第二章 こんな幼妻はいかがですか?

2-1

「失礼いたします、お茶の用意が整いました」


 午後のきゅうけい時間を見計らって、ワゴンをすツゥイとともにこうていしつしつへと足を進める。

 正面の執務机に着いて書類に目を通していたユディングは、顔を上げようとすらしない。

 心得ているサイネイトが入ってきたテネアリアに微笑ほほえんで、パンと一つ手を打った。


「休憩にしましょう。そちらのテーブルをお使いください、殿でん

「妃殿下……?」


 手をたたく音に顔を上げたユディングがサイネイトの言葉に首をかしげる。そこでようやく、お茶がったワゴンの横に立つテネアリアに気が付いたようだ。顔をこわらせているが、おこっているのだろうか。


「おじゃでしたか?」

「休憩しようと思っていたので丁度よかったですよ。へいももう少し顔の筋肉をゆるめてはいかがです。まるで怒っているみたいで、困り顔だなんてだれもわかりませんよ」


 休憩と聞いて、執務室にいた政務官たちは静かに部屋を出ていく。きっとテネアリアに気をつかってくれたのだろう。

 主の不興を買わないようにといのりのもった視線を向けられるが、テネアリアとしてはけんとうするとしか言えない。けれども、サイネイトがげんよく招いてくれたので、皇帝の機嫌が悪くなったわけではないようだ。


 ただいつもの三割増しでこわい顔をしているだけなのだろう。

 その顔のままユディングはサイネイトに言葉をかけた。


「…………どうやって緩める」

「ぶふっ……開口一番聞くことがそれとか、お前は俺を笑い死にさせるつもりか。さて、今日のお茶は何かな」


 軽口を叩いて、サイネイトがテネアリアに近づく。


「サバルゥンの二番茶と聞いております。陛下がお好みだとか?」

「こいつにお茶の味がわかるわけありません。苦くて砂糖をたくさん入れられるからたのむ回数が多くなっただけです」

「あら、お茶にお砂糖を使われるんですね。あまとうでいらっしゃる?」


 大きな体で甘い物を好むのかと微笑ましく思えば、そんな話でもないようだ。

 サイネイトが首を横にる。


「食べる時間もしい時の栄養補給なんです。ほんと、食事にとんちゃくしないんですから」

「え、その……お体はだいじょうなんですか」

「問題ない」

「問題ないわけあるか。お前のそのデカイずうたいをどうやってしてんのか本当に不思議だよ。どんだけ周りが言っても食べないんだから」

「水と砂糖と少量の塩があれば生きていける」

「それ最低限の栄養だからね。ちゃんと麦とか肉とか食わないと生きていけないからね。戦地でももう少しましな食事だろうが」


 サイネイトがあきれたように告げても、ユディングに全く気にした様子はない。


「あの、本日は何をがっておりますの?」

「………………」

「へ、陛下……?」

「……………水」


 まどったテネアリアに向かってぼそりと答えが返ってきて、はじけるように背後にいるじょかえる。


「ツゥイ、今すぐに手軽に食べられる食事を頼んできてくれる?」

「かしこまりました」


 あいにくとワゴンに載っているちゃはシンプルなクッキーで枚数も少ない。これでは腹の足しにもならないだろう。

 ワゴンを置いて部屋を出ていくツゥイを見送ったテネアリアは、ユディングに向き直る。


「本日のばんさんはごいっしょさせていただきたいですわ」

「………………」

「よろしいですわね、陛下」

「……不快ではないのか」

「何がです」

「一緒に食事など……楽しくない」


 これはユディングが楽しくないのではなく、テネアリアが楽しくないと言っているのだろうか。

 横でおもしろそうに笑うサイネイトは、じょうきょうを楽しんでいるだけで止める気配はない。


 テネアリアは執務机の横から移動し、ユディングのそば近くに立つ。

 そうしてまっすぐに紅玉のようなひとみのぞんだ。

 宝石をかしたかのような真っ赤な色は、ワインよりもかがやく赤だ。


「陛下、私、この国にとつげて心から喜んでおります。そして陛下には感謝と愛をささげたく思っています。陛下はどうか私の傍にいて、それを実感していただけませんか」

「……な、にを」

「私は陛下が傍にいるだけで幸せです。あふれてほとばしるほどの愛情をいだいています。とにかく私に愛されることに慣れてほしいのです」

かんちがいだ」

「勘違いでも間違いでもありません。自国でなんきんされていた私にきゅうこんしてくれたのは陛下だけですもの。ひとれですが、心底、愛しているのです」


 一字一句に力を込めてしんけんに告げれば、真っ赤な瞳がウロウロと彷徨さまよう。


「俺は何も……」

「もう求婚していただいただけで十分だと申しましたでしょう。ひとまず一緒に食事をとりましょう。もちろん、今からですわよ」


 を言わさず押し切れば、彼はなんとかうなずいた。


「大変ねつれつで、よろしいかと思いますよ」


 サイネイトがからかい混じりに口笛をいた。


「……おかしい」

「何もおかしくなんてないさ、妃殿下は正気だぞ。お前はとにかくしっかりしろよ」


 執務机に座ったまま、ユディングは頭をかかえてうめいた。人目があるにもかかわらずサイネイトが素でおさなみにむほどには、めずらしい光景なのだろう。

 少し待つと、再度ワゴンを押しながらツゥイがやってきた。


 ツゥイが用意した軽食はサンドイッチだ。

 テネアリアはユディングのうでをとって、ソファへと案内する。上質な上衣のそではさらりとすべるから、そのまま彼の無骨な手をにぎった。


「さあ陛下、こちらへどうぞ」


 テネアリアがいざなえば、ユディングは引き寄せられるように執務用のから立ち上がり、ふらふらとソファにやってきて、どかりと座り込んだ。すかさずテネアリアは小さな体をユディングのとなりに滑り込ませる。


「なっ」

「おいしそうですわね、陛下」


 ユディングがおおぎょうかたねさせたが、テネアリアはにこりと微笑んで見せた。

 意思の強そうなまゆも、切れ長の紅玉の瞳もこうしつつやかもし出している。

 ツゥイはおそろしいと言うけれど、テネアリアにはきることのないいとしい夫である。


 視線でユディングのりんかく辿たどっていると、彼はけんに深い深いしわを刻み込ませたまま、言葉をしぼり出した。


「……そんなに見ないでくれ」

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