第8話 敵を殺さない
「サラをどこに閉じ込めた?」
俺が一歩迫る度に隊長は一歩後ずさる。
「言わないときついのを喰らわす。ただし白状したら眠らせるだけにする。どっちにするか選べ。じいやにやられるより俺を相手にした方が痛い目見ないで済むぞ」
俺の背後ではじいやが練習用の木刀だけでバッタバッタと相手を失神させている。
「強すぎる!」
という兵士の悲鳴が聞こえてくるが、かつての騎士団長は老いてなお猛者だった。
この状況を見れば、もはや勝ち目がなくなったと隊長も気づく。
「くそっ!」
追い詰められ、やけになった隊長は闇雲に剣を振り回してきた。
「だから遅いんだって」
俺はあえてすれすれで攻撃を避けることで隊長の戦意を喪失させ、とうとうその場に尻餅をつかせた。
隊長はそばに落ちていた槍を拾い上げ、突き出してくる。
しかしそれもまた無駄な一撃。
「もう終わりにしよう」
眼前に迫る槍を片手でつかみ、へし折ってみせた。
「なんなんだお前はっ!?」
怪物じみた俺の力に脅える隊長。
「ああ、俺も驚いてる」
さすがはラスボスになる男。パワーも想像を超えている。
俺って男はいったいどこまで強くなるんだろうと、他人事みたいに自分の手の平を見ていたとき。
「坊ちゃま! 後ろです!」
俺にとって一番大切な声が聞こえてきた。
大急ぎで振り返ると、そこに見えたのは訓練用の魔法人形。
その体には古い時代の呪文が書き込まれていた。
『バルディア』
と書かれた文字を見た瞬間、俺の口も勝手に動いていた。
「ガーディス!」
人形の両手から放出された破壊的な炎の波動を、俺が反射的に繰り出した水が打ち消していく。
「サラ!」
俺がその名を叫ぶと、駆け抜けてきたサラが魔法人形の懐に飛び込み、持っていた短剣で人形を切り刻んで動きを止めた。
人形との戦いは一瞬のうちに終わったが、俺は内心焦っていた。
「けっこう危なかったな……」
あの人形はバキバキに改造されていた。
繰り出された術は古代言語魔法だ。
バルディスは炎の広範囲魔法、ガーディスは水の広範囲魔法。
書庫で古代魔法を勉強してて助かった。
おそらく魔除けの石塔を壊した時点でバルディス発動のカウントダウンが始まっていたに違いない。
俺がガーディスを繰り出していなかったら、敵味方関係なく、この場にいた全員が燃えて灰になっていたことだろう。
「くそ、なんなんだこれは……」
肩で息をしながらうめく隊長の姿を見て、俺は気づいた。
「そうか。お前たちも結局捨て駒か……」
皆があの人形を唖然と見つめている。
あの魔法人形からあんなおぞましい魔法が出てくることを連中は聞かされていなかったのだろう。
ここにいる連中は使い捨て。
そして連中を雇ったお偉いさんはおそらく北の帝国の豪邸でワインでも飲んでいるに違いない。
無慈悲な現実に気づかされた隊長の体はぶるぶる震えている。
怒りなのか、悔しさなのか、どっちだと思ったら、そのどちらでもない。
痛みだ。
隊長の腹部が真っ黒焦げになっていた。
そこから煙がわきだし、血が大量に流れている。
バルティスの熱攻撃を喰らってしまったらしい。
「しまった」
俺は隊長に駆け寄り、傷口に手をかざす。
「ごめん。全てを防げなかった」
回復魔法を使って火傷の進行を止め、開いた傷もすこしずつ塞いでみる。
作中のジャンはそれほど回復魔法が得意ではなく、そこらへんは部下のエッジという魔女に任せていたが、残念ながらここにエッジはいない。
とにかくできるだけの治療はやってみる。
「どうして助ける……」
苦しそうに俺をにらむ隊長。
「理由なんかいる?」
死相が出るくらい弱っていた隊長の顔がすこしずつ生気を取り戻していく。
俺的には回復魔法が効いたんで嬉しいんだけど、
「くそ、くそっ……、こんな子供に……」
相手には屈辱のようだ。
ひとまず息を吹き返した隊長をほっといて、汗まみれのじいやに声をかける。
「無事か?」
「ええ。かなりキツい魔法でしたが、殿下のおかげで助かったようです」
「ならよかった。で、そっちはどうなんだ?」
そっち呼ばわりされたサラは、しれっと俺の横に立っている。
「問題ありません」
確かに怪我はしていないようで安心したが、サラの姿を見ると敵の隊長は悔しそうに叫び出す。
「拘束していたはずなのになぜ抜け出した! お前が余計なことをするから、こいつを仕留めきれなかった!」
サラが人形を壊さなきゃ今頃死んでいたのにひどい物言いだが、深手を負っているのに怒ったりしたので全身に痛みを覚えたらしく、うーっとうなり出す隊長。
悲鳴を聞いてもサラは冷静だ。
「あれくらいの縛り、関節を外せば簡単に抜け出せる。甘く見ないでもらいたい」
「なんだって……?」
がく然とする隊長。
そもそも誘拐する相手を間違っていたと気づいて完全に戦意喪失。
また「くそっ」を連呼するので、
「もうあんたらは眠ってくれ」
隊長だけでなく、ここにいる兵隊全員眠らせる。
ようやく静かになった。
一方、サラの言葉に俺もじいやも呆れるばかりだ。
「おぬし、わざと捕まったな?」
じいやが厳しく問いつめてもサラは平然としている。
「怪しい足音を最近耳にするようになったので、いっそ捕まって誰が黒幕か調べてやろうかと」
「なら、誰が黒幕なのか、もうわかっているね?」
俺の問いにサラはただ頷く。その表情には陰りが見えるのは望んでいた結果ではなかったのだろう。
「残念ですが、坊ちゃまのお母さまは私が思っているようなお方ではありませんでした……」
辛そうなサラだが、もうそんなのはどうでもいい。
「サラ、こんなことはもうしちゃ駄目だ。二度と俺のそばから離れないように。これは命令だ。いいね」
「はい」
こくりと頭を下げる。
「サラ……」
こいつ、あんまり悪いと思ってないなと直感した俺は、ちらっとじいやを見た。
じいやが頷いたのを確認すると、俺は思い切った行動に出た。
渾身の力で抱きしめたのである。
「あ、え……、坊ちゃま……?」
初めてサラを困らせたかもしれない。
その点に関していえばいい気分だけど、この子がいなくなったわずかな時間が俺にとって苦痛だったのは確かだ。
「いいか絶対だ。二度と俺のそばから離れるんじゃない、わかったね?」
「は、はい。必ず……」
真っ赤に染まるその顔を見て、満足した俺はサラの手をとった。
「よし、あの人に会いに行こう」
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