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「……そんなに見ないでくれ」


 顔はらさないが、ものすごぶっちょうづらのままである。ただでさえ低い声が、地をうほどの重低音をひびかせている。


 だというのにテネアリアは愛しそうにみを深めた。


 可愛かわいいなんて告げようものなら、げ出しそうだ。

 だから何も言わずにユディングと並んでソファに座りながら、食事の用意が整うのをにこにこと待つ。


 ツゥイは無表情できゅうがかりに専念している。少しでも口を開けばきょうさけび出してしまいそうだから、余計な口もかない。


 用意が整ったところで、テネアリアはサンドイッチを一切れつまんでユディングの口元に持っていく。いくら食べやすい大きさにカットされていると言っても、一口で食べられる大きさではなかった。だというのに、無言のユディングはぱかりと口を開けて一口で食べてしまう。


 サイネイトが呆れながら忠告した。


「久しぶりの固形物なんだから、ちゃんとんで食べろよ。まあお前の胃は性格と同じでおおざっだろうけど」


 言葉の通り、ユディングの胃は久しぶりの固形物をなんなくその胃に収めた。

 テネアリアが給仕をすれば、どんどん食事を進めていく。あまりにれいにぱくぱくと食べていくのでテネアリアの手も止まらない。


「お前ね、もう少し幸せを味わって食べてもいいんじゃない? お可愛らしい妃殿下に手ずから食べさせてもらってるんだからさ」

「味なんてわかるわけがない」


 サイネイトにすかさず答えたユディングの台詞せりふに、テネアリアはおどろいた。


「え、おいしくないですか?」

「石を食べさせられても気付かないと思う」

「ええ、なぜかしら?」


 きょとんと首を傾げて見せたテネアリアに、サイネイトのばくしょうする声が執務室に響いたのだった。



 広いテーブルにセッティングされた皿は二人分。

 先に食堂に着いたテネアリアは、期待にたまらず微笑んだ。

 だが給仕してくれる使用人一同の表情はかたい。


 きっと彼はほとんどここを利用していないのだろう。

 今までかくにんしなかった自分もかつだったが、まさかそんなに食事をとっていないだなんて思いもしなかった。

 その点に関してはツゥイも不思議そうにしていた。


 あの体格をするにはかなりの食事量がいると考えていたからだ。

 むしろ戦地にいる方がまだ体を動かすから食べているという話を聞いて、そっとうしそうになった。書類仕事だからといって城で食事をしない理由にはならない。


 だが彼は腹が空くという感覚がよくわからないらしい。食べなくても平気なので、食事は時間のと考えているのだという。

 自分が来たからには、少なくとも毎日二食は食べてほしい。


 できれば一緒に。


 先ほどのお茶の時間をはんすうして、テネアリアはくふふと笑う。

 差し出すとぱかっと口を開けて、もぐっと食べるユディングは本当に可愛かった。

 口の中に食べ物があるからか、ほとんど文句も言わずにひたすら食べていた。別に文句を言われてもいい。あの重低音が耳元で聞けるなんて、それはそれで幸せだ。味がわからないと言っていたのは問題だけれど、ひとまず固形物をあたえられたのはちょうじょうだ。


 あっという間にサンドイッチがなくなってしまったのは悲しかったが、もともと執務の合間の休憩に邪魔しただけなので、長居はできなかった。


 だが、夕食なら時間はたっぷりある。

 さすがに長いテーブルのはしと端に席が用意されているので食べさせてあげることはできそうにないが、食事をしている間はおしゃべりに付き合ってくれるだろう。少なくとも同じ空間にいられて姿を見ることができるので、最高の時間だ。

 色々と想像してそわそわしていると、時計がボーンと鳴った。


 夕食の始まりの時間だ。

 けれど、彼が現れる気配はない。


 しばらく待ったところでふうっと息をくと、テネアリアはチラリとかべぎわひかえるセネットに視線を向けた。

 お茶の時間の出来事の報告を受けている彼はゆっくりと首を横に振った。

 何も聞いていないという意思表示だろう。


「様子を見てまいります」


 テネアリアの意図をんだセネットは、とびらの前にいたランデンに一言断るとろうに飛び出していく。

 けれど数分もたずにもどってきた。


「妃殿下に陛下からの言付けを申し上げます。本日も先に召し上がっておられるように、とのことです」

「……そう。陛下は今、何か立て込んでらっしゃるのかしら?」

かん殿どのにお聞きしましたがそのような様子はありませんでした。むしろ補佐官殿は必死でこちらに向かうようにすすめてらっしゃるようでしたが」


「……そおうぅ……っ」


 がたんと音を立てて立ち上がり、テネアリアはキッとセネットをえた。

 びゅうっととっぷうが吹いて、窓ガラスを叩きつける音を聞きながら、静かに命じる。


「準備なさい、今すぐに向かいますわ」

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