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 無理だなんてツゥイには連呼されたけれど、テネアリアにあきらめるつもりはなかった。

 それは馬車が皇城に着いて、ユディングと対面してささやかなやり取りをした時から確信に変わった。


 なぜならユディングは式の間中テネアリアのお願いを聞き入れ、彼女をかかえて決して下に下ろさなかったからだ。もちろん下ろしていいかとたずねられるたびに断ったのもあるが、むすめわがままりちかなえてくれる彼の度量の大きさには感心してしまう。


 出会ってすぐに始まった式はおごそかではあったが、略式だった。皇城のややおくまった中庭にある小さな教会の中で行われたが、テネアリアの自国の者はツゥイだけで、こくひんすらいない。ユディングの家臣一同と騎士が周囲を取り囲み物々しさはあったけれど、テネアリアは満足だった。


 ヴェールを上げてすっきりした視界で、テネアリアの身長よりも断然高い位置から見る景色は、胸がきゅっと痛くなるほどの幸福を感じさせた。

 だが、すぐにささやかな幸せは破られることになる。


「へ、陛下……奏上を聞き入れていただきたくっ」


 簡単な婚姻式が済んで建物から出てかいろうを進んでいると、ゆかに頭をこすりつけんばかりに土下座をした男が、皇帝の進行のじゃをした。明らかに高位貴族の格好ではあるものの、そのしょうすいっぷりにはげんも何も感じられない。


 何よりテネアリアの機嫌を降下させたのは、皇帝の周囲の動きだ。ざわめきは聞こえてくるが、だれ一人ひとりとしてユディングを守ろうとしないのである。ならず者が皇帝の前に飛び出してきたというのに𠮟しっせきがないどころか、護衛すら動かない。

 回廊に冷え冷えとした風がびゅうっとけた。

 けれどユディングはいつものことなのか気にした様子もなく、真っ赤な瞳をひたりと男に向けた。


「こ、この晴れの善き日に相応ふさわしく、おんしゃたまわりたく、なにとぞ―― 」


 男の言葉がれた。

 ユディングがきょうれつりを放ったからだ。そのまま護衛の兵に突っ込んだ男をいちべつして、はあと息をく。


「茶番は終わりだ、解散しろ」


 その一言を受けて護衛の兵たちがあわてて男を抱えて離れる。式に参加していた者たちも慌ただしく散らばっていった。

 ユディングはそこでようやくテネアリアを下ろすと、仕事だと言って立ち去ってしまった。


 一度もかえらない夫の背中を見送りながら、テネアリアはいんひたれるほどには十分に幸福だった。まともにユディングと並べば、テネアリアの身長は彼のむなもとあたりにぎりぎり届くかというほどだ。彼の大きさをこの身でようやく実感できたのだから感無量である。


 自室として割り当てられた部屋に案内されると、テネアリアはほうっとかんたんのため息をついた。

 けれどツゥイはへなへなと床に座り込む。きんちょうの糸が一気に切れたようだ。

 二人きりなのでとくにとがめられることはないが、褒められた態度ではない。


「どうかしたの、ツゥイ」


「どうかしたのじゃありませんよっ、あれの何を甘やかして幸福にするって言うんです。どこが格好いいんですか、想像以上におっかないですよ。さっきだって弁解をいっさい聞かずに蹴り飛ばして! まさに、噂通りのこわもての暴君じゃないですか。ずっとげん、ずっとじゅうめん。それなのに姫様は頭をでるわ、うでに抱えて運ばせるわ、式中抱えられ続けているわ、もう絶対に殺されますよ」


「まあ、私のいとしい英雄様に対して不敬ではないの。さっきは空気の読めないあの男が悪かったのだし、けんは抜かなかったわよ。それにだいじょう、婚姻を申し出てきたのは帝国だもの。殺されることはないわ」


 テネアリアがえへんと胸を張れば、きつくにらみつけられた。


「姫様のその自信はどこから来るんですか……」


 どこから、と言われてもとテネアリアは小首をかしげて部屋を見回す。

 真新しい部屋の家具はいずれも少女が気に入りそうな可愛かわいらしいものだ。


 床にめられたクリーム色の毛足の長いじゅうたんも、白を基調とした机もしょうだんも、どれも歓迎されていることがうかがえる。

 となりの部屋はしんしつだろう。そのとびらにも可愛らしい花がられていた。

 まるでおとめ女の夢が詰まったような部屋なのだ。


「だってこんなにはいりょされているじゃない。私が快適に過ごせるようあつらえてくださったのよ。本当にてきなお部屋だわ」


「部屋なんてどうとでもつくろえますよ。それにこんな可愛らしい家具が調達できるなんて絶対陛下の指示じゃないですよね。あの強面からは想像できません。気をかせた部下の方ですよ。それよりも陛下です! 出会ってから式が終わるまで、ほとんど口を開かなかったじゃないですか。せいやくだけはきちんと答えておりましたが」


 先ほど礼拝堂で挙げた式を思い出しながら、ツゥイは真っ青な顔で震えている。

 確かに部屋を整えたのはあの油断ならなそうな補佐官のサイネイトの指示で、生贄の姫が少しでも長くたいざいしてくれるようにと心をくだいただけだということをテネアリアは知っている。まったくもって余計なことをのたまう生意気な侍女である。


「単に口数の少ない方なのよ」


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