1ー4


 *****


「デキラこうしゃくしょぐうはこれで決まったな……おい、聞いているか。お前はいつまで笑ってるんだ?」


 ユディングが自室で婚姻衣装から着替え終えた後にしつしつにやってくれば、先に来ていた皇帝補佐官はずっと笑いをころしていた。


 婚姻式の後、回廊に出た途端にデキラ侯爵に行く手をはばまれたので、一も二もなく蹴り飛ばしてしまったわけだが、それからあまりに幼馴染みの笑いが収まらないのでいい加減にうっとうしくなって声をあららげた。


 けれど、すぐにこうかいする。物凄く楽しそうににやりとサイネイトが笑ったからだ。


「お可愛らしい方だったな。お前にいて頭を撫でてくれたんだぞ」


 思わずけんに力がもる。

 おくちがいだとかわそうとしたが、目の前の幼馴染みはのがす気がない。頭をゆっくり行き来するたおやかな手の感触を思い出してしまい、ユディングは渋面を作る。


 初めての感触にまどったには違いない、が。


「あれは、本当に撫でた……のか?」


「彼女を運んでいる間、ずっと撫でられていたくせに。しっかりばっちり見たからね。それになんだよ、婚姻式でもずっと抱っこしててさ、『下ろしていいか』『だめです』のもんどう。お前たちは会って早々に何をいちゃついてるんだと何回心の中で突っ込んだか」


「運べと言っただろう」


「俺は手を取れとしか言ってない。それをまさか抱き上げるだなんて……ぶっ……また笑いが。わかってんだよ、お前だってどうようしてたからデキラ侯爵を蹴り飛ばしたんだろ。いつもならてて終わらせているところじゃないか」


「…………」


 サイネイトの言う通り、確かに動揺していたのかもしれない。

 いつもなら殺して終わりの処理を誤ったのは確かだ。


 デキラ侯爵は内務長官だったほどの男だが、裏の顔はとしもいかない少女たちを性的にいたっていたらちものだ。きっちりしょうもあるというのに身分を振りかざしのらりくらりと逃げていたが、先日ちっきょを命じて後日公開しょけいする予定だった。だがユディングが年の離れたおさなづまむかえると知って、同類なら恩赦を賜れるだろうとやってきたらしい。

 思いもよらない動機にユディングは目の前が真っ暗になった。


 どうして自分が不届き者と同類だと思われるんだ!


 確かに今日見た姫は小さい。腕で抱えてより小ささを実感したほどだ。

 だとしてもあんな人間になるつもりはない。


「ぶくくっ、泣くこともおびえることもなく、腕に抱えてほしいだなんて可愛らしいお願い最高じゃないか。小さい妃殿下がお前の腕に座って移動する様は物語のように、こっけいだったな!」


 ユディングは、外見のおそろしさとその無口ぶり、ごろの行いから本物のオーガのように語られている。だからこそ、女、子どもに至っては自分の傍に近寄る者などかいだった。

 不意に近づいた時にはさけばれ、そっとうされ、泣かれる。

 それが日常だった。


 だからこそ、姫君の反応はざんしんすぎて対処に困る。


 初めて目線を合わせた時に顔をしかめていたから、てっきりいつものように怯えられているのかと思えば、小さな赤いくちびるからこぼれた言葉は「腕に乗せて抱えてほしい」だった。


 一瞬何を言われたのかわからなかったほどだ。


 言われるがままに腕に乗せれば、きゃしゃな体は軽すぎて小鳥が止まっているほどにしか感じない。そしてふわりと花のような甘い香りがした。


 床に下ろした時に、初めてたがいの身長差を意識した。

 なんと彼女はユディングの胸元ほどの身長しかないのだ。こんな触れればすぐ壊れそうな存在が自分の傍にいたなんて、と動揺が走った。


 思い出し笑いでもはや虫の息になっているサイネイトを、ギロリと睨む。


「彼女は何者だ、つうの姫ではないだろう」


「だから、東の島国の高い塔に囚われていた姫様だよ。囚われていたのも病弱ってのも、まあそういう意味じゃ普通じゃない。言っただろワケありだって」


「ワケありで片付けられることか? 俺の噂を知らないにしても、普通はこの見た目で怖がるものだろう。俺が侯爵を蹴り飛ばしても平然としていた。お前、まさか彼女の国をおどしたのか」


「いくら相手が小国だからって脅して姫をかっさらってくるわけないだろ。よっぽどの世間知らずなんじゃないか。本当に高い塔から一歩も外に出ず暮らしていたらしいから、そうやって育つとしゅうの区別がつかないどころか恐ろしいと思うこともないとか。それこそ暴力とはえんだろう。これが帝国の日常で普通だと思えば、おどろくこともない」


「そんな無茶な理論があるか。そもそもなんで閉じ込められていたんだ?」


 少ししか見ていないが本人に問題があるようには思えなかった。おだやかで大人しそうな――少なくともかんしゃくを起こして暴れるような人物には思えない。閉じ込められるほどではないだろう。病弱だとしてもやりすぎである。


「母親も同様に囚われていたらしい。そのせいで生まれた時からなんきん状態だったそうだ。世話人が何人かだけつけられて、その者たち以外とは会うこともない、と。まあ病弱で一日のほとんどを寝台の上で過ごしていたそうだから、軟禁されていても生活自体は変わらなかったんじゃない?」


「なんでお前がそんなに詳しく知っているんだ」


「風の噂で聞いて、ちょっと興味持って調べたからだよ。お前のよめさん候補にばっちりだと思って。結果的に最高だったろう? 俺のけいがんってやつね」


 からかう気配を感じて、ユディングはあっさりと無視をする。


「供は一人だけか?」


「東の島国からここに来るまでは船旅だからな。さすがに遠いってのもあるだろうが――もともと少ないのはあらかじめ報告を受けている。姫君が望まないからだと報告書に書かれていたが、さて誰の意図がからんでいるのやら。家族とのつながりが薄いって言っただろ。よめり道具は一応、先に届いたから彼女の部屋に運んであるが、それもずいぶんと少なかったからな。それこそ、おとぎ話によくある家族からしいたげられて~とかだろう」


 あれほどがらな少女を遠くに嫁にやるだけでも信じられないのに、そんな病弱な姫にたった一人の侍女と少しの財産を持たせるだけとは。

 戦場を駆けずり回っているユディングですら、それが異常だとわかる。

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