖なる方を前にしているのだ」


「わかっております」


 俺は着ていたローブのフードをかぶって顔を隠した。


「父上。人払いされたほうがよろしいかと」


 これから話す内容を思えば、誰にも聞かれない方が良いと思ったのだが、魔術師は王の前に立ち、これ見よがしに杖を構える。


「それはできない」


 まったく、そんなに息子が怖いのか。

 殺されるとでも思っているのだろうか。


「なら、このまま進めましょう」


 俺はネフェルが大事に持っていた手紙を声に出して読んでいった。


 ベルペインの民にとって恐怖の対象となる赤い瞳の子供を、王の息子として計画的に出産させて、ベルペインを内部から崩壊させる北の帝国の壮大な計画。

 ネフェルはそのために雇われた刺客である。

 

 いったいどうすればノヴァク王に近づけるか、手紙にはその手段が事細かに書かれていた。


「王は週に三度、決まった宿で娼婦を買う。この宿をまず買収すべし。没落した貴族の娘の振りをして王に近づき、娼婦になりたくないと言って王に泣きつけ。王は女を買うことはあるが女に好かれたことはない。また、まわりに持ち上げられ、中身もないのに自分を英雄だと思い込んでいる。王の言うことなすことすべて褒めて、好きだの愛しているなどと言い続ければ、例えお前が処女でなかったとしても、なんの問題も無くお前を気に入るだろう。なるべく早く王と関係を持ち、自分の子供ではないと気取られぬようにせよ。ことが上手く運んだ場合は……」


「もういい!」


 テーブルをぶっ叩いて王が叫ぶ。

 人払いなんかできねえと言っていた魔術師や騎士は、居心地が悪そうに視線をあちこちさまよわせていた。


「その手紙をすべてよこせ!」


「はいどうぞ」


 用意しておいたお皿に手紙をすべてのっけて、王のもとへ滑らせる。王は手紙を無造作に懐に突っ込むと、騎士の首根っこをつかんで叫んだ。


「すぐに行ってあのあばずれを殺せ。そしたらその首を北の帝国に送れ!」


 王はたいそうご立腹の様子。


「北との国交を断つぞ。商取引もすべて破談だ。この私に恥をかかせた報いを与えてやる!」


「お待ちください父上」


 俺はできるだけ優しく語りかけた。


「帝国なんぞ、放っておきましょう」


「ああ?! ここまでされて黙っていろと言うのか!」


「はい。黙ってろと言っております」


「き、貴様……」


「よろしいですか父上。あの国は何でもかんでも口に入れすぎて腹が裂ける寸前の大魚のようなものです。放っておいてもいずれ自滅します。父上のような明敏な方ならもうお気づきでしょう? あの国の限界を」


「む、ま、まあな」


「うんうん」


 嘘つけと呆れるが、実際俺は確信している。

 ネフェルを使ってベルペインを内部崩壊させようと企んだ北の帝国はあと六年くらいしたら内乱で四つに分かれる。

 あの帝国が滅んじゃったら世の中が乱れるんじゃね? と皆が不安に陥る中、大暴れするのが何を隠そうこの俺で、そこからアレックス・サーガが始まるのだから。


「かといってやられっぱなしでは私も悔しい。ならいっそ、相手の予想を上回ってみるのはいかがですか?」


「……どういうことだ?」


「敵は私と王が揉めに揉めることで国が乱れることを望んでいます。であれば、そんな策にかかるものかと連中に見せつけてやれば良い。ノヴァク王という男、なかなかやるじゃないかと帝国が舌を巻くほどの動きを見せつけるのです」


「……」


「例えばこんなのはどうでしょう。まず私を幽閉から解き、それから王位継承権も剥奪するのです。そのかわりお慈悲として、どこかの田舎に私を城主として追いやる。呪いをもたらす子である以上、後継者にふさわしくはない。けれども我が子を殺すことはしない。なんと素晴らしいお沙汰でございましょう」


「……」


「さらにこうしましょう」


 俺はわざとらしく天井を見た。


「たとえば~、王が娼婦に産ませた私の兄であるとか、給料を倍にするから抱かせてくれと土下座して関係を持ったメイドに産ませた弟のどちらかに、王位継承権を与えちゃう、とか」


「お、お前はっ……!」


 なんでそれを知っているんだと顔を真っ赤にする王。

 部下たちも王の庶子については初耳だったようで、あぜんとしていた。

 

 これはもう、アレックス・サーガの読者だからこそ知っている特権だ。


「騎士でもなければ貴族でもないふたりの子供のどちらかに王位継承権を与える。このようなこと他に前例がありません。だからこそ世界に衝撃を与えるでしょう。ベルペインの王は身分や人種ではなく能力を見る、実に寛大で優れたお方だと。そして帝国も気づくのです。この王にハンパな策は通用しないぞ、ああまいったまいった。もうちょっかい出すのは止めよう。こんな感じでいかがでしょう」


「お前が」


 王の手が震えている。

 大変怒ってらっしゃるようだ。


「お前が私に指図するというのか」


「私もベルペインの民です。何よりもこの国を思っております」


 心にもないことを平然と言ってのける俺。


「だからこそ民の目に触れぬよう、静かに暮らすつもりです」


「なら望むとおりにしてやる!」


 王は乱暴に立ち上がった。


「いずれ指示を出す。わかっていると思うがこの件、他言無用だぞ!」


「もちろんです」


 俺に背中を向け、イライラしながら去って行くノヴァク王。

 最後にこんな捨て台詞を残した。


「血の繋がりもない、奴隷の出の小僧に、この私が城をくれてやるとはな。お前は本当に呪われた子だ」 

 

 ――――――――――


 王が去った後、本棚に隠れていたサラとじいやがやって来た。


「幽閉が解かれて何よりでございますが」


 じいやは複雑な顔をしている。


「王が連れてきた騎士も魔術師もかつての部下でしてな。王の情けない話を知った以上、消されると思うと不憫でなりませぬ」


「それなら大丈夫だ」


「む?」


「サラに頼んで、お供の連中が持ってる武器に小さな紙を貼ってもらった。母上の屋敷にあった人形と同じやり方だな」


 ただの木製の人形から破壊力抜群の魔法が繰り出されたのは、人形のボディに古代言語で呪文が書き込まれていたからだ。


「もし彼らがどこかで刺客に襲われても、俺の仕掛けた睡眠魔法が発動するからひとまず命を奪われることはないだろう。その後どうするかは彼らが選ぶことだけど」


「お見事です」


 惚れ惚れと俺を見つめるじいや。


「七つになったばかりの子供が、あの王をたやすく手玉にとっておられる」


「それを言うならサラも同じだぞ」


 サラだって王の側近に気づかれずことなく、背後から忍び寄って彼らの装備に睡眠魔法を仕込んだ。

 この幼さで気配ゼロで動けるのは彼女の才能だ。


「本当に王都を出られるのですか? 実に勿体ない。あなたであればこの国の歴史を……」


「やめてくれ。俺が偉くなってもろくなことがない。ここを去るのが一番良いんだ」


 変に偉くなったらラスボスになっちゃうもん。


「貴方がそう言うのなら、そうなのでしょう」


 じいやは観念したように笑う。


「さてどこに送り込まれるのやら、森か、山か、ろくな場所じゃございませんぞ」


「私はどこまでも坊ちゃまに付いていきます」


 サラは力強く語ってくれるけれど、こうも言った。


「名残惜しいのはここに通えなくなることです」


 もうこの書庫とはお別れだとサラは思っているらしい。この場所を忘れてはならないと、埃とカビが混じった臭いをクンクンと嗅いでいる。


「確かにそうだな……。転移術に関する本だけでも持っていくか」


「では、役に立つ本をピックアップし、持ち出してからここを出ましょう」


「あ、ああ、そうだな」


 冗談で言ったつもりだったんだけど、まあ、こんな広い場所から数冊本が無くなってもバレないだろう。


 もちろん、サラがお気に入りの本も持っていくつもりだ。

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