第7話 最初の戦い

 門を抜けると、中庭に辿り着く。


 武器を構えた大勢の兵士が待ち構えていたが、俺たちを見るや大笑い。


「お前たちは馬鹿か!」

 

 襲撃者はたったふたり。

 しかもじいさんと子供。


「俺たちもなめられたもんじゃないか」

「悪魔の近くに居続けたせいでとうとう頭がイカれちまったらしい」

「おとなしく子供を殺しておけば良いものを!」


 罵詈雑言を浴びてもじいやは完全無視。周囲を素早く見回しながら、敵の数と位置を脳内に叩き込んでいる。


「おい、お前ら。悪魔の子ってのを殺した勇敢な戦士には俺から褒美を出すぞ!」


 隊長らしき男の提案に兵士たちはおおっと声を上げる。

 この反応を見る限り、こいつらはベルペインの生まれではない。

 となれば、やはり北の帝国の刺客か。


 母上、やはり北の帝国と繋がってたな。


「俺が行こう!」


 筋肉ムキムキの巨漢が、のしのしと近づいてくる。

 顔も四角、体も四角。

 戦うために生まれてきた男というか、戦うしか能の無い男というか。

 どうしてもぬりかべと呼びたい。本物のぬりかべには申し訳ないけれど、そうとしか見えなくなってしまった。


 このぬりかべがここでは一番強いと自他共に認められているようで、


「さすがだ!」

「お前しかいない!」

「見せてくれ!」


 歓声が巻きおこり、ぬりかべもそれに応じる。


「任せろ!」


 ぬりかべは巨大な槍を華麗に振り回して兵士たちを歓喜させると、どんっと俺の前に立った。そして俺を見るや、苦い食べ物を口に入れたあとのような顔をする。


「醜い子供だ。お前のようなゴミがここまで生きながらえてしまうとは。こうなった以上、この国の不幸の連鎖を俺が止めてみせよう」


「ああ、そうかい」


 相手が一騎打ちを選んだおかげで時間ができた。

 俺の右手には電撃がたっぷりチャージされている。


「死ぬがいい!」


 ぶっとい槍を突き出してきたが、横っ飛びで難なく避けた。

 

 槍が地面に穴を開け、土埃が舞う。


「少しはやるようだが、これは避けれまい!」


 今度は五連撃。

 上下左右と隙の無い攻撃だが、俺はそれも避ける。


「む?」


 あれ、当たらない、おかしいぞ。

 って顔が丸出しになる。


 俺も俺でちょっとビックリしていた。


「おい、本気か? 本気なんだよな」


 遅い。

 遅すぎる。

 ぬりかべの攻撃すべてがスローに見える。


 じいやと比べたらあまりにものろい。

 おまけに隙だらけだ。


 ためしに相手の懐に飛び込んでみぞおちに掌底打ちをかましてみたら、ぬりかべは片膝を突いて苦しそうに肩で息をする。


「おい本当か? そんなもんか?」


 あまりに弱いのでつい本音を言ってしまった。


 しかも後ろにいたアッシュじいやを見るという、戦いの中で決してやってはいけない「よそ見」までしてしまう。


「じいや、なんか弱いぞ」


 尋ねても、じいやは笑って首を振るだけ。


 こんな弱い奴にぬりかべとあだ名を付けてしまったら、本家に申し訳ない。


「立てよ。まだやれるだろ? しっかりしろよ」


 これらの行為が相手を怒らせるのに十分であったのは言うまでもない。


「このガキがっ!」


 ぬりかべの槍に炎がまとわりつく。

 持っている武器に魔法をかけて強化するというのはアレックス・サーガの世界では良くある戦法だ。


「消し炭にしてやる!」


 渾身の一撃(相手にとっては)が俺の顔面に向かってきたが、俺は柄の部分をしっかりとつかみ、炎もそのまま打ち消した。


「な」


 相手が驚いたのも一瞬のこと、俺の手から放出された強烈な電撃が、武器をつたって男の全身に広がっていく。


 ぎょえっと騒々しい悲鳴と共に男は失神した。


 この一連の動きを見たことで雰囲気が一変した。

 あれ、このガキ、もしかしてやばくない? 

 そう気づいた兵士たちが少しずつ後ずさっていく。


 じいやが動いたのはその時だ。


 敵が持っていた槍を拾いあげ、大きなモーションで魔除けの石塔目がけてぶん投げた。


 見事命中。

 崩壊した石塔の欠片が中庭まで振ってくる。


「殿下、煙を」


「わかった」


 両手をグーにしたまま、コツンと床にぶつけると、地面から大量の霧が湧き出して、瞬く間に三階建ての屋敷を覆っていく。


「煙幕だ!」

「退け、いったん退け!」


 さっきまでの余裕はどこへやら、一歩先の景色すら見えなくなったことで兵士たちはパニックになる。


 そこから俺とじいやは畳みかけた。


 一人、また一人と、少ない手数で確実にダウンさせていく。


 煙幕をはった俺には術者特権として煙の無い風景が見えるから好き放題動ける。


 しかしアッシュじいやに関しては、敵と同じ条件なのにもかかわらず、視界の悪さをものともせず的確な攻撃を続けていく。

 今の今まで、徹底的に相手を観察し、視界が悪くなったときの戦い方をイメージしていたのだろう。


 いきなり形勢が不利になったことで、隊長も動揺を隠せない。


「逃げるな! 相手はふたりだろうが!」


 叫んでも崩れた士気は戻らない。


「くそっ! どうしてこうなった!」


 動揺する隊長の前に立ちはだかるのは悪魔の子。


「お前が俺を殺せば褒美をやるなんて余裕かましたからだろ」


「……ぐっ」


「サラはどこだ。言え」


 俺は静かに、ゆっくりと隊長を追い詰めていく。

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