第3話 やがてラスボスになる男の形見、現る
殺りくの限りを尽くす「ジャンルート」ではなく、ひたすら殺さない「俺ルート」を確立するために効果的と思われる四つの手段。
相手をマヒさせる強力なスタン攻撃。
穏便に事をすませるのに役立ちそうな睡眠魔法。
相手の視界から消えるための濃厚な煙幕魔法。
己の身一つで相手の攻撃をいなすための体術。
この四つを徹底的に伸ばすことに日々を費やした。
ベルペインの騎士団が訓練で使っている魔法人形のお古をじいやが持ってきてくれたので、そいつを相手に、会得した術をひたすら試す。
さらにアッシュと何度も組み手をして護身術を体に覚えさせる。
高い潜在能力を持つジャンの肉体と才能は、学んだすべてを吸収し、アッシュが舌を巻くほどの速度で強くなっていく。
毎日あざだらけになったが、そのきつさを、強くなっていく喜びが越えていく。
それでも「まだまだ」と言い続けた。
ジャンの最初の殺しは目の前のじいやである。
俺はじいやを殺したくない。
だがそうなりうる瞬間は必ず来る。
明日かもしれない、今日かもしれない、あと十秒後かもしれない。
この強力なフラグをぶち壊すためには、いついかなる状況であろうと、殺さないで済む強さを身につけなくてはいけない。
俺は必死に鍛えた。
アッシュが休もうと言っても拒むくらい肉体と精神を追い込んだ。
あまりにストイックな俺に不安を覚えたのだろうか、アッシュはこんな事を切り出してきた。
「私の孫娘に会っていただけませんか」
「まご……?」
「サラと申しまして、あなたと同い年になります」
「知らなかった。お孫さんがいたんだな」
そんなことアレックス・サーガには書かれてなかった。
そもそもラスボスの育ての親であるアッシュについて書かれた箇所は全十巻の中でほんの一部。
とはいえじいやにも家族はいるだろうし、孫がいてもおかしくない歳だ。
「息子は六年前の防衛戦で名誉の死を遂げ、息子の妻もサラを産んだあと、息子を追いかけるように亡くなりました。それからの私にとっての生きがいは、あなたと孫娘だけでございました」
「そうだったのか……」
生きがいなんて言葉を使われると心がギュッとなるけれど、
「どうして俺に会わせたいんだ?」
「今のあなたは追い込みすぎておられる。そばで歯止めになるものが必要です」
「む」
上手いやり方だと思った。
アッシュに休めと言われるより、同世代の女の子に「もうやめて」と言われるほうが俺には効果があると見抜いているのだろう。
そしてサラはやって来た。
亡くなられたアッシュの息子さんもその奥方も美形で有名だったらしいが、両親のいいところをすべて引き継いだサラは地元でも評判の美少女。
と、その祖父がドヤ顔で言うので、若干誇張もあるだろうと思ったら、
「サラと申します。お目にかかれて光栄です」
想像を超える美しさだったんで金縛りに遭った。姿形があまりに完璧だったので、人形が歩いてきたのかと思った。
「あ、ああ、よろしく……」
姿勢の良さと、落ち着いた態度に見とれる。
栗色の髪は宝石のように輝き、しっかり閉じた唇に意志の強さがほとばしっている。ただ可愛いのではなく、知性と冷静さが同居している。
これは並の子供じゃない。
体つきは当然幼いが、醸し出す雰囲気は大女優のようなどっしり感。
何より俺を釘付けにしたのは彼女の瞳だった。
「君、もしかして」
「はい、生まれたときから私は見えません」
「本当か……?」
サラの後ろにいたアッシュを思わず見た。
「心配無用です。この子にはなんの不利にもなっておりません」
さらりと言ってのける祖父。静かに頷く孫娘。
心配無用と言い切るために随分と鍛えたんだろう。
「ではサラ。くれぐれも頼むぞ」
「わかりました。後のことはお任せください」
訓練が終わるとアッシュは王宮に向かう。
俺の命を助けたばかりに騎士団長から外され、いわゆる窓際に追いやられたアッシュの仕事は城の掃除係だ。
適材適所とは思えない役割だが、掃除というものは想像以上に奥が深いとそれなりに楽しんでいる様子。
「では坊ちゃま、傷の手当てをいたしましょう」
すっと立ち上がるサラ。
「坊ちゃんは止め……、うわっ!」
着ている服を一瞬で剥ぎとられ、上半身裸にされてしまう。
あまりの早業に俺は気づかされた。
「きみ……、強くない? ってか強いよね?」
まがりなりにも鍛えているし、あのアッシュにも一撃食らわせるまでに成長したジャンから簡単に一本とったようなものだ。
「多少の心得はございます。坊ちゃまほどではないですが」
「だから坊ちゃまは、あいだだだだっ!」
アザや擦り傷に容赦なく薬を塗っていくサラ。
そっと、というより、叩き塗るという表現があるとしたら、それがふさわしいかもしれない。
「浸みる! 染みる! 凍みるって!」
「痛いのは良くなっている証拠。良いことでございます」
「それはわかるんだけど、もう少し優しく……」
「次は全体を消毒いたします」
どこから持ってきたのか霧吹きを使って謎の消毒液を宙に散らすと、大きなタオルを手に取り、サウナのロウリュみたいな動きで消毒液をすべて俺にぶつけてくる。
鼻を貫くアルコールの匂いがきつい。
「げほっ、ごほっ! 息ができない……」
「終わりました」
光のような速さで脱がせた服を元に戻すサラ。
「あ、ありがとう……」
今のやり方で本当に消毒になったのか疑問だが、まあ、いいや。
「では坊ちゃま。これからの予定は?」
すんなりと立つサラ。姿勢が惚れ惚れするほど良い。
「書庫に行くつもりだけど……」
「わかりました」
無駄のない動きでドアをさっと開き、俺とドアの間のわずかな道を、ハンカチをホウキがわりにしてサッと掃除する。
本当に目が見えないのか疑うレベルの動きだ。
「では、お進みください」
「サラ。今のやつは今日で最後にしよう……」
「しかし」
「頼む。待ってる間、凄くやりづらい」
「承知しました。では書庫へ向かう前にこれをお受け取りください」
「え、これ……」
サラが俺に突き出したのは小さな鈴が付いたペンダント。
「母が私のために作るようにと腕の立つ職人に命じたものです。鈴が特殊な石で作られており、世界でひとつだけの音を鳴らします。また特殊な魔法でコーティングされており、周囲に犬が101匹吠えまくる状況でもしっかりと鈴の音をキャッチすることが出来るのでございます」
「そうなのか……」
試しに揺らしてみると、普通の鈴より高い音が鳴る。
耳障りのいい音で、鳴らしているだけでヒーリング効果がありそう。
「これを身につけて頂ければ、坊ちゃまの居所を見失うことはありません。いつでも坊ちゃまをお守りすることができます」
「……」
俺はじっとペンダントを見続けた。
体に電撃が走っていた。
ジャンがアレックスの戦いに負け、火口に落ちて消え失せた後、唯一残った遺品こそ、鈴のついたペンダント。
アレックスはこのペンダントをジャンの故郷に届けるため、単身新たな旅に出る。アレックス・サーガはここで終わるのだ。
このペンダントこそ、ジャンの形見。
自我を失う魔物になっても彼が手放さなかったもの。
サラという子はアレックス・サーガには一度も出てこない。
それでもわかる。サラはジャンにとってかけがえのない人だったのだ。
「ありがとう。大事にする」
ペンダントを首にかけると、俺は自然とサラの手を取った。
「書庫へ行こう。離れるんじゃないぞ」
「もちろんです。坊ちゃま」
こうして俺とサラは塔を出て、王家の書庫へと向かった。
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