【※期間限定公開】2-7


「こちら、陛下からのお見舞いの品でございます」


 自室のソファに座って本を読んでいたテネアリアは、セネットから手渡された木彫りの物体を見つめたまま無言になった。


 時刻は夕飯を食べ終えた直後。今日は一日部屋に引きこもっていたので、

すべての食事を部屋でとっている。本を読みながら食後のティータイムを楽しんでいたのだが、それが一気に禍々まがまがしい空気になるような物体だった。


「なんです、その呪われそうなもの・・・・・・本当にお見舞いですか。嫌がらせではなく

?」


 横に控えていたツゥイが受け取るのも嫌だと言わんばかりに顔をしかめている。


「補佐官殿も見舞いの品は花とか日持ちするお菓子とか果物とかのつもりで言ったと思うのですが、どうも陛下の思考の行きついた先がこれで・・・・・・それも昼過ぎに出かけて今までかかって選んで帰ってこられて。もう別のものを用意する時間もなかったそうで、あ、これ、相当なけの品だそうですよ」


 セネットが苦笑しつつ説明したが、ツゥイには全く響かなかったようだ。


「強力な魔除け? こんな人を今にも呪い殺しそうなものが?」

「昔、帝国が吸収したベネットという国の土着民に伝わる民芸品でもあります。まあ、見た目がコレなんであんまり好まれはしませんけど」

 

 セネットまで好まれないとか言っちゃうのか。


 見た目がコレと言われた木彫りの顔が五つ無理やりくっつけられたようにつぶれている。いずれも苦痛や苦悶くもんの表情を浮かべていて、今にも呪詛じゅそを吐き出しそうだ。


 ツゥイの意見にはおおむね同意だが、テネアリアとしてはユディングが人に頼まず自ら選んでくれたというだけですごく嬉しい。彼がいそがしいのはよくわかっているので、昼過ぎから今まで時間をついやしてくれたという申し訳なさはもちろんある。だがその間、自分のこと考えてくれていたのかと思うとやっぱり喜びがまさるのだ。


「陛下にお礼を伝えたいわ。お礼状を渡してくれる?」

「かしこまりました」

「すぐに書き上げるから。ツゥイ、用意をお願い。セネット、その置物は置く場所とかの決まりはあるのかしら」

枕元まくらもとに置くと怖い夢も見ないでぐっすりとねむれるらしいですよ」

「では、後で枕元に置いておくわ。今はそこに置いておいて。眺めながらお礼の言葉を書きたいから」


 ツゥイが便箋びんせんと羽ペンを持ってきてくれたので、目の前の木彫りを見つめる。


「ううん、と。異国情緒じょうちょ溢れる置物をありがとうございます、とか?」

「異国情緒っていうか、さいや呪詛しか感じません」

「でもよく見れば可愛いわよ」

「絶対ないです、こんなのちっとも可愛くないです。不気味で禍々しいだけですよ」

「もうツゥイ。せっかく陛下が自ら選んでくれたのだから」

「センスが悪すぎます」

「まあ、陛下が誰かにおくものをすること自体初めてだったようで。大目に見ていただけると助かります」


 さすがにセネットも申し訳なさそうに告げた。

 女性に贈るようなものではないとは思っているのだろう。

 けれど、テネアリアは歓声かんせいをあげた。


「まあ、それ本当?」

「補佐官殿がそう仰っていました。女性への初めての贈り物がこれとか印象深すぎるって」


 笑い転げているサイネイトの姿まで浮かんできて、渋面をますます強張らせているユディングが容易たやすく想像できた。


「なら、私も思い出に残るお礼状にしないといけませんわね」


 楽しげに微笑むテネアリアの瞳が――虹色に輝いた。


 就寝しゅうしん時間になったので、テネアリアはさっそく、木彫りの像を枕元に置いてみた。

 景観をそこねるだの、絶対悪夢しか見ないだのと散々言いながら、ツゥイは部屋を出ていく。

 テネアリアは我関せずそそくさと寝台にもぐりこんでまじまじと眺めてみた。


 やはり怖い。


 でもユディングが選んでくれたのだから、と何度も言い聞かせる。

 初めてもらったものだから、やっぱり嬉しい気持ちの方が勝る。

 忙しい彼はどんなことを思いながら、これを選んでくれたのだろう。

 最終的に選んだものが彼らしくて笑える。


 渾身こんしんの力で書いたお礼状を彼はどう思うだろうか。


 木彫りを眺め、目を閉じる。

 ユディングは愛を知らないと言うけれど、彼の行動には随分とおもいが詰まっている。

 サイネイトが仕向けているのはわかるけけれど、十分に彼の態度から愛情を感じるのだ。

 だからこそ自分の想いを知ってほしくて、お礼状には思い切り気持ちを込めてみた。


 もう読んでくれただろうか。


 確かめたいけど、今日はツゥイの言う通り大人しく眠ったほうがいい。

 あんまりやりすぎると、また日中は寝台に押し込められる。誤魔化ごまかそうにも体に不調が出てしまえば、ツゥイにテネアリアが画策していることを気づかれる恐れがあるからだ。


 ツインバイツ帝国は他国に戦を仕掛けて領土を拡大し続けている。現皇帝であるユディングは現状の領土以上にひろげるるもりはないようだが、周囲の国にけしかけられて結果的にさらに領土を得ているという状況だ。


 現在、帝国内でも西部のザクセン領、南部のシェルツ領があやしい動きを見せている。


 隣国りんごく結託けったくしてツインバインにむ時期をきわめているのだろう。一つ国を挟んだ東の大国はたんたんと帝国領土をねらっているし、どこまでいってもユディングの周囲は落ち着かず、終わりが見えない。


 だが、彼は一向に頓着した様子がない。

 きっとそういうものだと思っている。

 彼の人生に安らぎや安息という言葉はないのだ。


 常に戦場に身を置き、生死を問われてきた。生きていることは死んでいないことと同義であり、生きることに楽しみがともなうなんて考えたこともないのだろう。


 彼は愛がわからないと言った。


 それが、生きることにどんな意味をもたらすのか、考えたこともないに違いない。

 温かな布団にくるまって、テネアリアはふうっと息を吐く。

 初めて彼を見た時、けもののようだと思った。

 真っ赤な瞳は、どこまでも力強く生を渇望かつぼうしていたから。

 何よりも、するどいその輝きに、一瞬でられたのだと告げたら、彼は信じるだろうか。


 きっと困惑するだけだろうな、と想像すると笑ってしまう。


 両親から愛されたこともなく、恋人がいたこともないテネアリアに人間の愛はよくわからない。

 せいぜいツゥイや世話係から受ける愛くらいだろう。主従愛というやつだろうか。


 それでも、自分は愛を知っている。誰よりも愛されているから。

 重苦しいほどの愛情を注がれて、生きてきたから。


 テネアリアはそんな愛し方しか知らない。


 でも、そんな愛し方だからこそ、彼に届くのではないかと夢想する。

 今はとにかく、監視だ。


 せっかく一年かけて邪魔をした、、、、、、、、、、のだから、もう少し時間がほしい。


 いや、ユディングがぬるま湯の日常にきてきているなら、すぐに邪魔はやめるが。


 見極めが難しいなと思いながら、テネアリアは眠りにつくのだった。

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