プロローグ②


*****



 二人の温度差のある出会いから、時はさかのぼること二か月前。


「求婚、だと……?」


 くびり皇帝――ツインバイツ帝国の第十二代皇帝であるユディングは、しつしつに深く座りなおしながらじゅうめんを隠そうともせずにうめいた。

 聞きちがいか、さもなければ相手の言い間違いか。求婚しろと言われた気がしたが。

 淡い期待を込めて、目の前でにゅうみをかべる皇帝補佐官――サイネイトを見つめれば、彼は表情もくずさずこくりと頷く。


「必要な――」

「必要ないって言葉は聞かないからね」


 否定の言葉を遮られて、ユディングはむっつりとだまる。

 二つ年上のサイネイトは皇帝の補佐官というかたがきだが、いくさの際にはいくつもの戦略をはじき出す有能な策略家でもある。そして物心つくころからのおさなみでもあった。

 ユディングはとにかく人相が恐ろしい。そのうえ、黒い髪も赤い瞳も大陸では馴染みがない。さらには、見る者を射殺しそうな鋭い眼光、常に他者をあっとうするきょさんびょう揃えば周囲に恐怖としかあたえない。

 これが幼馴染み以外の家臣なら裸足はだしで逃げ出しているところだ。


 ユディングが大陸でもめずらしい色合いを持つのは、母が北方のさんがくの秘境出身だからだ。

 戦利品として前皇帝の父にささげられたそれは美しい姫だった。

 残念ながら息子にがれたのは色合いだけで、容姿はかんぺきこわもての父に似た。

 見慣れない不気味な配色のうえに黙るとさらにぶっそうな雰囲気が増す。


 いくさきのオーガ、れのあっと呼ばれる所以ゆえんである。事実、戦ばかりしているので否定もできないし、するつもりもない。

 サイネイトははくりょくがあっていいじゃないか、と気安い態度を崩さないが、こんな時は困りものだ。


「それに、もうおそいんだ。だって求婚の申し出を先方に送って返事ももらってるんだよね」

「それは求婚しろとは言わない」


 求婚しろではなく、求婚したの間違いだ。


 けれどユディングがあわてることはない。

 勝手に求婚したのは問題だが、すでに返事が来ているのなら話は簡単だ。こんな男の元にとついでくるような女など、大陸広しといえど、決していないことを知っている。 


 それこそユディングが皇帝になってすぐのの頃はひっきりなしにえんだんんだものだが、戦争に明け暮れているうちにすっかりなくなった。

 戦場でのざんぎゃくどうな行いがわたったのだろう。ついでに、父の代ではいしていた貴族どもの首をねまくった話も伝わったに違いない。首狩り皇帝、と呼ばれて久しいのだから。

 それでも皇帝であるユディングが命じれば誰とでも婚姻は成立しただろうが、全く興味がなかったので現在、妻どころかこんやくしゃすらいない。もちろん、こいびともだ。


「先の戦が落ち着いてようやく一年。帝国内外の目ぼしい相手とは一通り決着がついただろう。そのうえあっちこっち相次ぐ天災に見舞われて当面の間はうちとやり合っている場合でもない。ここらで身辺を見つめなおして、お前の幸福を追求してもいいと思うんだ」


 目ぼしい相手とは確かに一通りやり合った。けれど、だからと言っていつまでも大人しくしているやからでもない。むしろ今までの一年間の空白は相手がつめぐ時間だったと思っている。火種はあちこちにくすぶっていて、いつまでも消えることはない。

 祖父の代から続くぼうしんりゃくやっかいへいがいだ。


だ、どうせ三か月後には戦場にいる」


 むしろ三か月よりも短いかもしれない。

 そんな夫など相手にとってはめいわくだろう。傍にいても迷惑だろうが。


「無駄じゃないって。お前、今年で二十六だぞ。三か月後には戦地で死んでるかもしれないからこそ、女の子との楽しい思い出の一つもないつまらない人生を走馬灯でかえっていいわけ? 一日中難しい顔して書類に判子押してけんるってさあ。お前の人生それで終わりとか、俺は切なくて泣くに泣けないだろう。見せびらかすみたいに美人の嫁と可愛かわいい子ども連れてお前の墓前に花えるの? 俺、幼馴染みとして最低じゃない?」


「おい、人を勝手に殺すな」

 

 こんしゃたるサイネイトは愛妻家で有名だ。家族をできあいしている。

 その幸せな家族と、もうそうの中で殺した幼馴染みの墓参りをするんじゃない。


「まあお前がそう簡単に死なないことはわかってるけど。次の戦が始まるまでの三か月だけでも、ういういしい奥さんといちゃこら過ごしてもばちは当たらないと思うんだよね。所帯を持つって幸せだぞ、毎日可愛い妻が公然と傍にいてくれるんだから。仕事でのつかれもぶというものさ」


 それはサイネイトだからだ。

 美男子でやさおとこであるこの幼馴染みは昔からモテた。


 今でこそ愛妻家で通っているが、かつてはかなり遊んでいたことも知っている。あの遊び人が結婚すると聞いた時には正直長続きしないだろうと思ったくらいだ。まさかえんせいで長らく家を空けた時に、しばらくぐちぐちと文句を言われるほど嫁におぼれるとは思わなかった。だがそれが原動力となり、たくみな戦術でもって敵をいっそうし最短で戦を勝利へと導くのだから、助かってはいる。


 ただすさまじくうっとうしいだけで。


 そんな愛妻家の理想を押し付けられても、自分がかなえられるとは思えない。


「俺には全くそぐわない……待て、なぜ嫁がいることが前提なんだ。求婚は断られたんだろう?」


 三か月可愛い妻と過ごせ、と決定付けられた話に、かんを覚えた。

 真っ赤な瞳をひたりと補佐官に向ければ、彼はにんまりと笑う。

 戦場ですら、ここまでせんりつしたことはない。


「大陸の東の果ての緑に囲まれた島国に、高いとうとらわれたお姫様がいるんだ。年は十五。太陽のような濃い金色の髪に、にじいろの不思議な瞳を持つ病弱な姫君らしい。彼女は毎日毎日塔から眼下をながめては、英雄の助けを待っている」


 とつぜん始まったおとぎ話のような語りに、ユディングの不安は増した。


「……何の話だ?」

「高い塔に閉じ込められているなんて可哀かわいそうだろう。それに英雄が現れるのを夢見るか弱いれんな姫だよ。世間知らずだろうし、助けてあげたらどんな容姿の男だろうがまれること間違いなし。たとえ相手が血濡れの悪鬼だろうが首狩り皇帝だろうがね」

「だから、何の話だ!」


 サイネイトは後ろに隠し持っていた書状をぴらりとユディングの鼻先にけた。


「お前の結婚相手。東の島国の囚われの姫君テネアリア・ツッテン様の話に決まってるだろ。悪鬼に花もじらうおさなづまを用意してやった俺に感謝しろよ」

「……どういうことだ」


 突き付けられた書状を摑んで、ユディングはプルプルと震えたが、幼馴染みは構わずに続ける。


「帝国とはいっさい無関係の島国の出身で、病弱のうえ、家族とのえんが薄い――りつした身とくれば、やさしくしてあげるだけでうまくいくチョロインだ。 相手の弱みに付け込んで何が悪い。仕組まれた恋だって、立派な物語には変わらないんだから。つまりぼくねんじんれんあい初心者にだって簡単に落とせる――」


 自信満々のサイネイトはいったんそこで言葉を切って、ウインクをした。


「高い塔に囚われている病弱なワケありお姫様を助けて、英雄気取って惚れられてみない?」

「俺は島国に行ってもいないし誰も助けてもいないのに、絶対おかしいだろうっ!?」


 だが書状には、彼女の名前と結婚をしょうだくするむねの内容が書かれていたのだった。



*****



『高い高い塔のてっぺんに、囚われた姫がおりました。彼女は生まれた時から塔に閉じ込められ独りぼっち。そのうえ病弱でしたから、とても危険な塔を下りて外の世界には行けません。窓から外を眺めては世界におもいをせるのでした。


 そんな、ある日。

 塔の試練にいどんだ英雄が、てっぺんにいた姫を外へと連れ出して世界を教えます。

 そして美しい姫に愛をささやきました。

 世界を知った彼女は決して塔へともどってくることはありませんでした。自分を助けてくれたいとしい英雄といっしょに外で暮らすことを決めたからです。

 そうして二人は外の世界で幸せに暮らしました。

 ――めでたしめでたし』

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