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「単に口数の少ない方なのよ」


「口数が少ないっていうレベルでもないですよねっ。それに婚姻式を茶番で片付けられたんですよ。怒らないんですか!!」


 床に座り込みながらっているのだから、元気があるんだかないんだかわかりにくい。


「お前は私に不用意に怒ってほしいのかしら。式もつつがく終えてくれたのだから感謝しかないわ、お前も主人の機嫌がいいのだからもう落ち着きなさいな。とにかく噂は噂よ、わりと気安い方かもしれないわよ」


みな顔色が悪くうつむいていて、気安さなんて微塵も感じられませんでしたよ。どんだけ暗い婚姻式だったことか。まだそうしきの方が明るい雰囲気ですよっ」

「それはさすがに私に失礼なのではなくて?」

「事実です、真実です、現実です!」


 人生における幸せのしきに対して、人生のしゅうえんの方がましだと評価するのはいかがなものか。国同士の結婚などそこに幸福や愛がかいざいしないことはままあることではないか。


 むしろない方が多い。

 確かにユディングには悪い噂しか聞こえてこない。


 彼は先代皇帝の低位のそくの子どもで、本来ならばけいしょうけんふたけた。つまり絶対に皇帝になりえない人物だった。そのため、物心ついたころから戦場で兵士としてけずりまわっていた。いつしか隊長から師団長になり将軍へと出世していく。常に戦場が居場所で、城どころか皇都にいることもまれだった。


 それが幸いしたのか、皇都をおそった流行はやり病で皇帝一家がそろってくなった時、彼と先代皇帝の弟だけが生き残った。その先代皇帝の弟も兄の不興を買ってへきゆうへいされていたから助かったようなものだ。


 結果、皇帝位についたのはの将軍たるユディングだった。

 だが戦場しか知らぬ男は城の中でも剣を振るった。


 目の前であいわらいをした臣下の首をね、反対意見を述べた自国の貴族をくししにし、敵国の者というだけでなぶり殺し。子どもだろうが女だろうが病人だろうが老人だろうが平等に殺してきた、らしい。


 ユディングに反発している者たちが意図的に流している噂だとは思うが、彼が戦に明け暮れていたことはその通りだし実際血にまみれてきた、ということをテネアリアは理解している。そうならざるを得なかった彼のちとともに。

 だからあまり強く否定できないのも事実なのだが。


「でもほら、今だって私は無傷で生きているわけだし」


「はあ!? 姫様が一体何をご存知なのかは知りませんが、ひどい目にうのは姫様ですからねっ、絶対に帰るべきですよ……まあ、あの補佐官様がひじてつ食らわせた時は目を疑いましたけど」


「肘鉄……?」


「馬車から降りる時ですよ。物凄い速さでどすっと││ そうですね、姫様はヴェールをかぶっていて見えなかったんですね。たぶん他の人には気付かれないように上手に仕掛けてましたよ。まあ、おさなみの一番しんらいしている方らしいですから、しょばつされることもないのでしょうけど。だからといって小国からやってきた姫様が同じようなことをして許されるとは思いません!」


 式の間は離れていたけれど彼女なりに情報収集をしていたようで、皇帝と補佐官の間がらなど色々とくわしい。文句を言いながらもきっちり仕事をするのはありがたいところだ。

 けれど、テネアリアにはずっと気になっていることがある。


「お前には皇帝陛下の周囲の方がおかしいとわからないものかしらね」


「どういうことです?」


「家臣が勝手をしても誰もとがめない、近衛このえは陛下を守ろうともしないのだもの。ほら、孤独でお可哀かわいそうな方でしょう。だから、私が甘やかしたくなるのもわかるでしょう?」


「いえ、全く同意できませんけど!?」


「あんな部下ばかりなのよ。むしろ陛下が無礼を許せる度量の持ち主だと思わない?」


「いや、それかなり無理ありませんか? あの皇帝見て、度量が広いなんて言う人まずいませんよ。どうせこわくて誰も動けなかったってとこでしょう。それって恐怖政治じゃよくある話じゃないですか」


「もう、がんなのだから」


「ええ? 頑固とかそういう問題じゃないですよね!?」


 テネアリアは自分のそばづかえからかいじゅうしようと思ったけれど、全くな努力だったようだ。


 あんなに格好いいのに、一体何が不満なのかしら。


 大真面目に彼女は呆れる。

 理解されないこうだとは微塵も思ったことがない。

 ユディングが素敵な人であることは、もはや、テネアリアの中の正義である。


「はいはい、もういいわ。ところでツゥイ。正式に婚姻式をしたのだから、これからは殿でんと呼んでちょうだい」


いやですよ。言っておきますけど、裏では誰も認めていないって話でしたよ。小国から嫁いだ力のない姫なんて、一晩も生かされないだろうって。何日生きていられるかけまでしているらしいですよ。最短三十秒、最長七日で。ここで働いている者たちと式に参列した臣下たちが話しているのを聞いたんですから間違いないです」


「あら、そうなの?」


 いっしゅん、テネアリアの瞳がにじいろきらめいた。

 それを見たツゥイははっとしたように慌てて頭を下げる。


「――妃殿下。この後はばんさんの時間まで自由ですが、いかがされますか」


 落ち着いたように取り繕ってすくっと立ち上がると、ツゥイはすっかりいつもの侍女の顔にもどった。


「まずはえを。その後はひとねむりするわ」


 帝国の貴族や城仕えの者たちがテネアリアをあなどるのは勝手だが、ツゥイがそれをするのは明らかな失態だ。


「……」


 彼女の反応に満足して、テネアリアは先ほどのかいこうを思う。

 姫と英雄の出会いとしては、上々だったのではないだろうか。少なくとも無駄な血が流れることはなかったし、らいめいも轟かなかった。ホラー小説でもあるまいしすべしはまずまず。


 れっきとしたれんあい物語の始まりにしては悪くないと思う。

 問題は、出会って恋に落ちて――で終わらないところだ。


 ユディングの周囲は常におんで、彼は孤独である。支えるために近くにやってきたけれど、現状テネアリアは誰からも認められていない。ユディング本人からも。


 まずはユディングを自分に惚れさせることからだと思うけれど、さすがにぜんなんであることはわかる。


 むしろ好きだと実感してしまったのはテネアリアの方だ。

 これではだめだと思うものの、心はやっぱりかれてしまう。


 格好よくて、愛しい英雄様。


 これでもかと彼を甘やかして、いちゃいちゃしたい。野望はどこまでも強く、果てしないのだ。


 手のひらに残るやわらかい髪のかんしょくを思い出して、テネアリアはうっとりと微笑ほほえむのだった。



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