1ー7

「ここは少し空気が悪いわね。そうは思わない?」


「姫様、めっなことは仰らないでください」


「妃殿下よ。わかっているわ。では着替えましょう」


 ぽつりと言っただけで血相を変える侍女にしょうして、テネアリアは話を切り替える。

 おしまいと言外に告げれば、ツゥイはあからさまにほっと胸を撫でおろしていた。


 着替えて寝室を出ると、ツゥイはソファへテネアリアを座らせて、ろうへと続く扉を開けた。


「お待たせいたしました、中へどうぞ」


「失礼いたします」


 背の高い男がさっそうと部屋に入ってくる。彼の後ろにも二人の男が続く。

 かたまでびた髪は銀色。ふうぼうけものを思わせるが、浮かべた表情にはあいきょうがある。


「セネット様?」


 彼は自国まで迎えにきてくれた騎士団の指揮をっていた男で、テネアリアも面識がある。年は二十八。旅の道中はなにくれとなく気を配ってくれて、随分と親切にしてもらったものだ。


「昨日ぶりですね、姫様。ああ、失礼いたしました、妃殿下。この度、正式に妃殿下の護衛に任じられましたセネット・ガアです。よろしくお願いします。今後はけいしょう不要でお願いします。貴女様は妃殿下になられたのですから。ここに控えているのは部下のクライムとランデン。同じく妃殿下の護衛になりますのでお見知りおきを」


 二人の男が敬礼したのをぽかんと見つめる。

 セネットは帝国がほこる騎士団の団長でもある、と旅の道中で聞いていたのだ。それが妃一人のための護衛だなんて、度が過ぎている。しかも残りの二人もそれぞれ師団長とはいかないまでも隊長クラスだ。


「セネットは本来、地位も実力もとても高い方だとお聞きしているのですが」


「妃殿下をまもることは十分大事なことですよ」


「……何か、裏がある気がしますね」


 テネアリアがろんな視線を向ければ、彼は困ったように笑った。


「ええと、妃殿下。それは私では護衛としてお気に召さないということでしょうか」


「十分すぎると言っているのです。陛下のご意向ですか?」


「いえ、陛下ではありませんが……」


 やっぱりとつぶやいて、テネアリアはため息をついた。

 妃に興味のないユディングはそもそも護衛をつけるという発想すらないだろう。実際、自国まで迎えに来たのも皇帝補佐官のサイネイトのさいはいだと聞いている。今回のことも彼の意向だろう。どういったこんたんがあるのかは想像するしかない。


「妃殿下に護衛が必要なのはご理解いただけますでしょう。小国から帝国に嫁いでこられただけでさわぎ立てるやからは存外多いのです。陛下の一存とはいえ、きゅうきょ決められた婚姻でしたので」


 陛下――ユディングの一存ということになっているのか、とテネアリアはしらけた気持ちであしをとる。


「騒いだところでいまさらだとは思うのだけれど」


「残念ながらそれを理解できる者が少ないのが現状です。ですので妃殿下がよほど気に入らないということでなければ、しばらくはお付き合いいただきたいのです」


 確かにユディングの周辺は血なまぐさい。さすがに城の中までは大規模なしゅうげきはないけれど、外を歩けば皇帝にあだなす何者かに襲われることもしばしばだ。そして城の中といえども皇帝をねらった暗殺者はひっきりなしにやってくる。そのやいばが妃にも向かう可能性があるということだろう。


 いずれにせよ護衛が必要なことは理解している。

 困ったように告げてくるセネットに、だがテネアリアはにんまりとみを返した。


「では受け入れる代わりにお願いを聞いてちょうだい。朝食の後にでも、貴方あなたたちの主の元に案内しなさいな」


 だってゆっくり話す必要があるんだもの、とテネアリアはまし顔で言ったのだった。朝食を食べ終えて、セネットに案内されたのは対外的な応接室のような部屋だった。


 待っていると、現れたのはサイネイトだ。


「おはようございます、妃殿下。私にお話があるとか?」


 にこやかに微笑まれて、テネアリアはふっと息を吐き出した。


「主の元に案内してとお願いして貴方が出てくるのだから、私は陛下にあまり興味を持ってもらえなかったということかしら」


 小首を傾げて見せれば、サイネイトは少し目を見開いた。


 十五歳の小娘にしては油断ならぬと見直してもらえただろうか。

 ユディングに近づくためには、何よりもこの補佐官をこうりゃくしなければならないことはわかっている。


「妃殿下は病弱の引きこもり――とうかがっておりましたが、随分と勇ましいご様子ですね。もう少してんしんらんまんで可憐な方かと考えておりました」


「あら、そのご期待には応えさせていただきますわよ?」


 可憐でもじゃでもユディングの好みに合わせてどうとでも振る舞ってみせると意気込めば、彼は面白そうに口角を上げた。


「いえいえ、これはこれで構いませんよ。ではとっとと事情をお話しした方がけんめいですね。陛下はなんと言いますか、基本的にとんちゃくな方でして……いや、おおざっと言った方がいいのかな。幼少より戦場を駆けずり回っておいでで、どうにも感情のうとどんかんの激ニブ男なんです」


「は、はあ。さようでございますか」


 いっそ悪口ともいえる言葉のれつに、さすがのテネアリアもたじろぐ。


 だが、彼がわりとごろから皇帝に対して歯にきぬ着せぬ暴言を吐くのは知っている、、、、、。ただし人前では常に皇帝を立てているので、自分にその姿をさらしたことが驚きだったのだ。


 嫁いできてすぐの妃相手に、気を許したわけではあるまい。


「そんな陛下ですが、あんなに表情の動いたところをこの度初めて見ました。ですから、もっと関心を引いていただこうと思いまして、こちらの者に護衛を任じたのです。まあ実際に妃殿下が狙われているのも事実ですがね。セネットは師団長の中でもゆうしゅうな者で、なおかつこんです。東国へ妃殿下を迎えに行かせた騎士団の責任者でもあり、妃殿下の覚えもめでたい」


「ええと、未婚である部分は重要ではないのでは? あまり夫に誤解されたくはありませんが。それで? 陛下の配慮で昨日一日休ませていただいただけではありませんの?」


「そうなんですよ、聞いてくれます!?」


 苦々しげに吐き捨てたサイネイトに思わず問いかければ、突然キラキラした瞳を向けられた。よほどうっぷんがたまっていたのだろう。


「長旅で疲れている、病弱だから休ませてやりたい、なんてそれらしいづかい見せてますけれど、要は妃殿下に泣かれるのが怖いだけなんですよ。昨日は一日だけと言ってたくせに、今朝になったらしばらくはちょっと、なんてことを言い出して……全くあんなにのない男だとは思いもよりませんでした。妃殿下を放置していることに気付いていないのですから。いや、本当に妃殿下からいらしてくださって助かりました。陛下の胸の内を早々にお伝えしておきたかったので。ですが、説明するまでもなく色々と納得していただいているようで、そうめいな妃殿下に感謝しきりです」


かん殿どのの気苦労はとても伝わりました。ですから、誤解を与えそうな無駄に遠回しな配慮は結構。直球でとつげきさせていただきますわ。もちろん、お時間作っていただけますわよね。物語は放置されていては始まりませんもの」


 テネアリアが満面の笑みを向ければ、補佐官は破顔した。


「おや、いいですね。私、妃殿下のその思い切りのいい性格が大好きですよ」

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