第4話 やがてラスボスになる男のいやし

 幽閉場所から書庫までの道のりは、ジャンにとって苦痛だったに違いない。

 

 これ見よがしに扉や窓をバタンと閉められ、通行人には冷たい視線を投げつけられ、ジャンを見るや逃げ出す人もいる。

 柄の悪い連中に絡まれることもあったが先日の電撃騒ぎで寄りつかなくなった。しかしガキどもは相変わらず石を投げてくる。


 とはいえ、は苦にしなかった。

 むしろドンドン投げてこいって気分だった。


 ガキどもの石投げは今の俺がどの程度強くなったか判断するためのバロメーター。

 日増しに避けるのが楽になり、飛んでくる石も遅く見えてくる。

 俺、頑張ってるじゃんと感じるこの瞬間が楽しみですらあった。


 しかし、サラを連れて歩く今日だけは違った。


「はっ! そや! ていやっ!」


 飛んでくる石を凄まじい速さでキャッチしていくサラ。

 坊ちゃまには傷ひとつ付けませんという意思が凄まじい。

 目が見えないハンデなんてお構いなし。

 様々な音を識別することで、子供らが何人いて、どこから石を投げてきて、どんな軌道で飛んでくるのか、完全に掌握できているらしい。


「なんだこいつ!?」

「全部とられた~!」


 子供らが脅えるのも無理はない。

 俺だって怖いもん。


「去れ! 愚か者!」


 キャッチした石を全部投げ返してやろうとばかりに腕を振り回すサラに子供らはとうとう泣き出していく。


「悪魔の使いだぁ!」

「こわいよう!」


 わめきながら逃げ散らかす子供たち。

 無理もない、俺だって怖いもん。


「では進みましょう」

「あ、ああ」


――――――――――

  

 王家の書庫。


 今日もまた魔術について書かれた本を探し、さらなるレベルアップを測る。


 今の課題は、会得した電撃魔法の発動時間を早くするというものだが、なかなか難しい。

 発生させた電力を、人をダウンさせる程度の威力に仕上げるまで約三秒かかっている。戦いにおいてこの三秒は遅すぎるのだ。

 それこそ指パッチンするたびに人が倒れていくくらいにしたい。


 そんなとき、術の詠唱を短縮する何ちゃら式という書を見つけて大いに興奮したのだが、作者がベルペイン人でないため、外国語で書かれていてほとんど読めない。

 

 まず外国語の勉強をするべきか、そんなものに時間を費やすより、今できることを徹底的に鍛える方が良いのか、今の俺は若干迷っている。


「どうするかな……」


 大量に積まれた本とにらめっこしていると、サラが隅で椅子にちょこんと座っていることに気づいた。


「あ、ごめん。本に夢中になってた……」


 目が見えない彼女にとって、ここは退屈だろう。


「私のことはお構いなく。怪しいものが来ないよう気を張っております」


「それはありがたいけど、つまらないだろう?」


「坊ちゃまの邪魔をするなと祖父に言われておりますし、私もこの時間を鍛錬に使わせて頂いておりますので」


「鍛錬?」


 よく見ると、座っているようで座っていない。


「空気椅子……!」


 ここに来てから15分くらい経過しているが、その間ずっと数センチの尻上げをやっていたというのか……!

 恐ろしいのは息切れもしてければ足が震えてもいないことだ。


「サラ、止そう! 少しは息抜きしてくれ!」


 思わず叫んでしまう。


「承知しました」


 ようやく椅子に座る姿を見て俺は安堵した。

 と、同時にじいやの策にハマっていたと気づく。

 

 追い込みすぎな俺を止めるために、俺以上にストイックな子を送り込むことで、俺を止める側にスライドさせたのだろう。

 彼女に休もうと言った手前、俺も休むしかなくなる。


「サラ、少し話をしないか?」

 

 今日はもうサラと話すだけでいいやという気になっている。


「坊ちゃまの邪魔にならなければ、何なりと」


「君がくれたこのペンダントは特殊な石で作ったものだと言っていたね。ベルペインには存在しないのかな?」


「はい。母は北の帝国の生まれです。その地でわずかに残る希少な鉱石を、母の家では代々お守りとして引き継いでいたと祖父から聞かされております」


「そんな大事なものをもらっていいの?」


「母の遺言に書かれてありました。私達の一族は騎士としてその一生を全うしなければなりません。私はご覧の通り、騎士として生きるには少々不利がございますので、この人だと決めた方にペンダントを渡すことで本懐をなせと」


「それが俺でいいのか? 俺の立場を知ってるだろ?」


「何の問題もございません。今日一日お会いしただけですぐわかりました。祖父の目に狂いはなく、坊ちゃまは私が仕えるにふさわしい方です」


 はっきり言い切るサラに俺は苦笑した。


「結論を下すにはまだ早いんじゃないのか?」


「見えないからこそ見えてくるものがございます。目の前にいる呪われた王子とか、悪魔の子とか呼ばれているお方の奥底には、とてもあたたかいものがこもっておいでです。私にはそれで十分でございます」


「……それは、彼にとっては凄く嬉しい一言だったろうね」


 変な言い方になってしまったのは、ジャンのことを思ったからだ。

 まわり全部敵だらけだったジャンにとって、サラの言葉がどれだけ救いになったことか。ペンダントを死ぬまで手放さなかった理由がわかる。


「彼にとって、とはどういうことです?」


 おかしな言い回しに首をかしげるサラ。


「いや、いいんだ。それより『ザイオン伯爵の冒険』という本を知ってる?」


「いえ。本は読めませんので」


「じいやが子供の頃からある古い冒険小説だ。これを読んでじいやは騎士になろうと決意したらしい。その初版がここに置いてある」


「興味深いですが、私にはなんとも……」


「もう少し近くにおいで。俺が読むから聞いて欲しいんだ」


 その言葉を聞いたサラの頬が、花が咲いたみたいにパッと赤くなる。


「坊ちゃまにそんなことをさせるわけには参りません……。邪魔をするなと祖父から言われておりますし……」


「いいんだ。俺が読みたいから読むだけだから」

 

 サラが来なければ、俺の方から行くだけ。

 伝説の英雄の物語を手に持って、サラと向かい合う。


「この本には七つのエピソードがあって、どれも凄く面白い。サラにも知ってもらいたいんだ」


「そこまで仰るなら、拝聴させていただきます」


 サラがお辞儀をすると同時に、俺は本を開いて最初の文を読み始める。

 

 序文を読んだだけで興味深げに口を半開きにするサラの姿が愛おしかった。

 本物のジャンもこんな風にサラとの時間を楽しんだのだろうか。


 ずっとこんな日が続けばいいと思わせるに十分な時間だった。

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