第6話 ネタばらしをする

 ネフェルが療養している屋敷は、王宮から徒歩で一時間以上離れた風光明媚な森の中にある。 

 そこに向かう道中で、サラを誘拐した犯人がなぜネフェルと判断したのか、約束通り説明した。


「王家の書庫のおかげで気づいたことがある。俺は呪われてなんかいないし、悪魔の子でもない。この目もこの髪も、たまたまなんだよ」


 本当は「遺伝」という言葉を使いたかったが、この時代ではまだ理解できないだろうし、説明するのも億劫だったから「たまたま」という言葉をチョイスした。


「その通りです。この国の愚かで古びた迷信を、王も、王の部下も、果ては民までもが信じてしまっている」


 ベルペインはかつて悪魔が蹂躙していた地獄のような土地だったが、祖先たちが高度な魔法で悪魔を封印し、汚れた土地を清めてから、そこに城を建てた。

 これがこの国の始まりだと、ほとんどのベルペイン人がガチで信じている。


 だからこの国の地下には先住人である悪魔たちが今も封印されていて、何かの弾みで封印が解かれたら悪魔との激しい戦になってしまうと、本気で考えているのだから、教育ってのは一つ間違えると恐ろしい結果になる。


 じいやがこのヤバい情報に染まっていないのは、じいやの一族が元々傭兵の生まれで、純粋なベルペイン人ではなかったからだ。


 商売は上手だけど戦は上手になれないベルペインの民がじいやのご先祖を大金で雇ったのが大昔の話で、そこから長い時間をかけてじいやの祖先はベルペインの民に混ざっていく。

 だが、ベルペインのつまらない迷信には決して染まらなかった。

 王家には絶対の忠誠を誓うべし、しかし王家の教えには命がけで抗え、というのが一族の家訓だったそうだから、教育って大事ね。


 つまり俺が産まれたとき、アッシュじいやだけが俺を悪魔でないと確信してくれたからこそ、俺はこうして今も歩いている。


 じいやと比べたら、ノヴァク王を代表とするベルペイン人は偏見の塊だ。


 地下に封印されている(はずの)悪魔を俺が呼び寄せて、いずれ戦を仕掛けてくると真剣に不安なのだ。


 だからこそ、ノヴァク王もその側近もその民も、俺を殺せない。

 彼らはサラを誘拐した犯人でないと俺が考える決定的な理由だ。


「ノヴァク王は悪魔の報復を本当に恐れているから、殺したくても殺せない。怪我をさせるのは良いが殺すのは駄目だと、近所の連中にサインを書かせてるくらいだからな」


「確かに……、どんな策を使おうと、であなたの命を奪うようなことを王はしないでしょうが……」


「だから母上なんだよ」


 俺は断言した。


「あの人も北の帝国の生まれだから、この国の迷信に染まってない。俺を殺しても悪魔が報復に来るなんてあり得ないと思ってる。それにじいやを出し抜いて、サラを誘拐できるほどの凄腕を雇える金も持ってるだろうしな」


「む……」


 曇るアッシュ。

 その通りだよ、どうしよう。という気持ちと、でも実の母が息子を殺すなんてあっちゃならんだろうという気持ちがぶつかりあっているようだ。


「解せませぬ。なぜ我が子に殺意を抱くのか……」


「可能性はいくつかあるが推測の域を出ないから直接確かめるしかないな。もともと聞きたいことが山ほどあったんだ。俺の父親はいったい誰で、そもそも誰の思惑でノヴァク王に近づいたのか……、まあ色々だ」


 ジャンは決して悪魔の子ではないが、ノヴァク王の子でもないだろう。


 アニメを見ている限り、ノヴァク王とジャンは似ている部分が一つも無いのだ。

 髪の色は違うし、目の色も違う。

 

 なら父親は別にいる。

 そう考えるのは自然なことだが、純然たる武人のアッシュには衝撃的な情報だったようだ。


「王の子ではないとは、どういうことです?!」


 驚くことばかりでとうとう石につまずいたアッシュに俺は言った。


「言ってもわからないよ。さあ急ぐぞ」


 俺たちは駆け足でネフェルの屋敷に向かった。


――――――――――


 ネフェル王妃が療養する屋敷。

 いかにも金持ちが住む別荘って感じだが、ピリピリした雰囲気がある。


 戦い慣れしたアッシュは一目見て屋敷のただならぬ気配に顔をしかめた。


「門番も巡回兵も徹底的に武装してますな。ただの療養でここまでするとは思えません。いったい誰の襲撃を恐れているのやら」


「そりゃ、俺の父上殿だろ」


「ノヴァク王? どうしてまた……」


 夫婦仲が悪くなったからと言って、国と国が争うわけでもないのだから襲撃するなんておかしいと考えたのだろうが、


「自分のしでかしたことが父に知られたら自分の命がヤバいことくらいあの人もわかってるさ」


「それはいったいどういうことで……?」


「それも今日、わかるかもしれない。どっちにしろ、ただのガキとじいさんのふたりだけで攻めてくるとは思ってもないだろう。その油断が俺たちの武器になる」


 俺の言葉にアッシュは驚く。


「本当に、踏み込むつもりなのですな?」


「ああ。サラの救助を第一に考える。母上にあれこれ問いただすのはそのついでだ。できなそうなら諦める」


「ふむ」


「ついでにもうひとつ。殺さないでいく。刃向かう相手であっても殺すのは最後の手段だ。このやり方は後々で効いてくる、と思う」


「なるほど」


「で、ここまで偉そうに言ってきたが俺には経験が無い。これから作戦の全権をじいやに委ねたい。これからの俺はただの駒だ。そのつもりで指揮を頼む」


 するとアッシュは上を見ろと目で促す。


「屋根の上に魔除けの石塔がございます。あれがあると、あなたの術は弱くなる。撤去するべきと考えるでしょうが……」


「それが罠ってことだな」


「ええ。石塔の周りにかなりの警護を付けているはずです。ノコノコ出向いては返り討ちにあうでしょう」


「だったらどう攻める?」


「正面突破。押し通るのみです」


「それ作戦か?」


 おもわず笑う俺。


「立派な作戦でございますよ。殿下の言うとおり、相手はたったふたりで突っ込んでくるなど思ってもいないのです。どうです?」


「面白いが、ひとつやってみたいことがある」


 俺はじいやにちょっとした策を打ち明ける。納得したじいやは俺の手を取り、門に向かってまっすぐ歩き出した。


 当然、二人の門番は警戒する。


 武器を構えて「なんだお前たちは?」と問いただしてくるが、男がアッシュだと気づくと、激しく動揺するのがわかった。


「お、お前、なぜここに?」


 敵は自分たちの素性をアッシュじいやには告げていない。

 誰がサラを誘拐したのか、じいやは知らないはずだと考えている。


 なのにアッシュじいさんが堂々とここにやって来たのだから、当然驚く。


 なんでここがわかったんだと。


「約束通り連れてきた。孫を返してもらおう」


 素顔を隠したままの俺を門番に突き出し、乱暴にフードをめくってこの子供が誰なのか、はっきりさせる。

 あのジャンがいると知ってさらに動揺する門番。

 顔を見合わせ、こそこそ話し合い、やがて苛立たしげに言った。


「手紙を読まなかったのか? 殺せと書かれていたはずだぞ」


 その言葉で十分だった。


「じいや、誰が犯人か、これで納得したな?」


「ええ。はっきりと分かり申した」


 俺とじいやは同時に動いた。

 俺は電撃で、じいやは得意の体術で、一瞬のうちに門番を落とす。


 門番が倒れたことを察知した魔除けの石塔が、激しい音を鳴らす。


「敵襲! 敵襲っ!」

「武器を取れ、持ち場につけ!」

「おう!」


「さあ殿下。もう後には引けませんぞ」

「わかってる。さっさと済ませるぞ」


 俺とじいやはなんの躊躇もなく屋敷の中に踏み込んでいった。

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