1ー6

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 皇都の城で過ごす初めての夜に、テネアリアは寝台にこしかけながらふうっと息を吐く。


 静かすぎる部屋は、自国であたえられていた塔の中の一室とはまた違って落ち着かない。

 ここに彼がいてくれれば、きっと楽しかっただろうに。


 おもえがく姿はぶっちょうづらだが、テネアリアの心はふっと温かくなる。


 思えば、随分と近くに来たものだ。

 だというのに、今の方が寂しいと感じるなんて不思議だ。彼は同じ城の執務室か、もしくは皇帝の私室で休んでいるのだろうに。でもやっぱり気持ちはせず、寂しい。


 夜着に着替えたが、厚手の布地に今日はふうの夜はないのだとさとる。

 せめて傍に来られてうれしいと伝えたかったが、ごうな晩餐も広いテーブルには自分一人だけしかいなかった。ユディングの食事はと尋ねれば、執務室でがっているときゅうしてくれたメイドが答えた。


 一人きりの食事に一人きりの寝室。


 塔では当たり前の生活だったが、傍にはいつもツゥイがいた。会話のない食事は初めてだ。な料理に、一言も話さない使用人はかたくるしい。一応、テーブルマナーなどは学んでいるが合っているかもわからない。結局、食事はほとんどのどを通らなかった。


 ツゥイはテネアリアのたくを整えると与えられた部屋へと下がっている。普段ならかんやくとして傍にひかえているが、勝手の異なる帝国では様子を見ているようだ。


 ツゥイの本音は首狩り皇帝がやってくるかもしれない部屋にいられるか! といったところだろうが、明日からはきっちりとはべれそうですねと嬉しそうにしていた。婚姻式を済ませたのに、初夜に夫の姿はなく自室に一人きりで放置されているのだから。


 十五さいといえば、成人前だ。そのため子どもと見なされる。ただし王族に限ってはもっと幼いうちから嫁ぐこともあるため、特別テネアリアが早いわけではない。


 ただ、ユディングは二十六歳だ。十一も年上では、かなり幼く見えるのかもしれない。頭を撫でてしまったのが、余計に子どもじみた行為だったか。いや、それ以前に抱っこをせがんで腕に座らせてもらったからだろうか。


 よもや怖がっていないことをアピールするのに必死で、むしろ出会えた喜びが上回って好き勝手ってしまったのが敗因か。

 あるいは身長差に驚いたのかもしれない。こればかりはどうにもできないので、小柄で可愛いと思ってもらうしかないのだけれど。


 自分の失態を挙げればきりがない。


 ずんと落ち込みそうになる気配に慌てて気持ちをえる。

 彼に会うつもりがないなら、こちらから押しかけてみるのはどうだろう。歩いていける距離に彼がいるのだから、行動すればいい。


 今までに比べればずっとましだ。

 物語は始まってしまったのだから、自分のできることをするしかない。


 母のような失敗は、決してしてはならないのだから。


 気持ちを新たにして、テネアリアは寝台へともぐりこんだ。そうしてすぐに、夢の世界へと旅立ったのだった。




 目覚めて、カーテンを開ければい霧が城を包んでいた。

 昨日の決意はなんだったのかと言いたくなるほどのいんうつさに、心を隠せない辛さを実感する。強がった心を天候にもかされたような気持ちになった。

 だが気を取り直して、今日こそは、とテネアリアは気合を入れる。


「失礼します。お目覚めですか、妃殿下」


「ど、どうぞ」


 静かな声とともにノックの音が響いて、慌てて返事をする。傍にあったガウンを羽織れば、するりとツゥイが部屋の中に入ってきた。


めずらしくなかなか起きて来られないので心配しましたが、大丈夫そうですね」


「ええ。ぼうしてしまったのかしら」


「長旅でお疲れでしたから。ゆっくり休まれていても構わないと言われています」


「大丈夫よ。今は何時なの」


「いつもの朝食の時間より少しおそいくらいですよ」


 昨晩、新婚の夫がテネアリアの元をおとずれなかったことを喜んでいたツゥイは、だいぶ機嫌がいいようだ。テネアリアとしてはちょっぴりおもしろくない。


「朝食の用意ができていますよ、召し上がりますか」


「そうね。着替えてから向かうわ」


「かしこまりました。では隣に朝食をご用意いたします」


 だからつい、悪戯いたずらごころが出てしまう。


「ありがとう。ねえ、ツゥイ」


「なんです?」


殿とのがたの好む女性ってどういう方かしら。私はやっぱり子どもっぽい?」


「……その手の話を私にする時点で間違ってるってわかっていますよね!?」


 恋人もいなければ出会いもない彼女に、こくな話題だとは思っている。

 だが、皇妃として嫁いだ今、自分が一番気にかかる問題である。そもそも相談できる相手は彼女しかいない。


「私ってもしかして可愛くないのかしら」


「姫様はとてもお可愛らしくてお綺麗ですよっ」


「でも陛下が一夜を共にする気にはならないってことでしょう?」


「姫様っ、私をからかって遊ばないでください」


 ツゥイは動揺すると姫様呼びに戻ってしまうらしい。何事も慣れるまでは時間がかかるということだろう。


「遊んでいるつもりはないわよ、しんけんだわ。ただいろんな意見を聞いてみようかと思って」


「私は除外してください。本当に姫様は知識があるだけの子どもなんですから。困ったものですね!」


「妃殿下と呼んでと言ったでしょう」


「はい、妃殿下。今日から護衛がつくそうです。あいさつしたいと外でお待ちでいらっしゃいますので、お召し替えが終わりましたら隣の部屋にご案内いたします」


「護衛?」


「ここでは、王族の方に護衛がつくのが慣わしとのことでして。結構ですと断るわけにもいかないので、待機してもらっています。挨拶の手間はとらせないとのことでしたので、朝食の前でもよろしいでしょうか」


「貴女だけで十分なのに」


「あまりこわだかに言わないでください。こんな恐ろしい他国で手の内を明かしたくはありませんので」


 くすりと微笑めば、ツゥイは無表情のままで答える。ようやくいつもの落ち着きを取り戻したらしい。


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