1ー5
「まあ、その方が夫に
東の島国の位置を確かめたことはないが、ぼんやりと大陸の地図を思い浮かべれば少なくとも三か月はかかる長旅だ。それを
「迎えの騎士団も用意したし、帝国領に入ってからは各地の領主の館で体を休めてもらった。長旅だが、それなりに誠意を感じてくれたのかもね。我儘一つ言わない
「………………」
「ここまでおぜん立てしてやって、花嫁を泣かせてみろ。お前の
彼は温和そうな見た目に反して好戦的だ。わりと行動で示す。
サイネイトがやると言ったらやるに違いないとはわかっている。
「晩餐くらいは落ち着いて食事をさせてやってくれ」
「え、いきなり初夜で会うつもりか?」
「違う! 今日一日くらいはゆっくりさせてやってくれ」
ユディングだって好き好んで泣かれたいわけではない。
初めて会った時には泣かれなかったが、次に会えば泣かれる可能性もある。
それに三か月も旅してきて、病弱ならきっと疲れがたまっているはずだ。
なぜ着いて早々婚姻式をしてしまったのか。せめて今日はこのままゆっくりと体を休めてほしい。
「はあ、ほんとどうしたんだよ。戦場では怖いものなしだろうが。あんな可愛い姫君にビビってんの? まあいいさ、今日くらいは
「この前から、なんなんだそのおとぎ話のような言い方……」
サイネイトが現実主義なのは知っている。
だというのに彼には全く似合わない童話めいた言い回しを口にされて、
「姫様の国の言い伝えなんだよ。高い塔に幽閉されていた姫が英雄に救われて恋に落ちるって話。よくわからないが、あちらの国の『慣習』にもなってると聞いたな。求婚するなら親から出された『試練』をクリアしなきゃならないらしい」
「俺は何もしていない」
敵を
なのに、なんでそんな話になってるんだとユディングは内心で頭を抱えた。
「それでもこうして求婚を受けて嫁いできてくれたんだから問題ないということだろう。それに彼女がお前に恋してるのは間違いないと思うけど?」
サイネイトがあっさりと
「…………」
「よかったじゃないか、惚れさせる手間が省けて。お前が誰かを
「大ありだろ。はっ、わかった。なんだか俺がいい人に見えるように思いこませたんだ、すぐに彼女に現実を突き付けて目を覚まさせて――」
「どう現実を突き付けるつもりだ。彼女の目の前で気に入らない臣下を斬り殺しでもしたら、本気で尻を蹴り飛ばすぞ! まあ、お前が混乱してるのはよくわかった。ついでに
そうだ、ユディングには好かれるという
母は自分を産み落とすと同時に亡くなった。父は子どもには興味のない男だった。皇族といっても
結果的にサイネイトしか自分の傍に残らなかった。
だから、孤独はわかる。独りということだ。だが、愛はわからない。誰も教えてくれなかった。家族は死に、
自分には理解できないのだから、妻の態度などわかろうはずもない。
世間知らずだからとサイネイトは言うけれど、世間に慣れれば周囲の人間が遠巻きにするように、いつか彼女もユディングの恐ろしさに気が付いて、離れていくのではないだろうか。
それを想像しただけで、どこか胸が潰れるような
ならば自分から突き放せばいいものを、どうしてかあの青から緑に変化するキラキラした瞳をまっすぐに向けられると、何も言えなくなるのだ。
おかしい。怖いもの知らずの自分が、恐怖を感じているとか。
あんな小動物みたいな姫に、一体何を恐れることがあるのだ。
「そういえば、彼女の瞳は青緑色だったな」
ふとユディングは先ほど見た少女の瞳の色を思い浮かべた。
サイネイトからは虹色と聞いていた。
「確かに、報告とは異なるな。虹色って不思議な色だなと思ったけれど、でも青緑色でも綺麗な色だよ。たまに青みが強く出て色が変わるところなんて神秘的だしね」
「そんな真近で見たのか?」
ユディングが彼女の瞳の色が変わることに気付いたのは抱き上げた時だ。光の加減かと思ったがそうではないらしい。抱えてほしいと頼んできた時は緑色が強く、ユディングの頭を撫でた途端に青みが増した。だがそれは近くにいたから気付いたことだ。
そんな
「お前が妃殿下を落とさないように、傍で見守ってたんだろうが」
げんなりとした表情のサイネイトを見て、胸のムカムカが少し落ち着いたのをユディングは首を傾げつつ気のせいかと思う。
「まあお前をからかうのはここまでにしといてやる。それより真面目な話だ。お前の婚姻で大人しかった貴族どもが
「なぜだ?」
「婚姻で浮かれて
「馬鹿馬鹿しい。わざわざ遠い島国から呼びつけた女の首を刎ねる理由がない」
「そこはお可愛らしい妃って言えよ。まあ、
ユディングは
いつものらりくらりと躱されるけれど、彼は王族で唯一の
「お前のいちゃいちゃ
真面目な話をするのではなかったのか、とユディングは渋面を向けながら心の中でつぶやくのが
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます