【※期間限定公開】2-6

 

んでいる?」


 朝食を食べろととうげきしてくるかと身構えつつ執務室で朝早くから仕事をしていたユディングだが、いつになっても金色の髪の少女が現れることはなかった。

 そわそわと落ち着かない気分でサイネイトを見やると、彼は察してきさきの様子をうかがってくれたようだ。


 報告しているのは師団長のセネットだ。サイネイトと同年だが、その実力は確かだ。何度か手合わせをしたこともある。

 島国までテネアリアを迎えに行って、その後は彼女の護衛になったと聞いた。


 昨日の昼のテネアリアは、実に楽しそうにサンドイッチを差し出しては、食べてと勧めてきた。黄金色こがねいろをした長い髪を揺らして小首を傾げて、真っ白なれんな手でそっと差し出してくる。


 青緑色の瞳の青みを強めてうるうるとした表情で見つめられれば、言葉が出なくなった。そもそもソファで隣同士に座って、口元近くに運ばれては嫌とも言えない。

 なぜだ、おかしいだろうと頭は混乱しているのに、体が勝手に彼女の言うことを聞いてしまうなぞの現象がおきている。パニックになっているというのに、察している幼馴染は大笑いするだけで助けてもくれない。


 結局、用意されたすべてを平らげた。


 味なんて少しもわからない。石を放り込まれてもくだく自信がある。


 はっきり言って地獄だ。

 戦場の方がずっとましだ。

 敵兵百人に囲まれた時だって、ここまで絶望した気分にはならなかったのに。


 めん。背水のじんがけっぷち。

 浮かぶ言葉はぶっそうなものばかり。


 それでもテネアリアは楽しそうに旅の道中や昨日一日の出来事をユディングに語る。

 自分からの返事はうむとか、ああとか、そうかとかしか出ないのに、会話らしい会話になっているのが不思議だ。サイネイトに後で確認すれば、すべて彼女のせるわざだとのことだが、その時に彼女の口から何度もセネットの名前を聞いた。


 知ってはいたのだが、改めてこの男かとしげしげとながめてしまう。


「陛下?」


 ごこわるそうな顔をした男の反応に、サイネイトがユディングをにらみつけてきた。


「部下にまですごまない。ほら、報告を続けてくれ」

「あ。はい。そこまで申告ではないようですが、大事をとって休ませると侍女が話しておりました」

「本当に病弱だな」


 しみじみとサイネイトがつぶやいて、セネットが肯定こうていする。


「旅の間もよく休まれていましたよ。その度に侍女が気をんでいました」

「報告は聞いていたが、移動が大変だからかと考えていた。こちらに着いてからは、顔色も悪くなかったし。いや、旅の疲れが出たのかもしれないな。必要なものがないか、侍女から聞いて手助けしてやってくれ」

「かしこまりました。それと陛下は本日、朝食を召し上がりましたか」

「は? お前まで妃殿下に感化されたのか」


 サイネイトがからかうような視線を向ければ、セネットは苦笑する。


「妃殿下が気にされていると侍女がこぼしておりました。まだならぜひとっていただくようにと。でないと妃殿下は大人しく休んでくださらないようです。実際、今朝もこちらに乗り込んでくるおつもりだったようですので」

「だそうだが、朝食を運ばせようか」


「・・・・・・任せる」


 食事なんてどうでもいいよ切り捨てたいが、食べていないと彼女が知れば本当に不調もかえりみず飛び込んできそうだ。

 ゆっくり休めないというのなら、自分が朝食をとった方がましな気がする。


「では、妃殿下の侍女にもその旨を伝えておきます。」


 敬礼してセネットはそのまま部屋を去る。


「いいおくさんじゃないか、自分の体よりも夫の体を心配してくれるなんて。昨日の夜も随分ずいぶんと仲良く食事したんだろう。またあーんってしてもらったの?」


 サイネイトが言うような可愛らしいものではなく、ひたすら口元に食べ物を押し付けられただけだった・・・・・・どちらかといえばあれは。


「・・・・・・ああ、襲われたな」


「ぶふっ、お前が無抵抗むていこうで妃殿下の言われるがままか? 敵ならあっさりかえちにするおまえがどういう心境の変化だよ」


もくだ」


 ユディング自身理解できない現象を、説明できる気が全くしない。

 本当に自分はどうしてしまったのかと問う毎日だ。


「やめてくれ」


 まだいくさについてめられる方が気分が楽だ。

 あんなに細くてふわふわして甘やかないい香りがする少女が、自分の胸に顔をうずめて楽しそうに笑っていたなんて、今思い返しても信じがたい光景なのに。


 確かに、ユディングは童貞ではない。

 成人する前から戦争に行っていたため、体格もよく顔つきも険しかった。異性からは敬遠されるので、回数は多くない。そんな誇れない女性遍歴へんれきのなかでもテネアリアのような可憐な少女にくっつかれた経験はない。あるわけがない。

 しかも泣かれずに会話までしてしまう始末。


 どうすればよいのかさっぱりわからないので、未知の存在に言われるがままにってしまう。

 抵抗ていこうなんてしてみろ。力を入れたら壊れてしまうのではないかとわりと本気で思う。


 やはり彼女を恐れて従ってしまうのか。


「とりあえず、妃殿下へのお見舞いの品でも用意するか?」

「お見舞いの品」


 人生で初めて使う言葉に、ユディングは戦慄せんりつしたのだった。

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